第38話 イケメンエリート、恋の相談会①
「ずこーーーっ」
エリザベスの服装を見て、思い切りずっこけた。
丁寧に効果音つきで。
隣にいた事務のできるおっさん兎人のマックス・デノンスラート、通称『ウサックス』がびっくりして尻餅をつき、クラリスが唖然とした表情を一瞬だけ作って俺に駆け寄った。
「エリィ!?」
エリザベスも驚いて、心配したのか部屋に入ってきて俺を支えた。
大丈夫、大丈夫だお姉様……。
ただし、その服装は全然大丈夫じゃないがな……。
「姉様それは……?」
その服装に、意図せずして眉をひそめてしまう。
「明日の舞踏会に着ていく服なんだけど……どう思うかしら」
「どうって……」
どうって、どう言えばいいんだろう。
もう思い切り罵倒してやりたくなっているんだが、この衝動を抑えなければいけない。この人は美人で大切なエリィの姉だ。ゴールデン家の次女なのだ。
「どうかしら?」
だが、しかし……くっ……俺は一体どうすれば……。
「どう思うか聞いているのよ」
エリザベスが段々といつもの強気な姉御肌を出してきた。
俺やエイミーと対称的な釣り目が細められる。
「エイミーに聞いたのよ。エリィは服のセンスがすごくいいからお姉様も聞いてくればって。それであなたに恥を忍んで聞きに来たのよ」
強い口調でそう言った。半分照れ隠しもあるんだろう。
そうか、そこまで言うなら俺も腹を括ろうじゃないか。でも、まさか、よりによってこんなに……アアッ神よ! 嘘だと言ってくれ!
「……お姉様、私は白黒はっきりした言い方をしますけれど、よろしいですか?」
「ええ、もちろんよ」
「本当によろしいんですね?」
「いいわ」
「お姉様がショックを受けることも少なからずあるかもしれません」
「構わないわ」
「本当の本当によろしいんですね?」
「本当にいいわよ」
「ズバッと言っても?」
「ズバッと言ってちょうだい。そのためにエリィの部屋まで来たのだから」
「いいんですね?」
「くどいわよエリィ! 私がいいと言ったらいいのよ!」
「……わかりました。では……申し上げます」
「ええ、申し上げてちょうだい」
エリザベスの服装を一瞥し、なにやらマグマのような噴出する怒りがこみ上げてきた。
その怒りの限界点が振り切れるのに時間はかからなかった。
足の先から頭のてっぺんまで、熱い怒りが瞬間的に爆発した。
「エリザベス姉様ッ!!!」
「は、はいぃ!」
俺の叫び声で、なぜかエリザベスが立ち上がって直立不動の姿勢になった。
身長の高い姉を、親の敵のように睨みつけた。
「おねえさまぁッ!!!!!」
「はいぃぃッ!!!!!」
もう、ダメだッ!
怒りのゲージが振り切れるッ!!
「おねーーーさまぁぁぁッ!!!!」
「はいぃぃぃぃぃぃぃッ!!!!!!!」
うおおおおおおお!
冗談も大概にしろよぉぉぉぉッ!!!
「なんなんですの! なんなんですのその格好はッ! その訳の分からないピンクのふりふりはなんですの! そのきらきらに光っている黄色い漫才師みたいなリボンはなんなんですの! どこで買ってきたか聞きたくもないエナメルみたいなぼてっとしたブーツはなんなんですの! 腕につけた芋虫みたいなシュシュはなんなんですの! おまけにぃーーーッ、全身についているぅーーーーッ、そのラメの入ったぁーーーーッ、フリルなのかワンピースなのかわからないモノはぁーーーーーーッ、いったいぜんたいぬわんぬわんですのぉーーーーーーーーーッ!!!!」
「ごめんなさぁぁーーーーーーい!!!」
俺は怒りにまかせてフリルを引きちぎり、黄色いリボンをむしり取り、シュシュを腕から強奪し、足払いでエリザベスを転がしてブーツを引っぺがし、すべてを窓の外に放り投げて“
ギャギャギャギャギャ!!!!!!
バリバリガガバリィィッ!!!!!!
鳥型モンスターの悲鳴に近い音を発しながら、“
冬の木の葉が落ちるように、焦げた残骸が落下していく。
「おたすけをーーーーッ!」とウサックス。
「何とぞお慈悲をーーー!」とクラリス。
「ごめんなさぁぁーーーーーい!」とエリザベス。
「やりすぎたぁぁーーーーーい!」と俺。
オギャアオギャア!
バサバサバサバサ
ヒヒーン
ドンガラガッシャーン
ヒーホーヒーホー
続けて近所の赤子が泣き叫び、止まり木で休憩していた鳥が一斉に飛び立って、馬がどこかでいなないて荷物を転がし、不運にも近くにいた臆病者のヒーホー鳥がヒーホーヒーホーと呼吸困難を起こした。
いつものパターンじゃねえか……。
――あかん、やりすぎた。
温泉が出なかったのが唯一の救いだ。
――ブシュワーーッ
三軒先の民家から大量のお湯が噴き出し、周囲に湯気が充満した。
……やっぱり出るんだよなぁー温泉。
○
「ごめんなさいエリザベス姉様」
魔法のことを適当にごまかしたあと、自室の床に正座し、誠心誠意エリザベスに謝罪した。
俺は自分自身に怒りを感じている。
こんなに可愛い姉さんの価値観をぶちこわしてしまったのだ。彼女がよかれと思って着ていた服装を、木っ端みじんにしてしまったのだ。それは彼女にとってかけがえのないものだったかもしれない。一生懸命考えたコーディネートだったかもしれない。
なんてひどいことをしてしまったんだろうか……。
穴があるなら二年くらい入りたい……。
「い……いいのよエリィ。あなたがそれほどまで怒る格好を私がしていたんでしょう?」
「あのー、すごく言いづらいんだけど……そうなの。あの格好は姉様に全然これっぽっちも似合ってないの……。リトルリザードの尻尾の先っちょほども似合ってないの……。どう考えてもおかしいと思うの……」
うーんやっぱり思い出せば出すほどあのフリッフリの服はねえな。
何度思い返しても――ない。
ああしてよかった。うん。間違いない。
やっぱり俺天才。イエーイ。
エリザベスは泣き笑いのような顔になって、両手で顔を覆った。
いやいやと首を振っている。
どうしよう、とそんな重苦しい雰囲気になりそうな絶妙のタイミングで、クラリスがハーブティーを人数分用意してくれた。俺とエリザベス、そしてこの場にいて未だに腰を抜かしている兎人のウサックスは、いい香りに包まれてようやく人心地ついた。
「姉様まさかとは思うけど、あの服を買った場所は……」
「恋のキューピッドってお店よ」
やっぱりかーい!
忘れようとしても忘れられない悪夢に出てきそうな厚化粧のマダムな店長。フリルをつけまくったゴスロリ系の服。きれい系で大人っぽいの顔立ちのエリザベスに似合うはずがない。
「エリィだって買ってたじゃない!」
「あのお店は卒業したの!」
「だって可愛くて防御力も高いって評判なのよ! 私にはそんなにおかしいとは思えないんだけど!」
「あれはあれでいいと思うけどエリザベス姉様には似合わない!」
「そ、そんなぁ…」
エリザベスはベッドに突っ伏して泣き出した。
背中をさすってやる。
兎の耳を頭につけた気の弱そうなおっさん、ウサックスは、クラリスと俺を交互に見て気まずそうにハーブティーをすすった。ウサ耳が申し訳なさそうに垂れている。初めて来たゴールデン家でこの騒ぎに遭遇するとは運のないウサ耳だ。
ウサックスよ……完全にとばっちりだな……。
あとでボーナスやるから勘弁な。
ドアの外があわただしくなり、ノックされた。
俺が返事をすると、ちょっぴり怒ったエイミーが部屋に入ってきた。
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