第39話 イケメンエリート、恋の相談会②
「エリィ! 街の中でバチバチは使っちゃダメって言ったじゃない!」
「あ……姉様ごめぇん」
「もう、しょうがない子なんだから」
エイミーはそこまで言うと泣いているエリザベスに気がついて、すぐに駆け寄った。
「どうしたの? エリザベス姉様が泣くなんてよっぽどよ」
「それが…」
「いいよのエリィ………ぐすん……私から話すから」
エリザベスはようやく泣き止んで顔を上げた。頬には涙の跡が残っている。
彼女の話によると、明日の舞踏会はグレイフナー魔法学校主催の大きなもので、在学生、卒業生、教師、事務職員など、関係者であれば誰でも自由参加らしい。多種多様な人が集まり共通の話題があることで、カップルが成立することがしょっちゅうあるそうだ。エリザベスは今年で十八歳。お父様のようないい男をゲットしたいとのこと。それも切実に。だから今回の舞踏会は張り切って準備し、いい男をゲットしようとやる気満々だったそうだ。
「私って本当にモテないのよ……。だからせめて服だけでも頑張ろうって思ったの。でもそれがこの結果よ」
エリザベスは恥ずかしがりながら、半ば投げやりにそう言った。
ここに悩む乙女がいる。
それを救わずして男、いや、おデブ女子と言えるか。
否。断じて否だ。
「おかしいなぁー。エリザベス姉様はキレイで優しいのにモテないはずがないよ」
エイミーが首をかしげる。
その通りではある。だがしかーし、美人だけど恋人いない女子だって結構いるのだ。それには様々な理由がある。
数多の恋を成就させたスーパーイケメンエリートの俺はどうしてエリザベスがモテないのかすでに看破していた。
「エリザベス姉様がどうしてモテないのか…私にはわかります」
「えっ?」
「ええっ?」
「えええっ?」
エリザベス、エイミー、ウサックスの順に身を乗り出してくる。すでに溶け込んでいるウサックスの順応性がやばい。
「まずエリザベス姉様は殿方に頼み事をしたことがある?」
「頼み事?」
「例えばそうですね、重い物を持って欲しいとか、自分の代わりに仕事をやって欲しいとか」
「いいえ。私はゴールデン家を代表するレディよ。そのような些末なことに殿方をかかずらわせることはしないわ」
「じゃあ全部自分でやってるの?」
「もちろんそうよ」
エリザベスは堂々と胸を張って答える。
腕を組んでうなずいた。
気づいたら、絨毯の上で車座になっていた。
俺、エリザベス、エイミー、ウサックスの順で、クラリスは俺の後ろに控えている。
「じゃあもう一つ質問ね。姉様は美人だからよく褒められると思うの。道ばたで、綺麗ですね、とか。職場で、今日も美しいですね、とか。あなたには白い薔薇が似合いそうだ、とか。レストランでボーイにウインクされたり、とか。思い返せば色々あるでしょう?」
「え……ええ。たしかにそうよ。私あなたにそんな話したかしら?」
「いいえ姉様聞いていないわ。これは簡単に予想できることよ」
「エリィすごい!」
「さすがエリィ嬢!」
エイミーとウサックスが感嘆の声を上げる。
ふっ、恋の名探偵とは俺のことだ。
エリザベスはまさに日本で言うところの『デキル系女子』『気の強い系女子』に見られてしまっているのだろう。ガードが堅くてとっつきにくい印象を与えてしまいやすく、美人なのに彼氏ができない。早く私をくどいてよ、と内心では思っているのになかなか男が寄りついてこない。そんな状態なのだ。それに相まって本人の恥ずかしがりな性格が男との関係を発展させないことに拍車をかけている。
ちなみに俺はこれ系の女子、大好きです。いや大好物です。
「それで、それが分かったとして一体何なの?」
エリザベスが身を乗り出して続きを急き立てる。
「姉様はそのあと、どういう対応をしている?」
「うーんそうねえ…」
「まって。当ててあげる」
少しばかり逡巡し、すぐに考えをまとめた。
「褒められたら姉様は恥ずかしいから、こうやってちょっと怖い顔をして、そんなことありませんわ、と言っているんじゃないかしら」
「あぅ……」
エリザベスが顔を赤くしてフリルがちぎられたスカートを握り、下を向いてしまった。どうやら図星らしい。
「姉様、当たり? 当たり?」
「エリザベス嬢、当たりですかな? ですかな?」
エイミーとウサックスがマジックを見破ってマジシャンを追い詰める子どもみたいになっている。
やめてあげて。
「どうなの姉様。ねえ~」
「どうなんですエリザベス嬢~」
ウサックス溶け込みすぎ…。
「ねえお姉様ぁ~、当たり?」
「お嬢~、当たりでしょう?」
やがて観念したのかエリザベスが勢いよく顔を上げた。
「当たりよぉ! みんなで寄ってたかってひどいですわッ!」
エリザベスが柄にもなく照れ隠しで頬をぷくっと膨らませた。
どうしよう、すごく可愛いんですけど。
「エリィは私を辱めたいの!?」
「ちがうわ姉様。そういうことじゃないの」
「じゃあ何なんですの?」
「いま質問した二つが、姉様がモテない理由よ」
「え?」
「ええ?」
「えええ?」
「えええッ?」
エイミーとウサックスに加わり、クラリスまで驚きの声を上げた。
恋の名探偵スーパーイケメンエリート小橋川が全員に解説しようじゃないか。
「お姉様は殿方を頼らずに、すべてを自分で解決しようとしているわ。レディとして素晴らしいと思うんだけど、多分、殿方……面倒なので男と言うけど、男からは完全にデキる系女子に見られてしまっているわ」
「デキる系女子?」
「そうよ。考えてもみて。例えば姉様がお仕事中に重い本を両手一杯に抱えていたとするわ。そこにイケメンが颯爽と現れて、エリザベス嬢、手伝います、なーんて本を持とうとするでしょ。でも姉様は頑なに、結構ですわ、と断りを入れる」
「……ええ、そうよ。その通りだわ。まるで見ていたんじゃないのと思うほど、そのままのことが昨日起きたわ」
「ウサックス。あなたは善意で手伝おうと思ったことをにべもなく断られたらどう思う?」
「がっかりしますな」
「それが美人だったら」
「がっかりの頂点ですな。あいや、がっかりなのでがっかりの最下層ですな」
「そうよ、がっかり最下層なのよ姉様の行動は」
「でも……私そんなつもり……。というよりあなた誰なんですの!? 私のこんな話をさも平然と聞いているなんて!!」
エリザベスは恥ずかしいのか急に矛先をウサックスに向けた。
「ひ! いえ私はマックス・デノンスラートと申しまして……その、エリィ嬢に先日雇われたしがない事務員でございます!」
「ウサックスよ、姉様」
ウサックスはウサ耳を揺らしながら、ウサックスです、すいませんすいません、と何度も謝っている。
さすがは元役場の窓口係。謝罪が板についてやがる。
このウサックス、仕事があまりにもできすぎて役場レベルでは扱いに困る人材だったようだ。人の十分の一の時間で仕事を終わらせ、あとは職場で遊んでいたらしい。まじめにやっていればもっといい職場を見つけていたかもしれないが、先日ついにクビになったそうだ。
「年上の男性の意見が聞ける滅多にないチャンスよ! 姉様ここはぐっとこらえて」
「わ、わかりましたわ。ごめんなさいウサックスさん急に取り乱しまして」
「私ごときが麗しいお嬢様のお役に立てるのであれば、いかようにも罵ってくだされ」
「それじゃただの変態よウサックス」
「エリィ嬢、たしかに!」
これはしたり、とウサックスはうなずく。
「それで話を戻すけど、エリザベス姉様はモテないんじゃなくて、本当はモテているのよ。男たちが手を出しづらいのね。ウサックス、あなたエリザベス姉様をくどけ、って言われたら緊張するでしょ?」
「そりゃもう! こんなに美しくて気の強そうなお嬢様ですから。私には到底無理ですな」
「逆に、こんなに美人な姉様からお願い事をされたらどう?」
「獅子奮迅の働きを致します! 美人に頼られるのは男冥利に尽きますな!」
「こういうことよ」
おお~、とエイミーとクラリスから驚嘆の声が上がる。
エリザベスだけは恥ずかしそうに俯いていた。
「ということで、私からの提案は二つ。一つは明日の舞踏会で殿方に簡単なお願い事をすること。もう一つは褒められたら笑顔でありがとう、と言うこと」
「うんうん! それはいいと思う!」
「お嬢様! 何というご慧眼ッ!」
「おどうだば! おどうだば!」
エイミーが嬉しそうに言い、クラリスが感動し、勝手に入ってきたバリーが泣いている。バリーいつの間に!?
「クラリス、バリー、ミラーズに行って例の物を。ミサにエリザベス姉様の、と言えば分かるわ」
「かしこまりました」
ちょうどいいので二人にお願いすると、影武者のように素早く一礼して部屋から出て行った。
「さあ後は姉様が頑張ればいいだけよ」
「エ、エリィ……私には無理だわ……」
「どうして?」
「だって恥ずかしいもの……」
できる系で気の強い系の美人が顔を赤くして下唇を噛んでいる。これは凄まじい破壊力だ。
「姉様は美人で優しいんだから大丈夫よ」
俺は笑ってエリザベスの肩に手を置いた。
「そんなこと……ありませんわッ」
「姉様ちがうでしょ? ありがとうよ、あ・り・が・と・う」
「あ……。んッ――――ダメよエリィ、恥ずかしくてこんなこと言えない」
「大丈夫ですぞ、さあにっこり笑って、あ・り・が・と・う」
「あ、りが…………ぅ」
「んん? 聞こえませんな、あ・り・が・と・う」
「あ、あ、りがと………」
「ダメですぞそんなぼそぼそ言っては! セイ、アゲイン」
なぜかウサックスが指導に情熱を注ぎ始める。
「姉様がんばれ! せえの、あ・り・が・と・う」
エイミーも調子よく乗ってくる。
「ありがとぅ……ですわ」
「声が小さいわ姉様!」
俺が四つ上の姉に活を入れる。
エリザベスは涙目になりながら、懸命にお礼を言った。
こうしてエリザベスを指導しつつ、夜は更けていくのであった。
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