第42話 イケメンエリート、恋のから騒ぎ①


「エリィ駄目ッ!!」


 アリアナが咄嗟に俺の右腕をつかんできた。


 我に返って魔力を霧散させる。アリアナを見ると必死な顔で覗き込むように見つめてくれていた。大きな瞳がうるうると涙をためている。


 あぶなかった。あやうく落雷魔法でこのバカ達を吹き飛ばすところだった。こんな奴らエリィの手で制裁をする価値も値打ちもないのだ。手を汚す必要なんてこれっぽっちもない。


「んん~どうしたんだよ。お腹がすいたか、デブだから」


 ボブの言葉に耳障りな三バカトリオの嘲笑が響く。


 深呼吸して落ち着き、アリアナに小声で「ありがとう」と言った。彼女は顔を横に振ってから、心配した様子でうなずいた。


 ボブに何も言わずにその場を去ろうとすると、さらに嫌な声が会場の奥から聞こえてきた。


「ボブ様!」


 黄金の縦巻きロールの髪をゆさゆさと揺らして、スカーレットが走ってきた。


 見れば俺を散々に痛めつけたスカーレットの取り巻き連中も一緒だ。皆、ぼてーっとした防御力の高そうな皮のワンピースやドレスを身につけ、ダサいフリル付きのシャツを身に纏っている。その中に、化粧水の瓶を割ったゾーイとか言うおさげ女もいた。相変わらず何がそんなに憎いのかこちらを睨んでくる。


「ボブ様もいらしていたんですね!」

「ああ、まあな」


 キラキラッ、という効果音がつきそうな目でスカーレットが話しかけるものの、ボブの反応はいまいちだ。脈なしだな。ご愁傷様。

 スカーレットは俺とアリアナを見ると、苦虫を噛みつぶしたような表情になった。


「ごきげんようエリィ・ゴールデン。相変わらず太いのですね」

「ごきげんようスカーレット・サークレット。宮殿のお風呂はいかがでしたか?」


 優雅に礼をすると、彼女は顔を引き攣らせた。そりゃそうだ。国王にくせえから風呂入れって言われる珍事件の当事者だからな。『犬合体スカーレット~くせえから風呂入れ事件簿、真実はいつもひとつ~』として王国の記録に残り続けるだろう。


「ええ! スカーレット様宮殿のお風呂に?!」

「まあ! なんて羨ましい」

「すごいですわ! でもどうして?」


 取り巻き連中の女子がきゃあきゃあとやりだし、スカーレットは答えに窮したかのように、取り繕った笑顔でこう答えた。


「色々とございまして湯浴みをさせて頂きましたの」


 と言って高々と笑いだした。

 いや苦しい! その言い訳苦しいぞ!


「宮殿の侍女は素晴らしい手際で、お風呂には黄金の花びらが浮いていましたわ」

「まぁ~」

「素敵~」


 段々と調子が出てきたスカーレットは胸を張って自慢している。

 するとそこに、なんだか騒がしい集団が歩いてきた。


 女五人に囲まれたドビュッシーこと亜麻色の髪のクソ野郎、亜麻クソだった。

 亜麻クソはうっとうしい前髪を何度も“フォァスワァ”とかき上げ、首に飾った勲章を“ズビシィィッ”と掲げて、んん~まッ、と何度もキッスをし、鼻高々に笑っている。俺とスカーレットを見つけると、笑いながら近づいてきた。いつ見てもキザでうぜえ。つーか行動だけでうるさいってどんだけうっとうしいんだよ。


「これは麗しのスカーレット嬢ではないかッ! いつ見ても君の黄金の髪は美しい。そう、この『大狼勲章』のように光り輝いている!」


 バッと勲章を掲げると、女どもから黄色い歓声が上がる。

 そうしておもむろに亜麻クソはスカーレットに近づいた。


「うんうん、スカーレット嬢はいい匂いだね。僕もこれで安心したよ。一時はどうなることかと思ったからね」

「え、ええ……ありがとうドビュッシー様」

「なぁに、レディを気に掛けるのは僕の役目だからね!」


 きゃードビュッシー様ぁ!

 という声援が響いた。見る限りアホそうでちょろそうな娘ばっかりだ。それこそ俺が男だったら会って五秒でベッドに連れ込めそうな、頭のからっぽそうな女ばかり。こんな女達はごめんだが。

 亜麻クソはほんとアホだなぁ。最近、亜麻クソを見ていると楽しくなる自分がいるぜ。


「あのときは大変だったからね!」

「ええ……そうですわねドビュッシー様…」


 そして相変わらず空気が読めねえ亜麻クソ。

 スカーレットが冷や汗を垂らしている。

 いいぞ! もっと言ってやれ!


 スカーレットの取り巻き連中と、亜麻クソにくっついているバカ女達が、興味津々に何があったのかを聞いてくる。女に胸を押しつけられて、緩みっぱなしの亜麻クソの顔がひどい。


「つらくて思い出したくもありませんわね!」

「はっはっは、僕の華麗なる水魔法が脳裏に焼き付いているのかい?!」

「ええ、そうなんですの!」


 もう会話めちゃくちゃじゃねーか!

 スカーレットはとりあえず話を逸らそうと必死だ。亜麻クソは相変わらず人の話聞いてねえし。


「ぶぉくの最終奥義が炸裂していればもうちょっと早くボーンリザードは倒せていたんだがねぇ…」


 そう言って、亜麻クソはちらっ、ちらっ、と女どもを見ている。

 するとすぐに「最終奥義ってなんですかぁ!」と元気のいい質問が後ろから響いた。めっちゃ嬉しそう! めっちゃ嬉しそう亜麻クソッ! まじうけるーッ!


「ふふふ、それはね……アシル家に代々伝わる伝説の水魔法で……」

「あれ! エリィ・ゴールデンとアリアナ・グランティーノじゃねえか!」


 その言葉をさえぎったのはシルバープレートを胸につけたスルメと、ドワーフらしい無骨な革の鎧を身に纏ったガルガインだった。


 ふたりは酒を片手に「よう」と手を上げながらこの輪に入ってきた。この世界だと未成年でも酒は飲めるらしい。


 近くにいた誰かが『大狼勲章』のメンバーだぞ、と声を上げ始める。確かに気づけば、俺、アリアナ、スルメ、ガルガイン、スカーレット、亜麻クソの六人が勢揃いしていた。


 それが面白くないのか、ボブは俺たちを睨んで、どこかに消えた。「次は殺っちゃおうねエリィ」と割と強めの語気でつぶやきながらアリアナがボブを睨みつけていたので、よしよしと彼女の頭を撫でておいた。アリアナは本当にヤりかねない。


「お、亜麻クソと縦巻きロールもいるじゃねえか」

「誰が亜麻クソだッ!!」

「誰が縦巻きロールですって!?」


 亜麻クソとスカーレットが同時に言った。


 実は亜麻クソのあだ名を披露したら、二人がげらげら笑って即採用し、それ以来彼を見つけては連呼しているようだった。やはり、俺、天才。自分の才能が怖い……。


 亜麻クソとスカーレットの反論なぞおかまいなしに、スルメがしゃくれた顎をさすりながら亜麻クソの尻を指さした。


「おめえ尻はもう大丈夫かよ」

「はあぁああぁあぁっ!? い、い一体なんのことだね」


 亜麻クソが素っ頓狂な声を上げる。

 後ろにはべらしている女子が怪訝な顔をした。


「いや悪かったなあんときは。まぁてめえがふらふらしてっからいけねえんだけどよ」

「ちげえねえ」


 スルメの言葉にガルガインがうなずいた。


「ななんなななんのことだか僕にはさっぱりわからないよ。それより聞いてくれたまえ諸君! 今からぶぉくの家に伝わる奥義を披露しようと思っていたところなんだ!」

「そんなもんいらねえよ。それより本当に尻は大丈夫なのか」

「あんときかなりの威力の“ファイヤーボール”と“サンドボール”が尻にぶつかったからな」

「い、いやぁー、憶えていないなぁ……」


 盛大に汗をかいて、わざとらしく、フッ、フッ、と前髪に息を吹きかける亜麻クソ。

 俺は自分の腿をグーパンチで叩いて何とか笑いをこらえる。


「ほら思い出せよ! 俺とガルガインが口論になって決闘騒ぎになったじゃねえか!」

「そのときふらふらしていたおめえの尻に“ファイヤーボール”と“サンドボール”がぶつかったじゃねえかよ!」

「い、いやぁぁぁ……誰かの間違いじゃあないのかねッ!? いやきっとそうだよ! 二人は勘違いしているんだ! ほら考えてもみたまえ、僕はあのとき皆に奥義を披露しようとしていただろう!」


 まくし立てるようにスルメとガルガインの言葉から現実逃避を試みる亜麻クソ。

さあ亜麻クソ苦しい! どうする! どうするんだ!


「いや別に誰も奥義とか聞いてねえよな?」

「エリィ、聞いてたか?」

「私は聞いてないわ」


 ガルガインの言葉に淡々と答えた。

 二人の顔は笑いをこらえるのに必死だ。多分、女の子を何人も連れているのが気にくわないんだろう。モテないスルメが後ろにいる女どもを見て何度も舌打ちしているし。


「そんなことわぁないだろう! このぶぉくのアシル家に代々伝わる伝説の水魔法のことだよ!」

「つーか水魔法が伝説? 下位魔法が伝説とかしょぼい家だな」

「たしかに」

「そこは上位の氷魔法だろうがよ」

「たしかに」


 スルメがガルガインと共に亜麻クソに追い打ちをかける。

 取り巻きの女子達が、疑いの目で亜麻クソを見つめていた。


「あ、とにかく悪かったな、俺たちのせいで尻丸出しになっちまって」

「めんご」


 これは苦しいぞぉ~。

 さあ亜麻クソ、笑顔が張り付いたままだ。

 どうする亜麻クソ! 絶体絶命!


「ん、ま……まあそんなことも? うん、あったようななかったような気がしないでもないんだけど? まあさ、君たちがそう言うんだったらそういう事にしておいてあげるよ」

「は? 意味がわかんねえよ」

「俺たちゃごめんって謝ってんだよ。てめえの尻をすかんぴんにしちまって悪かったって」

「ああ、うん………まあ、うん。べ、べべべ、別に気にしてないよ」

「本当か?」

「まじか?」

「ああ、うん……まあ……」

「本当だな?」

「まじだな?」

「うん、べべ別に……」


 亜麻クソがかすれた小声でそう呟くと、スルメとガルガインはわざとらしく「よかったぁ~」と肩を前へ下げた。


「いやぁよかったよ。お前が何もできずボーンリザードに吹っ飛ばされたあげく、俺たちのせいで尻丸出しになっちまったからさぁ。気にしていると思っていたんだ」

「ほんとだよなぁ!? すぐにボーンリザードにやられちまってノビたあげくに尻丸出しだもんなぁ!」

「ああああああッ! なーにを言っているんだい!!」

「え? だーかーらーぁ。お前が何もできずボーンリザードに――」

「ああああああああッ! そうだ諸君! そういえば僕がリーダーだったんだがね、いやあ色々と大変だったんだよ! 目的地につくまでにも魔物が出るわ出るわで……」

「あのドビュッシー様?」

「どういうことなんですか?」

「ボーンリザードに何もできず?」

「最後まで戦ったのでは?」

「尻丸出しって?」


 亜麻クソの取り巻き五人組の女の子が、怒ったようながっかりしたような顔で亜麻クソを見ている。


 亜麻クソは浮気がバレた新婚夫婦の旦那のように、必死に両手を広げて「ほらこれを見たまえ」と『大狼勲章』を出し、引き攣った笑顔で五人に言い訳をはじめた。

 だが何を話しても五人は聞く耳を持たず、スルメとガルガインに話を聞き、そして俺とアリアナにまで裏を取って亜麻クソが早々に脱落した事実を確認すると、「サイッテー」と言った。


「そこでウルフキャットがぐわーっと来たときにね僕の必殺魔法“鮫背シャークテイル”がズバァッと連続で二匹にあたってピッ!!」


 パァンといい音で亜麻クソはビンタされた。

 続けざまにパァン、パン、ペシン、パァァァンッ、と全部で五発のビンタをお見舞いされた。

 女の子達は怒って会場の奥へ散り散りに消えた。

 亜麻クソは丸めた新聞紙で叩かれたゴキブリのようにうつぶせになり、ぴくぴくっとかろうじて動いていた。


「ぎゃーっはっはっはっはっは!」

「ぶわーっはっはっはっはっは!」


 スルメとガルガインが腹をかかえて笑っている。

 こいつら結構えげつねえな。と言いつつ俺とアリアナも笑っているんだが。

 こらアリアナ。拾った棒で犬の糞をつんつんするみたいに、杖で亜麻クソの残骸をつんつんするのはやめなさい。ばっちいですわよ。


 ひとしきり笑ったあと、二人はスカーレットに振り向いた。


「あ、そういえばにおい・・・大丈夫だったか?」

「結構ひどかったもんな、におい・・・

「えっ?」


 突然のフリにスカーレットは全く対応できない。


におい・・・だよ。あと犬」

「お前、すげえ犬に好かれるもんな」


 顔の筋肉が痙攣し始めるスカーレット。

 取り巻きが、なんのことだ、と首をかしげる。

 多分、というか絶対に取り巻き連中はスカーレットからアノはなしは聞いてないんだろうな。犬合体スカーレットの話。


 さあこれからいびってやろう、とスルメとガルガインが口を開こうとしたとき、入り口付近でグラスが割れる音が響き、男の怒声が響いた。


「もう一度言ってみたまえ!」

「ああ何度でも言ってやる! その汚い手を離せと言っているんだ!」


 生演奏が急に止まり、会場には一瞬の静寂が訪れ、すぐざわめきへと変わった。

 ただ事ではない。

 俺たちはスカーレットそっちのけで、音のするほうへ向かった。


「貴様が俺の女を横取りしたのであろう? お前如き若造に入り込む資格などない」

「彼女が嫌がっているではないか!」

「シルバー家とゴールデン家は古くからのつながりがあるのだ。そんなことも知らないのかね」


 ゴールデン家?

 まさか……。

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