第34話 イケメンエリート、編集長になる①
ガルガイン紹介の店は、実に普通だった。いや、日本に比べたらそりゃ色々ファンタジーだったけど、想像していた海パン一丁のもっこりしたドワーフとか、亀甲縛りされた女性店員とかはいなかった。まじでよかった……。
店内にはところせましと魔道具が置いてある。
拷問具のような武器が半分を占めているので、店のSM的外観はあながち間違いではない。
いらっしゃい等の来店の感謝など一切告げず、身長百五十センチぐらいの髭面で堀が深いドワーフがカウンター越しにぎろりと睨んできた。
「誰かと思えばガガんとこの小せがれか」
ドワーフの店主はそう一言つぶやいて視線を手元に戻した。見ると、細かい部品のようなものにペンで魔法陣を描いている。
「おっさん『記念撮影具』あるか」
「……おめえが買うのか?」
「いや、エリィ・ゴールデンが買う」
一歩前に出て、懐に忍ばせていたボーンリザードの魔力結晶をカウンターに出した。こぶし大の赤い結晶は、中で激しく火花を散らしている。昨日試しに魔力を注いだら、魔力切れ寸前まで魔力を持っていかれた。相当量の魔力が内包された状態だ。
「まず、これを買ってほしいの」
ドワーフの店主はつまらなそうに目線を上げ、魔力結晶を見ると鼻で笑って手元の作業に戻った。
だが二度見すると、持っていた魔道具を放り投げて、サヨナラ逆転タイムリーツーベースで頭から突っ込む走者のようにカウンターに飛び付いた。
「こここ、これぇ! てめえどこで手にいれたぁ!!」
「きゃ! びっくりさせないでちょうだい!」
「そんなこたぁどうだっていい! てめえこいつをどこで手に入れたんだ!」
「ボーンリザードを倒したのよ」
「……はあっ!?」
そう驚くドワーフ店主に俺はさっき国王からもらった小さな勲章を見せた。
金色のコインに狼のようなマークが入っている。スルメが聞いてもいないのに、これは在学中の魔法使いが武勲を立てた際にもらえる『大狼勲章』で、未成年しか受勲できないため希少価値が高く所持している貴族は非常に少ない、と力説した。ありがたいけど説明してるときの声がでかくてうるさかった。
「てめえ、そりゃあ……」
大げさに驚くドワーフ店主。
ガルガインといい店主といい言葉遣いがラフなのは、ドワーフ共通らしい。
まあ、妙にかしこまってるよりは全然いいが。
そういえば魔力結晶を見せたときのガルガインとスルメも店主と同じような反応をしていたな。二人とも腰を抜かして大声を出していた。うん。そろそろリアクション王決定戦を開いたほうがいいと思う。
「おっさんほら」
ガルガイン、スルメがドヤ顔で胸に下げた大狼勲章を店主に見せつける。ドワーフ店主は、おおっと声を上げてカウンターを飛び越えてくると、ガルガインの肩を音が出るほどに叩いた。
「ガガの小せがれ! よくやった!! ドワーフの誇りだてめえは!!」
ぐわーっはっはっは、と笑いながら、よくやった、すげえじゃねえかと連呼する店主を見て、ガルガインは少しバツの悪そうな顔をした。だがまんざらでもないようで人差し指で何度も鼻をこすっている。
「で、そのボーンリザードを倒した話はあとで聞くとして、お嬢ちゃんはこれを俺に売ってくれるのか?」
「ええ」
「本当にいいのか? こんなでけえ魔力結晶滅多にお目にかかれないぞ。俺が鍛冶屋になってから数回見た程度だな。しかもこれよりやや小ぶりだ」
店主は壊れ物を扱うように店内のランタンにかざし、魔力結晶を観察している。
「すでに相当な魔力が入ってるじゃねえか。これはお前たちで入れたのか? 何日も大変だったろう」
「いえ、昨日私が魔力を込めたわ」
「は? お前さん一人でか?」
「そうよ」
「がっはっはっは! バカ言っちゃいけねえ! 一日でこの魔力を入れるなんてお前さんどこの『シールド』だよ!」
「おっさん、エリィ・ゴールデンはさっき筆頭魔法使いリンゴ・ジャララバード様に『シールド』入団の勧誘を受けたばかりだ」
「……え?」
「うそじゃねえぜ、まじだ」
ガルガインとスルメが悔しそうに言う。
「おいおい嘘だろう……。こんな年端もいかねえぽちゃーっとした女の子が『シールド』に?」
「ぽちゃーっとは余計よ!」
「余計もクソも本当のことじゃねえか!」
「エリィはすごいの…ぽちゃとか言わない」
静かだったアリアナがドワーフのおっさんに杖を向けた。
「お、おお、わかったわかった。狐人のお嬢ちゃん、目つきがちょっとアレだから杖をしまってくれ」
「わかればいい…」
アリアナは静かに杖をしまって、よしよしと俺の腕をなぐさめるように触ってくる。
く、なんていい子なんだ。俺が男だったらお付き合いしてるところだ。
「それで、いくらで買ってくれるの?」
「一億ロン……いや近頃は魔力結晶不足で値段が高騰しているからな……。一億二千万ロンぐらいまではいけるんじゃねえか?」
「知り合いのエルフにも見せているのよ」
「ほほうエルフに……?」
店主の視線が細められる。
言葉の意味がすぐわかったようだ。
このグレイフナー王国は大冒険者ユキムラ・セキノの功績により、四百年前から多種族交流が盛んで近年ではほとんど人種差別などはない開けた国だ。どんだけすげえんだ大冒険者ユキムラ・セキノ、というツッコミを入れたい。
その影響か、友好国で獣族が多く住むパンタ国、隣接国である水の国メソッド、自由国境を挟んで莫大な領地を有する砂漠の国サンディも、多種族交流が盛んである。巨大山脈の向こう側にあるセラー神国はばりばりの人族主義ということだが、一種族主義を謳っている国はこのご時世セラー神国ぐらいだ。
多種族交流は複雑怪奇だ。
種族間には“因縁の仲”が存在する。例えば狐人と熊人は仲が悪いとか、エルフと兎族は千年前から親交があるとか、ドワーフはどの種族でも強ければ婚姻を結ぶとか、まあ理由は様々で、過去の戦争や文化によるものらしい。
ちなみにドワーフとエルフの友好関係は良好であるものの、ことに物作りに関しては譲れない「何か」があるらしく、その技術力を敵同士のように見せつけ合って争っている。切磋琢磨していると言えば聞こえはいい。魔道具展覧会で罵声を浴びせ合うのは毎年の恒例行事だそうだ。
当然、今回俺が持ち込んだ魔力結晶がエルフの技術者に渡ることはドワーフにとって面白くないだろう。
値段を釣り上げるためにエルフの名前を出した。
もちろんエルフに知り合いなんていない。
俺ってばちょっぴりワルでおしゃまなおデブさん!
うふ!
……ちょっと自分で言って気分悪くなってきた。
気を取り直して、ドワーフ店主に向かって口を開いた。
「エルフは一億三千万まで出すと言っているわ」
「で、おめえさんはどっちに売ろうってんだ」
剣呑な声でドワーフ店主がずいとこちらを睨んでくる。背は小さいのに身体がでかくみえるのは気のせいじゃないな。これはあまり怒らせない方がよさそうだ。
にしても一億超えの取引かよ。胸が高鳴るな。
でもってイニシアチブは完全に所有者の俺にある。たまらなく楽しいね。
「もちろんこちらで売るつもりよ。ガルガインの紹介もあるし、値段は多少エルフより低くてもいいわ」
「おい頼むぜエリィ」
「わかってるわガルガイン。でも貴重な商品だから私もほいほい売りたくはないのよ。売らずに自分で使ってもいいんだし」
魔力結晶は好きなときに貯めておいた魔力を取り出せる。戦闘の際は有用だ。
「……商会の連中に掛け合ってみよう。一億ロンなんて即金で払えねえからな」
「おっさん何としても買い取れよ。こんなにでけえ魔力結晶、他にねえぞ」
「わあってるボケぇ! 俺に任せとけ!」
「わかったわ。それじゃあ値段が決まり次第、売ることにするからね」
「おう! ありがとよ!」
店主は嬉しそうに手を出してくる。俺も手を出して握った。分厚い手のひらだ。
魔道具の性能がよければ今後贔屓にしたい。
「それで話は戻るけど……」
「ああ『記念撮影具』な」
店主は奥の部屋に引っ込むと、物をひっくり返しつつ、どこいきやがったと叫んで、見つけた木箱を両手で持ってきた。
「こいつだ」
蓋を開けて中を確認する。
見た目は巨大望遠レンズがついたカメラに近い。
カメラの本体部分が地球のカメラの倍ほどはあるので、手に持っての移動撮影は無理だろう。現に箱の中には金属製の三脚があった。据え置きタイプだ。
「持っていっていいぞ。三百万ロンだが二百五十万ロンにまけてやる。金は魔力結晶を売った中からさっ引いておくからな」
先に商品を渡して魔力結晶の売買を確約させるとはなかなか商売が上手い。
おっさんを信用して魔力結晶を手渡した。
「ん? まだ買い取ってないが……?」
「物がなければ売るのも難しいでしょ」
「おめえさん、剛毅だな……おれぁ猫ババするかもしれねえぞ」
「あなたはそんなことしないわよ」
「あたりめえだ! 誰がそんなこと言った!」
「いや自分で言ったんでしょ……。とにかく! 実物を商会とやらにこの特大魔力結晶を見せつけて高く買い取ってもらってちょうだい!」
「やっぱりエリィはすごい…」
アリアナが尊敬の眼差しを向けてくる。
いいぞ、もっと俺を褒めてくれ。俺は褒められて伸びるタイプだ!
もしドワーフ店主が魔力結晶を猫ババしたら“
まあそんな事態にならないと思うけどね。
○
「カメラはゲット。あとは印刷班ね」
「カメラ? 印刷?」
「スルメ、早く“
「へいへいわかってるよ」
「約束はちゃんと守るからね」
「そこまじで忘れんなよ! モテる方法の伝授な!」
グレイフナー通り一番街に巨大広告を出す。
広告作戦を第一計画とすれば、連動して第二計画であったファッション雑誌創刊に着手するべきだろう。
ミラーズ宣伝のために俺が考えていたのは二つ。
第一に巨大広告。
第二にファッション雑誌の創刊。
この世界には雑誌の概念がない。
連続小説のような書籍はあるが、本のほとんどが魔法関連のものに偏っている。それもこれも強さこそすべて、という風潮があるからだろう。この考えに風穴を開けようと思う。
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