第29話 ミサの多忙で刺激的な日常②
ミラーズはお嬢様のアイデアがなければ経営不振でこのまま潰れてしまう。庶民向けなのか貴族向けなのか中途半端な位置づけのミラーズを、彼女のアイデアなくして復活させることは私にはできない。
ジョーの慌て方がすごかった。
止めなければゴールデン家にすっ飛んでいっただろう。
幸い、お嬢様の命に別状はなかった。その代わり、しばらく自己防衛の特訓をすると言って、店には顔を出さなくなってしまった。ジョーは心配し、エリィお嬢様が来ないことでちょっと寂しそうだったので、私はあなたもレベルアップしろと仕事を投げてやった。
エイミーお嬢様専用の洋服試着会はエリィお嬢様が落ち着いてからという話になって延期された。その間もやることは山積みだった。新しい服の値段の決定や、類似品の作成、仕入れルート、試作品の見直し。しばらく仕事に追われていると私専用の服が完成した。
試着したあと、感動のあまり涙が出てきた。
これが私なのだろうか。
鏡に映っているのは清楚な中にも知的な雰囲気を持ち、女の色気を醸し出している私だった。真っ白なノースリーブシャツから惜しげもなく二の腕が伸び、カーキのガウチョパンツと特注したかかとの高いサンダルが大人っぽさを演出し、カンカン帽からは夏っぽさが出て涼しげな印象を与える。
鍛冶屋の親方に散々言われた極細の金色のブレスレットがなんとも言えないアクセントになっていた。
私のボブカットと非常にマッチしている。
髪型も計算のうちだろう。あと……足が長く見える。何コレッ。すごい。これはすごい!
特訓が終わって学校の合宿に行くので今日来て欲しい、とお嬢様から連絡があり、私は嬉々としてジョーと一緒にエイミーお嬢様の新しい服を持って馬車に乗り込んだ。ジョーは自分の考えた服を見てもらおうと、ラフ画を大量に鞄に詰めている。もちろん私はお嬢様がデザインしてくれた服を身に纏っている。
まず面白かったのが、私の格好を見た護衛のマッチョな人だ。
ぽかんと口を開けて、しげしげと上から下まで私を見て、顔を赤くしていた。ふふ、そうでしょうそうでしょう、可愛いでしょうこの服は。
次にエリィお嬢様専属メイドのクラリスさんは、私の服を見て、お嬢様はやはり天才だ、と涙腺から大量の水分を放出させた。
そしてエリィお嬢様がエントランスから駆け降りてきた。
私の姿を見るなり満面の笑みになった。
「ミサ! とても似合っているわ! あなたの魅力が百二十パーセント発揮されているわ! 最高ね!」
「お嬢様」
私は思わずひざまづいてしまった。
「わたくしこの服に感激し、言葉もございません……このような素晴らしい、いえ、革命的なデザインに感服致しました」
「やめてミサ、顔を上げてちょうだい」
「エリィ、俺もだよ」
「ジョーまで膝をつかないで。もう、調子が狂うじゃないの」
雑談もほどほどに、いよいよエイミーお嬢様の試着が始まった。
私は人生で一番胸が高鳴った。エイミーお嬢様がお部屋から出てくるまでの時間が、何時間にも感じたほどだ。
ゴールデン家のサロンに通され、家族全員、使用人の方々まで勢揃いしている。
一家の大黒柱でエリィお嬢様のお父様、ハワード・ゴールデン様は人の良さそうな垂れ目でダンディな方だ。
炎の上位魔法使いとして名高い奥様のアメリア様は凛としてお美しい。
長女のエドウィーナお嬢様は色気たっぷりの美人さん、次女のエリザベスお嬢様は奥様に似てキリッとしておりまた違った美しさがある。
美男美女で有名なゴールデン家は、息が詰まるほど華やかだ。エリィお嬢様はこんな方々に囲まれ、よく卑屈にならず成長したものだ。やはりただ者ではない。
エイミーお嬢様が恥ずかしそうにサロンに現れると、全員から感嘆ともため息とも取れる声が上がった。
「どう、かな?」
もう何と言っていいのかわからないほどにカワイイ!
きゃー、はにかむのをやめてッ!
これは反則よ! 反則ッ!
スレンダーな体の線がわかるように薄手のストライプワンピースがエイミーの可憐さを強調し、白い足に纏われた皮紐サンダルが足下をすっきりと見せている。肩にかけた薄黄色のカーディガンが大きな胸をやんわりと隠して、さらさらの金髪と相まってエイミー様のお嬢様度をこれでもかと上げていた。
「姉様、スーパー可愛いですわ!」
エリィお嬢様があまりの感動でよくわからない言葉を言っている。
「これは……素晴らしいデザインだ」
旦那様はいたく感動していた。
そして奥様と長女のエドウィーナお嬢様が、どこにいけば売っているの、とすごい食いつきを見せる。若いメイド達も、耳をそばだて興味津々だ。次女のエリザベスお嬢様だけは首をかしげていたが、新しい斬新なデザインだ。全員が全員、いいとは思わないだろう。
「ミサ、カンカン帽を貸してちょうだい」
エリィお嬢様がおもむろに私のかぶっている帽子を取って、エイミーお嬢様にかぶせる。
これまた何とも言えない爽やかさがサロンに吹き抜けた。エイミーお嬢様がくるっとまわって、どうでしょう、と裾をつまむと、女の私ですらつい口元がにやけてしまった。人間は真に可愛い物を見ると口元がゆるんでしまうものだ。
「ジョー、頼んでいたピンクのカーディガンを」
「オーケー」
ジョーからカーディガンを受け取ると、エリィお嬢様は肩に掛けていたカーディガンを取って、エイミー様にピンクのカーディガンを着せた。
「これもいいわね」
くっ、なんてこと!
凶悪なまでにカワイイわッ!!
ピンクのカーディガンを着ただけで年相応の十七歳に見え、アーモンド形の垂れ目とぴったり合う。
S級美女モンスターの誕生よ……。
奥様とエドウィーナお嬢様、若いメイド達がエイミーを囲んできゃいきゃいと黄色い声を上げる。男性陣はただただにやけ面でエイミーお嬢様を見つめて頬を染めていた。
「これをエリィが……?」
旦那様がエリィお嬢様に尋ねた。
「素晴らしいでしょうお父様」
「ああ、本当に素晴らしいな。我が娘なのが惜しいほどだ」
「ふふ、そのお気持ちはよくわかります」
「それにしても……エリィはいつの間にか立派になっていたんだな。一人で服を注文してデザインまでお願いしているとは思わなかったよ」
旦那様は優しくお嬢様の頭をなでています。
「今までエリィには貴族の自覚を持って欲しく厳しく接してきたが、これからは一人前のレディとして対応しないといけないな」
そう言った旦那様は爽やかに白い歯を見せて、にこやかに笑っていた。
エリィお嬢様は嬉しそうに、よろしくお願いします、とお辞儀をしている。
「エリィちゃん」
今度は奥様が来て、お嬢様を抱きしめた。
普段は厳格であろう奥様が相好を崩している。
「あなたは天才ね……。特訓でスクウェアになって、自分趣味も頑張って、私は鼻が高いです。よくやりましたねエリィ」
「ありがとうお母様」
「ところで……私の服もデザインしてくれないかしら?」
奥様がひそひそとお願いすると、エイミーお嬢様が割り込んできた。
「ずるいわお母様! 次の次にしてくださいね!」
「あらエイミー。次は私ですよ」
エドウィーナお嬢様がその輪に加わって、楽しげなエリィお嬢様争奪戦が始まった。その華やかな光景はまるで物語の一ページを見ているみたいだ。そんな話を女性陣がしている中、ジョーがお嬢様に自分で開発した新デザインを広げて見せている。
旦那様が、娘はやらねえよ小僧、という怖い目を向けていたが、二人はそんなことそっちのけでラフ画とにらめっこをしていた。こうなると中々終わらないことを知っている。
舞台上の役者になった気分で、私は思った。
これからグレイフナー王国にオシャレ旋風が巻き起こるであろうと。
その中心にいることが誇りに思え、まだ見ぬ明るい未来を想像させた。
寝たきりの父と家を守ってくれている母、肉屋をやめて服屋をやると説得したときの家族の顔、ミラーズを立ち上げてからの苦労と葛藤の連続、利益が上がらない辛酸と焦燥、デザインに対する理想と現実、全部がないまぜになって涙がこぼれ、ゴールデン家の華やかなサロンを見ながら両手を胸に当てた。
「ミサ、どうしたの?」
エリィお嬢様が心配そうな顔で私を気に掛けてくれる。
どんなに忙しくても人の機微に鋭く気づき、優しく接するお嬢様が私は好きだ。
精一杯笑顔を作って「何でもありませんわ」と泣き笑いの顔で答える。
すべてを理解したのか、お嬢様は不敵に笑って、「大変なのはこれからよ」と言った。
お嬢様が男であったら間違いなく惚れているだろうな、と思いながら、最近ジョーに教えてもらったビシッと親指を立てるポーズをお嬢様に送った。そう、大変なのはこれからなのだ。まだまだやることはたくさんある。私とジョーとエリィお嬢様の洋服物語はこれからはじまるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます