第28話 ミサの多忙で刺激的な日常①


 一ヶ月ほど前、エリィという少女がうちの店に現れた。


 忠実そうなメイドを連れて私とジョーで作った洋服にあれこれとケチをつけていた。実際そういった、いちゃもんをつけるお客様はかなり多い。

 声高に自分のセンスをひけらかすような人はほとんど的外れなことを言っているので、別に腹が立ったりはしない。営業スマイルで、そうですかそうですねとうなずいていればいいのだ。


 でもその少女は違った。


 話に具体性があるのだ。

 中でも驚いたのが、いまグレイフナーの流行であるワンピースのフリルをすべてはずし、薄手にしたほうがいいと言ったことだ。私は瞬時にその完成した服を想像し、脳内で自分に着せてみる。


 なるほど、確かにこれはいいかもしれない。シンプルで女性的、女の魅力を引き出してくれそうだ。


 ジョーも、グレイフナーの流行はおかしいんじゃないか、と言っていた。


 流行におかしいとかおかしくないとかはない。みんながオシャレだと思って、みんなで作った価値観の洋服を着ることが流行なのだから、的外れな洋服を作ったら売れない。私はそう思っていた。でもジョーは違うと言う。


 今の王国のデザインは何かを壊さないと前に進めない、そう言っていた。売れる、売れない、ジョーはそういった利益のことは一切考えていなかった。


 ジョーは弟でありながら私より先見性がある。デザインにしても、まだ細かい部分でミスは多いものの、そこら辺のデザイナーよりずっと腕がいい。宮廷画家を目指していただけあってデッサンの基礎がしっかりしており、着ることが無理なデザインの洋服などは一切ない。


 アイデアが現実的なのだ。

 宮廷に勤務していた経験がある私がジョーに、宮廷画家になんてなるものじゃないと諭し、店に誘ったことはある意味大正解だった。


 私はエリィという少女とジョーを引き合わせようと思った。


 いいアイデアが生まれて、経営不振のミラーズが僥倖にめぐりあうかもしれない。私は少女が有名貴族のゴールデン家のお嬢様であると聞いていたので、使いを走らせてお呼びした。


 だがジョーはこともあろうに彼女の見た目をけなし、ビンタされてしまった。彼女の怒りはもっとも。あのとき私のほうがジョーをビンタしてやりたかったぐらいだ。


 それにしてもお嬢様は不思議な子だ。


 一見、気が弱そうなのに、妙に押しが強くて聞き上手。締めるところはしっかり締め、芯が強くて合理的。おまけに膨大な服の知識を持っており、あの日は何度驚かされてしまったことか。


 やり手の商人のような気配りまでできる。ジョーのことだって一度叱りつけると、あとは気にした風でもなく、洋服について熱く語り始めるし……まったく大したお嬢様だ。


 ジョーはすっかりエリィお嬢様に惚れ込んでいた。いつも、エリィならこうする、エリィならこう考える、エリィは、エリィは、と言っている。私がそのことを言うと、顔を赤くして、あんなデブのことなんか気にしてねえよ、と恥ずかしがって反論するので、私のゲンコツがジョーの頭に落ちる。


 かく言う私もエリィお嬢様のデザインに魅了されていた。


 エリィの一つ上のお姉様にあたるエイミーお嬢様専用の服は、群を抜いて素晴らしく、縫製と着色の現実味があって量産できる可能性が高い。

 あの美しいお嬢様がすっきりとした縦縞のワンピースを着ていたらグレイフナーの男共は百人中百人が振り返るだろう。


 お嬢様は私専用の服までデザインしてくれた。


 なんとカーキのロングパンツ。

 ズボンを履いて町中を歩く女性は冒険者だけだ。ズボンでお洒落するなんて前代未聞だ。


 しかもこのスカートはただのスカートではなく、丈は膝下までになっていて、裾が広がっている。エリィお嬢様が「ガウチョパンツ」と名付けていた。どうやったらこんな発想が出てくるのか不思議でしょうがない。


 トップスはボタン付きの白ワイシャツの袖を全部なしにする、という大胆極まりないデザイン。

 エリィお嬢様が「ノースリーブシャツ」と名付けたそれは、二の腕が全部見えてしまうので正直ちょっと恥ずかしい。痩せたら私も着るのよと意気込んでいて可愛らしかった。


 ベルトは細い茶色のベルトを指定してくる。ベルトなんて、と思ったが、エリィお嬢様が怖い顔をして、小物がダサいとすべてが無駄になると断言していた。あの眼力はすごかった。


 足下はやはりサンダル。

 もうすぐ夏だからね、とお嬢様は当然のように言う。

 色は黒。艶出し加工で。


 しかもお嬢様がデザイン指示を出したサンダルは、かかとが五センチも高くなっていて非常に歩きづらそうだ。郊外じゃ無理だけどしっかり舗装されている町中なら大丈夫。

 よかったわねミサ、町に暮らすシティガールしかできない格好よ、と謎の文言を残している。シティガール、とは何かまた新しい用語だろうか。それに加えて、足が長く見えるのよ、と自信ありげに言ったので、私はすぐに靴屋に発注をかけた。足が長く見えるって、女にとって夢のような話だからね。


 極めつけは麦わら帽だ。あってもなくてもいいけど、できれば作って欲しい、と言っていた。麦わら帽子なんて農家の人か、村のおじさんぐらいしかかぶっていない。

 でもやっぱりエリィお嬢様が言うデザインは普通の麦わら帽子と少し違う。通常はツバが広めで頭の部分が球状になっているが、ツバは狭く、頭の部分は平べったい円柱状になっている。「カンカン帽」と名付けていた。相変わらず謎のネーミングセンスだ。このカンカン帽、エイミーお嬢様のワンピーススタイルにも使えるそうだ。


 この三週間は怒濤だった。


 まず布屋に行ってストライプ生地を多めに注文する。

 私が注文票を出すと、知り合いの親方さんが目を白黒させた。


「ミサちゃんこんな薄い生地じゃあ洋服はダメだよ」

「どうしてです?」

「防御力がゼロじゃねえか」

「親方。もう“防御力”の時代は終わります。これからは“おシャレ力”の時代です。こういった防御力ゼロの商品がバンバン売れると思うので生地の量産をお勧めしますわ」

「平気かいこんなに注文して?」


 親方は私の言葉を軽く受け流して、注文票に目を落とした。


「大丈夫です。その代わり流行ったら他の店にはこういう防御力の低い商品は卸さないでくださいね」

「うーんそうだなぁ…」


 親方はよくわからんといった顔で何度も首をひねっている。


「じゃあ賭けましょう。負けたら私が一日親方とデートする、っていうのはどうです?」

「……ほほう。面白いこと言うじゃねえか。ミサちゃんみたいな別嬪さんとデートだなんておっさんには夢物語だ。悪くねえ賭けだな」

「それでしたらこの契約書にサインを」


 親方は私が本気だということがようやくわかったらしい。器の狭い男ならここで突き放すところではあるが、さすがグレイフナーで一番の布専門店。親方はおもしれえ、と言ってミラーズ以外のストライプ、ドット、ボーダー、チェック柄、その他細々した生地の取引をしないと約束してくれた。


 さらに私は織物店、靴屋、皮物屋、帽子屋、鍛冶屋へも足繁く通った。

 各親方から言われた台詞は以下の通りだ。


織物屋「これでは防御力が低くてゴブリンに一撃で破られてしまいます」

靴屋「サンダルを普段着に? 防御力は大丈夫ですか!?」

皮物屋「こんな子どもが付けるような弱っちいベルトに需要があるんかねえ…」

帽子屋「デザイナーは素人ですね。このツバの広さでは日光を遮断できません」

鍛冶屋「HEY! なんだこの紙細工みてえなブレスレットは?! お洒落で腕につけるぅ? こんなもんゴブリンに殴られただけでぶっこわれちめぇYO!」


 やはり防御力重視だ。

 武の王国らしい予想通りの反応に私は営業スマイルを顔に張り付けっぱなしだった。


 ともあれ粘り強く通って生産をオーケーしてもらい、賭けを名目にしてうちとの独占取引を了承してもらった。特に、鍛冶屋のノリについていくのは本当に大変だったなぁ…。


 賭けと称した契約書には、どの親方もこんなものが流行るはずがないと思って気軽にサインしてくれた。相手側のメリットが大きいことも功を奏している。


 服が売れれば商品が大量発注されて利益になる。

 全然人気が出なければ私とデートできる。

 どっちに転んでも利益にしかならない。


 ……正直、私にそんな魅力があるとは思えなかったので堂々と「あなたとデートしてあげますわッ」と言うのは恥ずかしかった。


 実はこれ、すべてエリィお嬢様の知恵だ。


 流行になった商品は他社が必ず追随して、最終的にはコモディティ化してしまう。流行の第一人者はその利権を確保すべきだそうだ。コモディティの内容は説明してもらっても全然わからなかった。


 要約すると新しい魔法の特許みたいに他社に製品を盗られなければいいということだ。もちろん布屋は他にもいくつかあるので独占は不可能だが、最初のノウハウは私が契約した店が持っているので、他社が真似をして開発している期間は完全独占になる。その期間で相当稼げるとお嬢様は言っていた。


 そしてその期間中に完全差別化を図り、ミラーズをブランド化させると力説していた。正直、私には半信半疑だ。服は服屋に行けば売っている物で、どこで買っても同じ、というのが常識だ。そんなことを言う私にお嬢様はわかりやすい解説をしてくれた。


「じゃあ例えばだけど、ミサはこれから卵焼きを作ろうとしています」

「わたし卵嫌いなんですよね……」

「もう! 例えばだから話を合わせて。で、ミサは卵を買いに行きます」

「はい。私は卵を買いに行く」

「行ったお店には二種類の卵があって、一種類は普通の卵。もう一種類は国王御用達と書かれています。値段はほとんど変わりません。さあどっちを買う?」

「もちろん国王御用達の卵です」

「それはどうして?」

「国王様が食べている卵のほうが美味しいに決まっています」


 私は当然だと思って国王御用達を選びました。

 お嬢様はにやりと不敵に笑って、大きくうなずきました。


「ミサ、それがブランド力よ」

「えっ?」

「国王が食べているから美味しいだろう。あの冒険者が使っている剣だから切れ味がいいだろう。有名料理店の暖簾分けした店だから美味しいだろう。そして、ミラーズで買ったから町で一番お洒落な服だろう……。蓋を開けると、実はそこまで大差がない」

「そういうことですか。私には何とも想像ができかねますね…」

「ミラーズの商品にはすべてタグをつけるわ。それから私がデザインした商品には“エリィモデル”と記載してちょうだい。あと、ロゴは考えた?」

「いまジョーが必死に考えています」

「いくつかジョーに案を出してもらってミサが厳選し、最後に私がチェックする、という方向でいいかしらね」

「もちろんですわ」

「ありがとう。グレイフナーの女性達が自分たちの着ている服に疑問を持てば、瞬く間に売れるわよ。そのときにミラーズのロゴ付き商品が爆発的人気になるわ」


 お嬢様は実に楽しそうに計画をお話になっていた。

 そして宣伝方法についても、色々とアイデアがあるそうだ。


 グレイフナーの町並みを眺めながら、あの建物と、あれがいいわね、と自分の言葉にうんうんとうなずいている。きっとまた突拍子のないことを言うのだろう。


 そうこうしている間に時間は過ぎ、お嬢様が何者かに襲われた、という話をゴールデン家から聞いた。私は冷水を頭からかけられたように全身から血の気が引き、未だかつてないほど狼狽した。

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