第37話 イケメンエリート、撮影会をする②


       ○


「ははは、はじっ! はは…はじめっ! は、ははっ…はじめマヒ! はじめ……はじめまして!」

「あ、あの! 私こそ! 私こそはじめましてッ!」


 テンメイ・カニヨーンことエロ写真家は、エイミーを目の前にして絶対零度で凍りづけになったバナナみたいに、かちこちに緊張していた。短く切りそろえた髪、俺と同じぐらいの身長、物事にこだわりがありそうな大きな鼻、中肉中背で一見するとまじめに見える細い瞳にはエイミーしか映っていない。


 そして何故かモデルのエイミーも緊張していた。


「お、お、お、俺はテンメイ・カニヨーン! 妖精のように美しいエリィ嬢にカメラマンとして雇われた次第であります!」

「あ、あの! 私はエイミー・ゴールデンですぅ! そういえば、同級生?」

「イエッサー! 同級生です! あなたの美しさに感銘を受けておりまぁす!」

「や、やだぁ……そんなこと言ってからかわないでほしいな」

「ウ……ホッ……」


 あ、エロ写真家が恥ずかしさで死んだ。

 つーかなんで返事がイエッサーなんだよ……。


治癒ヒール


 仕方なく魔法を唱えてエロ写真家を復活させる。

 

「……ぶっはあ! あれここはどこだ?」

「大丈夫、テンメイ君?!」

「ああ、妖精がいる……ということはここは天国なのだな。婉美の神クノーレリルよ、俺にこのような美しい光景を見せてくれて……ありがとう」

「どこか打ったんじゃない?」


 エイミーが心配してエロ写真家のおでこを触る。

 みるみるうちに顔が赤くなるエロ写真家。ゆでだこになるとはこのことだろう。


「ウ……ホ……ッ」


 あ、また死んだ。


治癒ヒール


 またしても魔法を唱えるはめになった。

 埒があかねえ。


「……ぶっはあ! ここは?!」

「テンメイ君、今日はお家に帰ってゆっくりしたら?」

「おうち? 妖精がなぜここに……?」

「妖精ってさっきから……もう。恥ずかしいこと言わないでよねっ」


 頬を赤らめて目を逸らすエイミー。当然、エロ写真家は、いわゆる萌えの限界突破で死にそうになる。


「ウ……ホ……ッ」


 肩をつかんで極小の“電打エレキトリック”をエロ写真家にお見舞いした。

 この魔法は触れた相手にスタンガンのような電気ショックを与えることができる。最大出力にすれば人間を黒こげにするほどの威力だ。


「アバババババババババ」


 一本釣りされたカツオのように全身をびくんびくんと揺らし、電気ショックで目覚めたエロ写真家にすぐさまビンタをする。


「あなたは生きているわ! そしてエイミー姉様の写真を撮るの!」

「俺は……生きている?」

「ええ。さあ、早く準備をしてちょうだい」

「あ、ああ。そうだったな。ありがとうエリィ嬢」

「ということで姉様、もうすぐミサとジョーが来るから準備お願いね」

「うん! が、がんばりまぁす!」

「そんなに緊張しないでいいからね」


 エイミーは心配をよそに手と足を同じ方向に出して歩き、自室へともどった。

 ……大丈夫だろうか。



      ○



 カメラを初めて使うと言っていたテンメイ・カニヨーンは、素晴らしいセンスを持っていた。正直、俺も驚いたほどだ。一枚一枚に魂を込める、とはこういったことなんじゃないだろうか。


「エイミー嬢! その手すりに座って、右足を伸ばしてください!」

「こ、こう?」

「そうです! 何て素晴らしい! エェェクセレントッ!」

「あ、あのぅ……」

「カメラに向かって笑って貰えますか?」

「こう、かな?」


 ぎこちなく笑うエイミー。だがエロ写真家は決して咎めたりしない。ひたすら褒めまくる。


「とても魅力的なレディに写っていますよ! すばぁらしい! そしてこの服をデザインしたエリィ嬢! あなたには心の底から畏敬の念を抱かずにはいられない」

「そうでしょうそうでしょう」


 俺はしたり顔でうなずいた。

 いまエイミーが着ているのは、青地に小さな水の精霊をちりばめたデザインの膝丈スカートに、細身に加工された白地のボタンシャツ。首元の第一ボタンを開け、小さなペンダントを見えるようにし、足元にはミサが靴職人と口論しながら作ったという渾身の力作のパンプスを履いている。


「エイミー嬢もそう思うでしょう?」

「うん! エリィってほんとすごいよねぇ。この服すごく可愛いもの」

「俺もそう思います。エイミー嬢はエリィ嬢が大好きなんですね!」

「とっても好き! 大好きなの!」

「ストレェェェングス!」


 エイミーの自然な笑顔を逃さず、意味不明なかけ声でシャッターを切るエロ写真家。A4サイズの写真用紙が、ゆっくりとカメラのサイドから出てくる。俺はその写真を見て、思わずため息を漏らした。


 爽やかなスカートを履いたエイミーが弾けんばかりの笑顔でこちらを見ている。ゴールデン家のサロンに咲く花たちと共に、エイミーの笑顔がこれでもかと咲き誇っていた。絹のような金髪をサイドにまとめ、白亜の手すりに腰を掛けている彼女は、誰よりも綺麗で、誰よりも可憐だった。


 ミサとジョーが俺に顔を寄せて写真を覗き込む。

 二人とも、言葉にならないため息を漏らしていた。


「あなた天才よ!」


 思わずエロ写真家の右手を両手で握った。

 しかし彼はまだ納得していないのか、首を振っている。


「エイミー嬢の可憐さは、もっとこう、美しくも儚げで、それでいて希望と憐憫を感じさせると共に、世界の果てのような壮大で唯一無二のストーリーなのです。俺は悔しい。この身のうちに燃え上がる焦がれた気持ちを一枚に乗せ切れていない」

「やはり……あなたを連れてきて正解だったわ……」


 よくわからない口上に、よくわからないまま感動した。

 意味は一ミリも分からないがパッションはしっかり伝わった。


「お嬢様、私いま、猛烈に感動しています」


 ミサが隠そうともせずに涙を流している。

 この服ができるまで、彼女はどれだけ苦労したんだろうか。


「エリィ! 俺だって負けないからな!」


 ジョーはデザインにさらなるやる気を見せた。


「ビュウゥゥティフル!」


 エロ写真家が、カメラをぐりんと九十度横に回してシャッターを切った。

 写真用紙が一枚五千ロンするんだけどな、と思ったが、そんなことはどうでもよくなった。この雑誌撮影は俺たちの集大成なのだ。ミラーズで二人に出逢ってから二ヶ月近くが過ぎている。


「オーケー! 表紙はこの写真でいきましょう!」


 彼は感動にうち震えていた。


「エリィ嬢……。俺は君に救われた。やっと自分のやりたいことを見つけられたようだ……ありがとう……これで青春の苦悩から解放されるんだ……」

「何言ってるの。苦悩するのはこれからよ。最高の写真を撮るんでしょ?」

「もちろんだとも! 契りの神ディアゴイスに誓ってここに宣言しようじゃあないか!」

「そうだよテンメイ君! えいえいおーッ!」


 エイミーがこちらに向かって右手を挙げた。

 うん、使い方、あってるよ。


「可愛い……ウホ……ッ」


 エロ写真家がまた萌え死にをした。




 さて。ここから二週間、ファッション誌特別創刊号『Eimy』ができあがるまで、俺は奔走することになった。


 ドワーフ店主から魔力結晶が一億三千五百万ロンで売れた、と連絡が来たと同時に、“複写コピー”を使える魔法使いの求人募集をかけ、事務が得意な兎人を雇い、コピーライター候補のセンスがいい町娘を強引に引き込み、文章が得意で記者に向いていそうな狐人の少年を囲い込んだ。


 その間、学校にもちゃんと出席した。

 クラリスは八面六臂の活躍を見せてくれる。

 もうクラリスなしでは生きていけない、あたい……。


 製本のリーダーをしっかり者の黒ブライアンにまかせ、雑誌は五百部を目標に設定した。


 一冊の金額はなんと六千ロン。

 この金額でないと採算が取れないのだ。


 情熱を他のメンバーが感じ取ったのか、徐々に全員がワーカーホリック状態になりつつあった。徹夜上等。目を赤くさせ、疲れているのに身体がいつもの倍動く。魔力ポーションとマンドラゴラの強壮剤をがぶ飲みして、仕事に打ち込んだ。


 雑誌発売の三日前、グレイフナー通り一番街の壁面に、でかでかとエイミーの写真を“複写コピー”した、特大の布製ポスターが飾られた。そのサイズは、グレイフナー王宮の次に大きな建造物である七階建ての『冒険者協会兼魔導研究所』を覆い隠さんばかりであった。残りの二つは今回製本を協力してくれた『オハナ書店』、そして若者が集まる一番街終点の人気カフェ『イタレリア』に設置した。


 そんな熱狂に包まれた中、雑誌発売日の二日前。


 俺の部屋を誰かがノックする。

 事務が得意な兎人とクラリスとの当日の打ち合わせをやめて、机から顔を上げた。


 部屋に入ってきたのは次女のエリザベスであった。

 こんな夜更けになんの用事だろうか。

 顔だけを部屋に入れて恥ずかしそうにしている。


「エリィにお話があります」

「どうしたのエリザベス姉様?」

「エリィにお話があります」

「それはわかったから……とりあえず部屋に入ってほしいんだけど……」


 気の強そうなエリザベスが顔を赤くしながら睨むようにして、口を尖らせる。そのギャップに思わず可愛いな、と思ってしまう。


「それじゃ、入るわね!」

「どうぞ……ッ!」



 ―――――これはッ!!!!!



 ―――――――!!!!!!!!



 四つ上の姉の服装を見て「ずこーーっ」と言いながら、某大阪の喜劇ばりに、盛大に椅子から転げ落ちた。


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