第27話 落雷とイケメンエリート②


 迫りくる重力波。

 練っていた魔力を切り替えた。


電衝撃インパルス!!!!」


 花火を撃ち出すイメージで雷を展開する。“落雷サンダーボルト”が落下攻撃だとすれば、“電衝撃インパルス”は前方の相手を弾き飛ばす魔法だ。端から見れば俺の体から、前に向かって雷が飛び出すように見えるだろう。


 “電衝撃インパルス”はギャギャギャギャッ、という動物の悲鳴に近い音を立てて“重力波グラビティウエーブ”とぶつかり、当たった瞬間、放射線状に電流をまき散らした。


 凄まじい勢いで“電衝撃インパルス”が“重力波グラビティウエーブ”を飲み込み、筒状のどす黒い物体が霧散する。二つの魔法がぶつかった場所には大きなクレーターができあがった。


 さらに俺は“電衝撃インパルス”を撃つ。


 再度、動物が叫ぶような音を発しながら、電光が真っ正面へ突き進み、ボーンリザードに直撃する。“電衝撃インパルス”はボーンリザードの内部まで貫通し、花火のようにバリバリバリィッ、と電流を弾けさせ、巨体を後方に吹き飛ばした。


 “電衝撃インパルス”が起こした熱により黒こげになったボーンリザードが、ズゥンという音を立てて崩れ落ちた。


「アリアナ! 耳を塞いで!」


 彼女は咄嗟に頭の上にある狐耳を両手で押さえた。


 急激に魔力を練り、“落雷サンダーボルト”が幾重にも重なって、太い柱になるイメージを繰り返す。

 跡形も残さないぐらい破壊しなければまた復活してしまう。



 狙いを定め、腕を振り下ろした。


 食らえクソ骨野郎ッ!



極落雷ライトニングボルトッ!!!!!!!!!!!!!!」



 パチッ……



 パチパチッ……



 ババババババババババババババババリバリバリバリバリィッ!!!!!!!



 顔を背けなければ目が潰れてしまいそうな閃光が草原を包み、先ほどより遙かに太い雷がボーンリザードの体を蹂躙する。


 突如として降り注いだ強大なエネルギーが大草原の地面をえぐり返し、衝撃を吸収しきれなかった大地が粉々になって爆風を巻き起こして、熱風と一緒に土や石を四散させた。

 アリアナが俺たちを守るように、咄嗟に“ウインドブレイク”を唱えてくれたおかげで、若干であるが二次被害は緩和された。


 だが近くにいた俺は相当数の飛んできた石がぶつかって地面になぎ倒され、したたかに体を打ちつけた。

 一瞬の静寂のあと、遠くから色んな音が聞こえた。


 ギャーギャー

 バサバサバサバサ

 ヒーホーヒーホー

 ブシュワーーー


 かなり遠くのほうにいたであろう大型の鳥が何事かとあわてて飛び立ち、不運にも近くで休憩していた臆病者のヒーホー鳥がびっくりしてヒーホーヒーホーと呼吸困難になり、そして封印があった大岩の割れ目から一筋の水が噴き出した。湯気が出ているから温泉だろう。寝そべったまま、その光景を見ていた。


 温泉出すぎッ!


「エリィ……」


 魔力切れ寸前のアリアナがふらふらとこちらに近づいて、へたり込んだ。


「大丈夫?」


 健気にもこの狐人の少女は俺を気遣ってくれているようだ。

 重い体を頑張って起こし、アリアナに向かってうなずいた。


「さすがに。死んだわよね?」

「最初から死んでる…」

「骨だけだったからね」

「うん……もう動いてないから大丈夫だと思う」


 目を凝らしても骨の残骸すら見当たらない。


 魔力切れ寸前と打撲でぼろぼろの体をなんとか動かし、気絶している亜麻クソの鞄をむしり取って、魔力ポーションの入っている小瓶をすべて拝借した。さすがに“電衝撃インパルス”と“極落雷ライトニングボルト”を最大出力で使っただけあって、魔力がほとんど残っていない。


 五本あったので、俺が三本、アリアナが二本飲んだ。

 オロナ○ンCみたいな味で、疲れた体に染み渡る。うまい。


 しばらくすると、魔力がほんの少し戻ってきた。


 まずアリアナに“治癒ヒール”を二回かけ、続けて自分に“癒発光キュアライト”をかける。完全に傷を治すのではなく、痛みが引いて普通に動ける程度の魔力をかけた。使いすぎると他のメンバーを治癒できなくなってしまう。


 アリアナは治癒魔法が使えないため申し訳なさそうにしているが、闇魔法適正者は光の習得が難しいのだ、適材適所でそんなに気にすることはないと思う。それを伝えると、目を輝かして、うなずいていた。


 俺たちはテントを張り、倒れているメンバーを移動させ、治癒魔法を施した。


 もちろんスカーレットはその辺に転がしておいた。

 アリアナは冷たい目線を向けぼそっと「足手まとい…」と言う。


 大けがをしたスルメは、“癒発光キュアライト”をかけると呼吸が安定した。かなり血を流しているようなので安静にするべきだろう。魔力切れを起こして気絶したハゲ先生、ガルガインにも、もちろん“治癒ヒール”をかけておいた。どこを怪我しているかわからないからな。


 魔力切れを起こすと、個人差はあるものの三時間から四時間ほどで目を覚ます。アリアナが言うには「黒」の下級魔法に魔力を譲渡するものがあるらしい。使えたら便利、でも使えない、と言って彼女はがっくり肩を落としていた。すぐできるようになるわ、とまた彼女をなぐさめなければならなかった。


 大草原はようやく静けさに包まれた。


「エリィ、救援を呼ぼう…」


 アリアナは合宿の冊子にある最終ページをこちらに見せてきた。


『緊急の場合、または引率担当者が行動不能な場合、担当者の持っている発情犬煙玉ラブリードッグを使用して救援を要請すること。ただし、生命の危険がある場合に限る。それ以外で使用した場合は即刻退学処分とす。見極めて使うべし。本当に必要だと思ったときのみ使用するように。絶対に、興味本位で使ってはいけない。いいな、必要じゃないなら絶対に使うなよ』


 なんか最後命令口調になってるな……。


発情犬煙玉ラブリードッグ?」

「これ…」


 野球ボールぐらいの煙玉だ。

 アリアナは躊躇せず発情犬煙玉ラブリードッグを地面に転がして火魔法の初歩“ファイア”で燃やした。ピンク色の煙が真っ直ぐ立ちのぼる。


「アリアナ……」

「エリィ……」

「臭いわね」

「鼻が曲がる…」


 くさやと硫黄を大量に混ぜて煮詰めたような、とてつもない香りが周囲に充満する。

 俺たちはたまらず鼻をつまんで距離を取った。


 そして救援を呼べたことにほっとし、ようやく肩の力が下りた。


「念のため確認しておきましょうよ」


 ボーンリザードの残骸を指さした。

 まさかとは思うが、倒したかどうか確認したい。


「うん…」


 俺とアリアナはボーンリザードいたところまで歩いて、残骸を確認した。

 “極落雷ライトニングボルト”の威力は凄まじく、落雷した中心点から半径十メートルほどがごっそりえぐられていた。そこだけぽっかりと草がなくなって地面がむき出しになっている。深さも相当あった。


 骨の残骸らしきものはまったく見つからない。


「あれ、何かしら?」


 大穴の中心点で、赤い石が光っていた。


「わからない…」


 アリアナが首をかしげる。俺は“極落雷ライトニングボルト”でできた大穴の降りやすそうなところを探して中心点に向かった。


 赤い石が地面の上できらめいている。

 拳サイズの丸みを帯びた石だ。よく見ると石の中で、小さい火花のような物が散っている。


「これ……魔力結晶」

「なにそれ?」

「魔力を貯めたり、出したりできる…」

「ふうん…」

「この大きさだとたぶん一億ロンぐらいする…」

「一億ッ!?」

「うん…」

「もらっときましょ」


 ささっとポケットの中に一億円……じゃなくて魔力結晶を入れた。

 こんな石ころが一億円とかまじでやべえな。地球でいうところの宝石と同じ扱いだな。

 あとで換金してアリアナにも半分あげよう。


 鼻がひん曲がりそうな臭いを発している発情犬煙玉ラブリードッグの煙がこっちにこないように“ウインド”で風を送りながらみんなが寝ているテントに戻り、煙が消えそうにない発情犬煙玉ラブリードッグを風下へ、アリアナが蹴った。


 発情犬煙玉ラブリードッグがスカーレットの真横でぴたっと止まり、猛烈に煙を浴びてあいつがうなされる。ナイスシュート、と親指を立ててアリアナを褒めた。


 ようやく落ち着いて俺たちは腰を下ろした。

 まだ魔物が来る可能性はある。

 用心のため、眠らないで救援を待つ。


 時刻は昼過ぎといったところだろう。俺とアリアナは鞄から鍋を出し、簡単なシチューを作ってぼんやりと空を見上げた。


 ――大草原が風に揺れ、草の擦れる優しげな音だけが聞こえる。


「エリィ…」

「なに?」

「さっきは……助けてくれてありがとう」

「いいのよそんなこと」

「あと……庇ってくれてありがとう」

「だからいいのよ。わたしってデブだから盾にはちょうどいいでしょ?」

「自虐ネタは……ダメ」


 そう言ってアリアナはくすっと笑った。

 表情のない大きな目がすぼまり、ほんのちょっぴり口角が上がっただけなのに、何とも言えないほっこりとした気分になった。


 やだ何コレ。超可愛い。


「あのねエリィ…。私たち狐人は命の恩人に一生尽くすの…」

「へえ、面白い風習ね」


 民族による文化の違いってやつか。


「だから私はエリィに一生尽くす…」

「えっ!?」


 俺に?! 確かに命は助けたけど一生っていうのはちょっと重くないか?


「だから私の主になってエリィ…」

「主って……ファンタジーじゃないんだから! それにほら、ハルシューゲ先生だってガルガインだってスルメだって、みんな頑張ったじゃない。私だけがアリアナの命の恩人じゃないわ」

「ううん、そんなことない。あなたがいなかったら全滅していた…」

「た、たしかにそれはそうだけど……」

「それにあなたの落雷魔法、すごかった。伝説の魔導士とずっと一緒にいれるなら私は本望…」

「落雷魔法できちゃったのはまぐれなのよ。たまたま呪文を唱えたらできたの。ほら、だって私、白魔法も空魔法も使えないでしょ!?」


 何とか弁解、というか撤回してもらおう。

 さすがに一生は彼女に申し訳ないし、主とか無理だ。


「まぐれで落雷魔法は使えない。それに白も空も憶えずにできたのなら、それはまさしく天才。益々いっしょにいたい…」

「ちなみに、狐人の一生尽くすっていうのは具体的にどういうことをするの?」

「雨の日も風の日もいつも一緒。寝るときもご飯を食べるときも一緒」


 めずらしくアリアナが強い口調で言った。


「いやーさすがにそれはちょっと……困っちゃうかなぁ」

「……ダメ……なの……?」


 瞳に涙を溜めはじめるアリアナ。


 俺はあわてた。

 今日一番あわてた。


「ダメじゃない! 全然ダメじゃない! ダメじゃないんだけどほら! ああっ、泣かないでちょうだい! じゃあこうしましょ! 友達になりましょ!」

「……………ぐすん…………………ともだち?」

「ええ、そう!」


 我ながら名案だ!


「友達になりましょう! 私、一年生からスカーレットにいじめられてて友達が一人もいないのよ」


 いじめ、という言葉にアリアナはピクッと耳を動かした。


「エリィ……今ならバレない。あそこで眠っている足手まとい……殺る?」


 スチャッ、とアリアナは杖を構えた。


「お願いだから物騒なこと言わないでちょうだい!」

「わかった…」


 素直に杖を下ろし、ほっとする。


「じゃあエリィ。私たち友達ね…」

「ええ、友達よ!」


 俺とアリアナはしっかりと握手をした。ぷよぷよの手と、かりかりの手がしっかりと組み合わさる。なんだかデコボコな二人だな、と俺はつい嬉しくなって笑った。


 エリィ見てるか!

 友達ができたぞーーーっ!

 これからは学校で一緒に勉強したり、放課後に町へ繰り出して買い食いしたりできるぞーっ!


「よろしくね、私の主様」

「………へ?」


 そう言って恥ずかしそうに笑うアリアナに、俺は何も言えなかった。


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