第26話 落雷とイケメンエリート①


「エリィ…」


 アリアナが限界なのか苦悶の表情で立て膝をついた。

 頬のこけた顔がよりやつれて見える。


混乱粉コンフュージョン”を受けたリトルリザードは、全員その場で暴れ出し、なぜかボーンリザードへ突撃した。狂ったような雄叫びを上げている。


 おそらく神経中枢に作用する魔法だろう。大量に散布しないと効果がないが、魔力消費が大きい分、複数を同時に混乱させられるみたいだ。

 序盤で使用していたら、リトルリザード二十数匹がめちゃくちゃに暴れ回る、という地獄絵図になっていたな。使いどころが難しい魔法だ。


 ガルガイン渾身のたんそくホームランを食らったボーンリザードは仰向けになって、じたばた骨だけの体を起こそうともがいていた。骨だけの生物が引っくり返ってゴキブリのように動いているのは気色が悪い。


 ガルガイン、おめえすげえよ。まじで。


 ぎゃあぎゃあと喚いていたリトルリザードのうちの一匹が、アリアナに突進してきた。


「アリアナ!」


 彼女は疲労で動けないのか、きつく目を閉じる。

 もうバレたってかまわねえ!


落雷サンダーボルト!!」


 草原の大地に一筋の閃光が走り、バリバリバリッという音を立てて墜落する。

 直撃したリトルリザードは電流と高熱で焼かれ、木っ端みじんになった。


 やべえええええ。

 威力がやべえッ!!


「エリィ…?」


 アリアナがおそるおそる目を開け、何が起きたのかわからないと首をかしげた。


 さらに魔力を練る。


落雷サンダーボルト!!!」


 十五メートル先にいるボーンリザードを狙うと、“落雷サンダーボルト”が強烈な光を放って落下した。


 ボーンリザードの右腕に命中し、ビシャアアアンという音と共に白骨がはじけ飛んだ。ついでに突撃していたリトルリザードが巻き込まれて二匹黒こげになった。


「もう一発ッ!!」


 ババババリィッ!

 という凄まじい耳を塞ぎたくなる音を鳴らし、かなりの魔力を込めた“落雷サンダーボルト”がボーンリザードの腹部に直撃して、白い骨がポップコーンみたいに弾けて草原にまき散らされた。ついでに近くにいたリトルリザードがすべて黒こげになった。


 うおおおおっしゃあ!

 すげえ。俺すげえ!

 あと“落雷サンダーボルト”すげえ!

 さすが上位複合魔法。威力が半端じゃねえな。


「サ、サンダァボルト?!?!」


 ポーカーフェイスのアリアナですら“落雷サンダーボルト”を見て驚愕し、狐の耳がピンと立った。開いた口がふさがらないようだ。


「伝説の複合魔法……!」

「秘密にしておいてね」

「エリィ……すごい」

「そうでしょ」

「ということは白魔法と空魔法も…?」

「ま、まあね…。それより立てる?」


 アリアナは驚いた顔のまま首を横に振った。

 彼女に手を貸して細い体を引っ張り、そのまま“治癒ヒール”をかけようとした。


「エリィうしろ!」


 振り返ったときには遅かった。

 一匹だけ残っていたのかリトルリザードがガルガインの作った土壁の上から飛び降り、鱗に覆われた太い右腕を振り下ろした。“治癒ヒール”をかけようとしていたので他の属性の魔法に魔力を変換できない。


 咄嗟に俺はアリアナをかばって地面に転がる。

 なんとか直撃はかわしたが、強力な振り下ろしによって地面がえぐられ、石が飛び散った。重さでつぶさないよう気をつけアリアナに覆い被さって盾になる。


 続けざまリトルリザードが頭を引っ込め、体当たりしてきた。

 気絶しているハルシューゲ先生をリトルリザードが踏みつけそうになって一瞬ひやっとする。


 すぐさま発動スピード重視の“エアハンマー”で殴りつけた。

 目と鼻の先を突風がかすめ、リトルリザードにぶち当たって吹っ飛ばした。


落雷サンダーボルト!」


 追撃ッ。

 空気を切り裂く閃光がトカゲの魔物をただの消し炭に変えた。

 あぶねえええっ。


 抱きかかえていたアリアナを覗き込んだ。


「大丈夫?」

「あ……あの……」


 なぜかアリアナが顔を赤くして熱っぽい目でこっちを見てくる。

 いやいや、わたくしおデブなレディなんでそういうのはちょっと…。


「あのね…」

「?」

「ありがとう…」


 はにかんだ彼女は、すんげえ可愛かった。

 このまま持って帰りたい。家に飾っておきたい。これでもっと肉付きがよければ完全にハートを打ち抜かれていたところだ。いかんッ。俺ってばおデブでおしゃまな女の子なのに!


 アリアナの狐耳ごと頭を撫でた。

 手が耳を往復するたびに、ぴこん、と狐耳が立つのがたまらない。これは癖になるな。


「くすぐったい…」

「気持ちよくってつい」

「別にいいけど…」

 

 そろそろ他のメンバーを看ないとな。

 っと、その前に救援が先か。ハルシューゲ先生、ガルガイン、おすまし女、が魔力切れ。スルメと亜麻クソが怪我。合宿の続行は不可能だ。


「アリアナ、合宿の冊子持ってる?」

「ん…」


 意図を察してくれたのか、ポケットから手帳サイズの冊子を出して開いた。

 緊急の際の対処法を探してぱらぱらめくっていく。しかしアリアナの手は止まり、前方へと向けられていた。


「うそ……」

「えっ?」


 振り返ると、ボーンリザードの白骨が独りでに動き出してビデオの逆再生みたいに傷一つない状態に戻った。不気味に顎をカタカタ鳴らし、己の体を確かめるようにこちらへゆっくりと近づいてくる。空洞の瞳には闇が渦巻いていた。


「キシュワーーーーーーーーッ!!!!!」


 怒り狂ったかのような雄叫び。


「くっ……“落雷サンダーボルト”!!」


 バガァン!

 炸裂音と雷光がきらめいてボーンリザードの後ろ足を粉砕する。

 だが細切れになった白い骨は意志があるかのように、本体へと飛び、再生する。


落雷サンダーボルト! 落雷サンダーボルト!」


 足がダメなら頭はどうだ!


 バリバリリリィッ、と雷が空気を切り裂いて、両手を開いても抱えきれないぐらい大きいボーンリザードの頭部に、二本の“落雷サンダーボルト”が突き刺さる。


 頭部は四散するものの、パズルのピースが勝手に合わさっていくように再生し、割れた傷跡もきれいになくなった。


「アリアナ! どうなってるのあれ?!」

「不死身…聖なる光で浄化するしかない」

「聖なる光? それって白魔法?」

「光魔法でも……アレは魔力が強すぎる…」

「てことはやっぱり白魔法が必要ってことよね」

「そうなる…」

「私できないわよ!?」

「え? どうして?」

「ああ、それはあとで説明するから何か考えて!」

「わかった…」


 ボーンリザードを近づけないために、足を狙って“落雷サンダーボルト”をぶっ放した。


 昼の大草原に雷光が走る。

 右の前足を砕かれたボーンリザードの行進が一時的に止まった。近くまで来られたら万事休すだ。地面に倒れている誰かが襲われてしまう。


 アリアナは逡巡すると口を開いた。


「骨も残さないほどに破壊する…」

「骨だけに、ね」

「そう…」


 よし、わかりやすくて大変結構。

 問題が発生したらシンプルな思考に戻る。ビジネスマンと同じだ。


「アリアナ、これから一番強力なのを撃つわ」

「えっ……アレよりすごい魔法がまだ…?」

「まあね」


 不敵に笑って、息を吸い込み魔力を練る。


 まず足止めをして、それから特訓で作ったオリジナル魔法“極落雷ライトニングボルト”をぶっ放す。


 本来、ボーンリザードは白魔法の浄化系魔法を複数名で行使し、はじめて浄化できるのではないだろうか。そうでなければこんな草原の入り口付近に中途半端に封印されているはずがない。

 白魔法師は数が圧倒的に少ないだろうし、負傷者を瞬く間に完治させる治癒魔法を重宝していない国はないので、人員の関係でこのボーンリザードは「浄化」ではなく「封印」という選択になったに違いない。


 そんなことを考えていたら、ボーンリザードがでかい口を開けてこちらに照準を合わせ、動きを止めた。動けないことにお怒りのご様子だ。


 なんか、すげえ魔力練ってねえ?

 

 これ俗に言う必殺技みたいんじゃねえの。

 いや絶対にそう。


 黒い波動がぐんぐんお口の回りにお集まりあそばしていますが!

 これ! ちょっと! やばくね!?


 アリアナが隣で呆然としている。


「“重力波グラビティウエーブ”……」

「ちょっとアリアナ! あなた闇適正でしょ?! 相殺して!」


 彼女の肩をつかんで揺さぶった。

 同等クラスの魔法がぶつかると、魔力が飛んで相殺される。


「無理…」

「なんでッ!」

「あれは黒魔法の上級…」


 上位の上級魔法!?!?

 急いで魔力を練る。


 ボーンリザードは口を閉じると、おもむろに口を開いた。

 漆黒の波動が放出され、筒状の巨大な黒い物体がこちらに迫ってくる。


 速さは大したことないが、“重力波グラビティウエーブ”が通過した地面が草ごとえぐり取られている。あれを食らったら全員おだぶつだぞ!


 素早く“重力波グラビティウエーブ”の動線上に移動した。


「エリィ……!」

「大丈夫ッ」


 アリアナの悲痛な叫びが聞こえる。

 女の子を守れなくてなにが男だ!

 あ、俺デブの少女だっけ。


 んなことはどうだっていいんだ。集中、集中!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る