第36話 イケメンエリート、撮影会をする①
☆
俺はテンメイ・カニヨーン。
グレイフナー魔法学校の六年生だ。
成績は中の下。「土」「水」「火」「風」のカルテットで、すべて中級まで習得している。一般人から見ればさぞ羨ましい魔法能力であろう。だが、こんな中途半端な能力ではせいぜい町の警邏隊になって出世もできず一生を終えるのが関の山だ。
自分に魔法の才能がないということは自分自身がよく理解しており、若さゆえの才能に対する苦悩や嫉妬を一通り経験して、今はその事実を甘んじて受け入れることで自分という存在を昇華しようともがいている。
俗に言う青春の一ページ。
実にくだらない、どうしようもない、そして重大な、小さすぎて大きすぎる悩みを抱えている。
俺の中には一人の妖精が住んでいる。
その妖精のおかげで俺はどうにか退学せず進級できている。
何度才能のなさに唾を吐き、何度挫折しただろうか。
妖精は壊れそうになった俺の心をあと一歩のところで繋ぎとめてくれた。
俺には体内に精霊を宿らせるすごい才能があるのかって?
答えはイエスでもありノーでもある。
なぜならばその妖精は誰の心にも等しく宿る。
嫉妬の神ティランシルのような内側から身を焦がす炎を発し、それと同時に契りの神ディアゴイスのような誠実さを思い出させ、戦いの神パリオポテスのような誰にも負けぬ不屈の精神を与えると共に、偽りの神ワシャシールのごとく我々に欺くことを強要し、婉美の神クノーレリルのような艶やかで美しい花を心に咲かせる。
妖精の名はエイミー・ゴールデン。
見た者を魅了する笑顔と、大人びた見た目に似合わぬとぼけた性格に、我々はいつの間にか五体を釘で磔にされる。
馬鹿げているというならば、グレイフナー魔法学校まで確認しにくればいい。何人もの人間がエイミーという妖精を心に宿し、極上の肉を靴底で焼いて食うような希望と絶望を味わっているのだ。
我々にはもはや彼女なしで生きるという選択肢は存在しない。辿り着く答えがすべて同じであるあみだくじのようなもので、乳飲み子が母親なくして生きられぬこととなんら変わりない。
“ライト”に集まる魔妖蛾のように、彼女の姿を校内で探す。例えるならば歴史上最悪の麻薬バラライ。やめなければ、と理性は警鐘を鳴らすが、本能が妖精の姿を探し求める。
届かぬ物を追い求め、現実を直視せず、果敢に死地へと身を投じる猛者もいる。彼女の麓までも辿り着けぬ恋文を出し、拒絶というきつい否定を味わって、涙で枕を濡らす。
泣こうが
これが恋。
違う、恋ですらない。
恋でないならば一体これは何なのだ。
わからない。俺はこの気持ちの正体を知りたい。
今日も彼女に逢えぬとため息をついて、裏庭で空を見上げる。あの空を額縁に入れてプレゼントをすれば彼女は喜んでくれるだろうか。自由で誰にも縛られぬあの雲を献上すれば俺にだけ笑顔をくれるだろうか。何を言っているんだ俺は。我ながら自分が耐え難いロマンチストで馬鹿だと自嘲する。
両手の親指と人差し指を直角にし、指先を合わせて、即席の額縁を作った。
見れば見るほど空が絵画に、校舎が写生に、地面が切り抜きに変化する。雲がゆらめき風がそよぐ、今この時この時間を止めて風景画が描ければ俺は満足するのかもしれない。
指先で作った額縁で、俺は俺の回りにある景色を写生していく。
いつか彼女にも俺の見て感じた風景と色と音を伝えられるように心に刻み込む。
様々な角度、美しい曲線、黄金の旋律、世界の真理を俺はこの日常に探す。
「あなたカメラマンなの?」
天から鐘を鳴らされた?
天使の声が後方からする。
指先で額縁を作ったまま振り返る。
「ああ、やっぱりそうなのね」
額縁の中にはうっすら妖精の面影がある太めの少女がいた。
「ちょっと来てちょうだい」
「誰だ、君は」
俺の声は自分で予想しているより強ばっていた。
何か今までの自分が破壊されるような不安がよぎる。
彼女の瞳は強すぎる。
「これは失礼を。わたくしゴールデン家四女、エリィ・ゴールデンでございますわ」
彼女の心の美しさを現すかのような流麗な所作に息を飲んだ。
とてつもないことがこれから起こるでは、と心臓がバッタのように跳ねる。
「カメラマンを探しているの。あなたにお願いしてもよろしいでしょうか」
なぜだろうか。
カメラマンというものが一体何なのか分からないくせに、マリオネットのように、指先の額縁に彼女を入れたままこくりと頷いた。
「探し回ってよかったわ。あなたは間違いなく最高のカメラマンよ」
「そうなのか…」
「ええ、そうよ」
自信たっぷりにうなずいた彼女はまぶしかった。
俺は直視できず、思わず目を逸らして遠くを見つめる。
あれ、ゴールデン?
ゴールデン家四女、エリィ・ゴールデン?
ということはあの、ゴールデン家?
我が愛しの妖精エイミー・ゴールデンの……。
「ええええええええええええええええええっ!!!!!?」
俺は絶叫した。
「きゃあ! ちょっと急に大きな声を出さないでちょうだい!」
「ああ! ごめん! 君は、あの、ゴールデン家の末っ子の…?」
「エリィ・ゴールデンよ」
「ということはお姉さんはこの学校にいる…」
「エイミー・ゴールデンよ」
「な、なんということだ……」
「あ。ああ~っ」
我が愛しの妖精の妹君は納得したように腕を組んでうなずいた。
「あなたエイミー姉様のこと好きなんでしょ?」
「なはぁッ!? ななんなななんなんななん何を言っているんだひ!?!?」
「いやいや慌てすぎだから」
「はあぅっ! なんということだ……」
仕方のないことよ、とエリィ嬢は俺の肩に手を置いた。
「だって姉様、可愛すぎるもの。普通の高校生……じゃなくて男子生徒が恋に落ちるなというほうが無理だわ。あれはある意味災害のようなものね」
「君! なんて言い得て妙な例えをしてくれるんだい! その通りだッ。かのエイミー嬢は比類なき美しさと可愛らしさを装備した人類の最終魔道具である!」
「その通りよ!」
「さすが妹君だ! 素晴らしい! やはり俺のこのやり場のない気持ちは恋ではない! そう、いわば大地や自然と同じ現象だ! ははは、ありがとうエリィ嬢! この気持ちに答えを出してくれて!」
「それって恋でしょ」
「…………え?」
「えじゃなくて。それ恋でしょ」
「……………………ほ?」
「ほじゃなくて。あなたのその気持ち、恋でしょ」
「………………………………ひ?」
「ひじゃなくて。あなたのそのやりきれない気持ち、恋でしょ」
「こ…………これが…………………………恋?」
「そうに決まっているわ。そのやり場のない気持ちや届かない想いが恋じゃないわけないじゃない」
「……………………え、でも」
「でもじゃなくて。それ恋でしょ」
「これは恋なのか」
「そうよ」
「エ、エリィ嬢………そうか。そうだったのか…………この俺の気持ち……………………これがまさに…………恋………………………すべての人間に等しく分け与えられる恋慕の神ベビールビルの慈しみ……………………これこそが……………“KOI”…………」
「ぷっ、変なひと」
エリィ嬢は口元を手で押さえて朗らかに笑った。
ああ、なんであろうか。
なにやら癒される気がする……。
「それじゃ行くわよエロ写真家さん」
にっこりと笑った彼女は右手を差し出した。
変な名前で呼ばれようとも、真っ直ぐな彼女の瞳を美しいと感じてしまう。そうか、俺の心にはもうすでに彼女が入り込んでしまったのだ。太陽を背にまぶしく光り輝くぽっちゃり系の女の子は、清く、正しく、美しく、神々しかった。
その日から、我が愛する内なる妖精は、エイミー嬢とエリィ嬢の二人になった。
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