第35話 イケメンエリート、編集長になる②


 アイデアはあったものの、カラー印刷なんて無理じゃね?

 コピー機ないしカメラもないし、と思っていた。


 そんな根本を解決してくれるのがやはり魔法だ。エイミーと特訓中に学術書から火の上級魔法で“複写コピー”を見つけたときは興奮した。クラリスにカラーコピーが出来るのか何度も確認してしまった。


 グレイフナー王国初のカラー雑誌を作る。


 上級魔法を使って作成するから魔法使いを雇うコストがめっちゃかかるのが難点だ。


 プラスしてカラーのインク代金とカラーに耐えうる用紙の代金。製本の方法や料金。おそらく一冊、五千ロンぐらいになってしまうだろう。


 日本円にして五千円の雑誌。笑えるな。


 一冊にプレミア感を出せば、裕福層にぼちぼち売れるだろうと楽観視している。アイデアがいいからな。売れるだろう。万が一売れ残ったらどこかの貴族に営業かけて押し売りするから大丈夫だ。ふふふ、楽しみだ。


 ガルガインとはディアゴイス通りで別れ、俺とアリアナはスルメに連れられスルメの実家に向かっている。


「あなたの家の“複写コピー”が使える魔法使いは使用人なの?」

「一人は分家でおれの家臣。もうひとりは俺の弟だ」

「結構きつい作業になるけど大丈夫かしら?」

「たかが“複写コピー”だろ。大丈夫に決まってる!」


 豪快に笑うスルメによく考えてみなさいと言いたい。


 例えば二百冊の雑誌を作るとして、表紙を含めて二十ページとすれば全部で四千ページ。ふたりで二千回“複写コピー”を唱えることになる。魔力切れで何度もぶっ倒れることになるだろうよ。まあ、人はもっと雇う予定ではあるが。

 

 ちなみにこの計画と実行の日付はクラリスに言って、ミラーズのミサとジョーに伝えてある。金はあるからとにかく服をできるかぎり量産しろとお願いしておいた。ミシンや裁断機などの便利な機械はこの世界にないので、ほとんどが手作業になってしまう。早めに作っておかないと人気が出たときに在庫がない、なんて最悪の事態になる。営業マンは在庫にも気を遣わなければならない。


 俺はその辺、あまり得意じゃないからなぁ。日本でも得意な奴にぶん投げてたし。店がでかくなったら事務関係が得意な人が必要だ。


 とにかく人材集めだ。

 

 “複写コピー”を使える魔法使い。

 事務が得意な奴。

 雑誌編集ができそうなセンスのいい担当。

 文章が得意な記者に向いているやつ。

 そしてカメラマン。


 王宮から歩いて二十分ぐらいの場所にスルメの家があった。がっしりとした石造りの家で、ちょっとした美術館のような趣がある。三メートルほどある風神雷神みたいな厨二病全開の石像が入り口の門に飾ってあった。


 聞いたら、戦いの神パリオポテスと契りの神ディアゴイス、らしい。ちょいちょい出てくる神シリーズは日本でいうところの、七福神みたいな扱いなんだろうと勝手に解釈している


 スルメのワイルド家はそりゃもうワイルドだった。


 家中の人間は色黒で顔がとにかく濃い。三分の一がしゃくれている。俺とアリアナは五十人ぐらいに囲まれて、暑苦しく勲章について褒められ、むさ苦しくスルメを治療したことについて礼を言われ、鬱陶しいぐらいに決闘を申し込まれた。


 めんどくせえから決闘は全部断った。


 ついでに、君は太すぎだアッハッハッハ、と言ってきたスルメの親戚にはビンタと“エアハンマー”で視界から消えてもらった。


「ワンズの家臣、スギィ・ワイルドだ」

「弟のスピード・ワイルドです」

「……」


 もう名前にツッコミを入れるのはやめよう。偶然だと思いたい。俺を笑わせようとする罠じゃないよね。立派な名前だよ二人とも。笑ったら怒られるよ。


 スギィ・ワイルドはシャツを腕まくりして真っ黒に日焼けしたおっさん。


 弟のスピード・ワイルドはストリートレーサー映画の碧眼のイケメン主人公ブライアンを気弱にして色黒にさせたような少年だ。ちなみに弟、といってもスルメの腹違いの弟らしく、年は一つしか離れていない。グレイフナー魔法学校の二年生だ。二年生で火の上級が使えるとはかなり優秀だな。


 二人に「おすぎ」「黒ブライアン」とあだ名をつけて臨時で雇うことにした。二人ともちょうど金が必要だったらしく、冒険者協会にいって魔物狩りに行こうとしていたところだったので快諾してくれた。


 報酬は出来高制で、どのくらいの質で“複写コピー”が唱えられるかで決めようと思っている。

 

「おすぎ、ブライアン、よろしくね」


 レディらしくスカートの裾をつまんで礼をした。


「おすぎ……俺? 俺の名前はさっきも言ったがスギィ・ワイルドだろう?」

「あのエリィさん! 黒ブライアンって僕のことですか!?」

「またてめえは変なあだ名つけやがって……」


 おすぎはワイルドに腕を組んで、まあ仕方ないかとうなずいた。

 黒ブライアンことスピード・ワイルドは悲鳴に近い抗議の声を上げる。


「どこからどうなるとブライアンになるんですか!? 誰なんですか! 黒は家系が地黒なんで仕方ないにしても!」

「ワイルドスピードって映画、観たことない?」

「僕の名前はスピード・ワイルドです! えいがって何のことです! 観たことなんてありませんよ! 知りもしません知りたくもありません!」

「ほら、早く馬に乗ってストリートバトルしてきなさいよ」

「馬? ストリートバトル?」

「血が滾るような速度で曲がれるかどうかギリギリのカーブに突っ込むんでしょ?」

「いや僕そんなふうに乗馬したことないです!」

「嘘おっしゃい! スピード狂なんでしょ!? というか今からスピード狂になりなさい黒ブライアン!」

「兄さん何なんですかこの人!?」

「俺に聞くなよ! 俺だってこいつには困ってるんだからな!!」


 黒ブライアンの反応が面白すぎてつい調子に乗ってしまった。

 悪ノリとスピードはほどほどにね。アハッ。

 ……自分で言って気分悪くなってきたパート2。


「兄さんもあだ名を!?」

「くっ……そうだ」

「なんてあだ名なんです?」

「ぐっ……それは………」

「スルメよ。ス・ル・メ」


 俺がにっこり笑って黒ブライアンに言った。


「スルメ?」

「なんかスルメ顔じゃない?」

「そ……それは…」

「ほら、噛めば噛むほど味が出てきそうな。ねっ?」


 黒ブライアンはスルメの顔を何度か見て、顔を引き攣らせて自分の腹をパンチし始めた。笑わないようにしているんだろうが、口元がしっかりと笑顔になっている。


「てめえ! おいエリィ・ゴールデン! 黒ブライアン! 表に出ろ!」

「兄さんまで僕を黒ブライアン呼ばわりですかッ!?」

「おめえが俺のことをスルメと呼んだらぶっ殺すからな」


 そのあと中庭で決闘騒ぎに発展。俺はデブが四人に見える残像魔法“幻光迷彩ミラージュフェイク”で攪乱し、“ライト”で目つぶしをして、“エアハンマー”で二人を吹き飛ばして事は収拾した。終わったあとに、ちょっぴり悪かったな、と反省した。


 まあ使用人と親戚、スルメの母親までもが即席の賭けに興じていたのでお互い様だろう。スルメに賭けていた使用人のむさ苦しい男共は、坊ちゃんのせいで大損だ、と言いながらスルメにファイヤーボールをぶつけようとしているし。隅から隅まで騒がしい家だ。


「エリィ…」


 終始大人しかったアリアナが、俺に有り金ありったけを賭けて、二十万ロンをゲットしてほくほく顔だったことに笑った。いつも通りの、口角をほんのちょっぴり上げる笑顔で、金貨と銀貨でいっぱいになった財布を見せてくる。


 アリアナの狐耳を撫でて、金貨を渡そうとしてくる彼女の手を優しく押さえた。そのお金でいい物をたくさん食べなさい。君はもうちょっと太ったほうがいいよ。俺と違ってね。



      ○



 おすぎと黒ブライアンにはまた連絡すると言い残して、バリーが御者を務める馬車に乗り込んで、『記念撮影具』……もうめんどくさいからカメラでいいや。カメラを乗せた。


「お嬢様そちらは?」


 バリーが窓に顔をへばりつけて質問してくる。

 こええよ。いつ見てもこええよ。


「バリー顔が近いわ。これはカメラよ」

「カメラ?」

「記念撮影具とも言うわね」

「そのような高価なもの、どうされたのです?」

「買ってきたのよ」

「…失礼ですがお金はどうされたのですか」

「ボーンリザードを倒したときに見つけた魔力結晶を売ったわ」

「ほお! さすがはお嬢様です!」

「一億二千万ロンぐらいになると思うの!」

「………ほ?」


 金額に度肝を抜かれたバリーを尻目に箱を開けると、カメラと三脚と用紙がきれいに収納されていた。用紙はA4サイズの厚紙で特殊塗料が塗ってあるらしく、光に当てると七色に変化する。これをカメラの上部に刺して魔力を込めるとシャッターが下り、見えている情景が写される仕組みだ。正直、仕組みがさっぱりわからない。魔法バンザイということにしておこう。


 俺とバリーは町中を馬車で回ってカメラマンを探した。

 だが、これだ、という人物がいない。


 カメラマンはただ情景を写し出せばいいものではない。モデルの喜びや悲しみまでも抽出できるような、乾坤一擲の一枚を写せるであろう己の内側に鬱屈した何かを溜め込んでいるような人間がいい。モデルはあのエイミーなのだから、そんじょそこいらのやつにお願いする気はこれっぽっちもないんだよ。俺は完璧主義だから。


 翌日もその翌日もカメラマンを探し回った。


 アリアナはアルバイトがあるのでカメラマン探しには参加できなかった。捨てた子犬のような顔をしていたからなぐさめるのに時間がかかった。

俺はクラリスとグレイフナーをぐるっと時計回りに散策する。方々で聞いた噂を頼りに移動した。


 泣く子も黙る芸術家、記念撮影具のプロ、グレイフナー王国一の魔道具師、七色の声色を持つ吟遊詩人、センスがありそうな奴は片っ端から尋ねた。だがどいつもこいつもダメ。結局はすでにできあがった世界観があるのだ。

違う! 違うんだ! 今そこにある物、人間を、無心で撮影できる奴がいいのだ! 被写体の最高の状態を逃さない目を持っている人間がいいのだ!


「わたくしにはお嬢様の深慮はわかりかねます。正直、腕っぷしが強いその辺の男ではダメなのでしょうか。こう、勢いで、でええいっ! とシャッターを切るような」

「ダメよ! ダメに決まっているわクラリス!」

「左様でございますよね…」


 はぁ、とため息をつくクラリスは自分が役に立てないことが悔しいようだ。

これは俺がこだわっていることだから、きっちり自分で探し出さないといけない。

 見つけられなければクラリスがもっと落ち込んでしまう。


「では見つかるまでどこまでもお供致します!」

「ありがとうクラリス!」



 さすがはクラリス。前向きだ。



 俺たちはうなずきあうと、グレイフナーの中心部へと歩き出した。


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