第25話 戦闘とイケメンエリート②


「“ライトニング”……まだできないんでしょう?」


 スカーレットはぐっと言葉を飲み込み、屈辱で顔を歪めている。


 下位基礎魔法・「光」

 下級・「ライト」

 中級・「ライトアロー」

 上級・「ライトニング」


 スカーレットの様子からして中級までしか使用できないんだろ。散々偉そうにエリィをいじめていたくせに、適正の上級が使えないって?

 笑わせるんじゃねえよ。


「な……な……なにを言って………」

「できるの…? できないの…? どっち!!?」


 できるなら早くやれ!

 やってみせろ!


「シャアアアアッ!」


 ガルガインが作った“サンドウォール”を飛び越えてリトルリザードが亜麻クソを攻撃してきた。亜麻クソはあわてて“鮫背シャークテイル”の詠唱をするが、敵はそれを察知して素早くサイドステップし、ベロを伸ばした。


「うわあああっ!!!!」


 長く伸びたベロが亜麻クソの足首に絡みつき、彼を宙づりに持ち上げ、そのまま放り投げた。


「しまっ……!」

 

 ハルシューゲ先生が“ライトニング”詠唱したまま顔面を蒼白にさせる。

 今ここで先生が助けに行けば、光の防御がなくなってしまう。


 素早く体内の魔力を風のイメージで循環させ、最小の“エアハンマー”を空中に飛んだ亜麻クソに放った。

 風の拳が、亜麻クソの身体を飛んでいく方向とは逆に殴り、安全地帯である光の中へ押し戻す。


「ウインド!」


 アリアナがすかさず風を上方へ起こし、クッションにして亜麻クソを回収した。


「ウインドソード!」


 居合抜きをイメージした風の刃を、土壁を飛び越えたリトルリザードにぶつける。

 頭を割られたリトルリザードがのたうち回って動かなくなった。


「やるじゃねえか!」

「すごい…」

「へっ…」


 ガルガイン、アリアナ、スルメが感嘆の声を上げる。

 うまくいってよかった。失敗してたら亜麻クソはボーンリザードの餌食だった。エイミーとクラリス、バリーと特訓したおかげだ。


「ドビュッシー君はマヒ毒だ!」


 先生が大量の汗を流しながら叫んだ。

 亜麻クソは白目を向いて痙攣している。


「スカーレット君! 早く交替を!」

「せ、先生……わたくし……」

「はやくっ!!」

「“ライトニング”はできません! わたくしまだ使えませんのッ!!」


 ちっちぇプライドを折られたスカーレットは自慢の縦ロールを振り乱して泣き叫んだ。


「では治療を!」

「ちりょう…?」

「中級の“治癒ヒール”は使えるね!?」

「……はい」

「では急いで!」


 ハルシューゲ先生を中心に、前方でアリアナ、ガルガイン、スルメがリトルリザードの集団と戦い、俺とスカーレットは後方、亜麻クソは左側にいる。


 這いつくばって亜麻クソの元へ行こうとスカーレットはしたが、土壁を乗り越えた新手のリトルリザードが彼女の目の前に着地した。


「いやあぁぁぁ!! こないでえぇ!」


 スカーレットは絶叫してめちゃくちゃに杖を振り回し、“ウインドブレイク” “ウインドブレイク” “ウインドブレイク” “ウインドブレイク” “ウインドブレイク” “ウインドブレイク” “ウインドブレイク” “ウインドブレイク”と連呼する。


「――――――ッ!!」


 あのバカ女!

 亜麻クソを巻き込みかねない!


 ぶん殴って止めようと立ち上がったら、スカーレットは魔力切れであっさり意識を手放した。

 ついでに“ウインドブレイク”を連発で食らったリトルリザードも事切れた。



 アホかッ!!



「エリィ君……もう…ッ!」

「ライトニング!!」


 棒きれを上げると、“ライトニング”が浮かび上がった。先生と重なった光で一瞬ではあるがボーンリザードが怯む。

 先生は限界寸前だったようで、ぶはぁっ、と息を吐くとすぐに詠唱をやめ、膝をついた。


「ぐわあッ!」


 魔力切れ寸前のくせにバスターソードだけで頑張っていたスルメが、リトルリザードの腕の振り下ろし攻撃で吹き飛んだ。彼のつけていた胸当てが、爪の形くっきりに切り裂かれ、中から血が噴き出した。


 “ライトニング”を維持しつつ、スルメの傷を見る。

 内臓にまでは達していないだろう。光の上級魔法“癒発光キュアライト”で治る傷だ。


 先生が肩で息をし、顔面が真っ青のまま“癒発光キュアライト”をスルメの胸にかけた。柔らかい光がスルメの上半身を包み込んでいく。血が、みるみるうちに止まり、顔色が元通りになる。

 さらに先生が力を振り絞って亜麻クソのところまで歩き“癒発光キュアライト”を使うと奴の痙攣が治まった。すげえ手際の良さ、魔力循環だ。


「エリィ君……すまない……もう交替は……」

「ハゲ先生ッ!!!!」


 ハルシューゲ先生が、ついに魔力切れでぶっ倒れた。

 額に“ライトニング”の光が反射し、絶望感が一気に募る。


 やべえやべえやべえ!

 どうする!


 前方のリトルリザードは残り五匹。

 そこらじゅうに二メートルのとかげの死体が転がっている。

 頼りの先生は倒れ、スルメは打ち所が悪かったのか起き上がらない。

 亜麻クソとスカーレットも倒れたまま。



 ボーンリザード……。



 まだ諦めないのか、ボーンリザードが白骨の身体の光の壁にぶち当てる。全長約十メートル、横幅二メートルの巨体の体当たりだ。ミシッという衝撃が上げている右手に伝わる。


 奴の全長は十数メートル。

 亜麻クソがやったように下位の上級魔法では歯が立たない。

 かといって、白魔法や空魔法のような上位魔法は使えない。


 普通に戦ったら絶対に勝てないだろ。おそらく数十人の優秀な魔法使いでチームを組んで、ようやく倒せる相手じゃないだろうか。



 これは……アレをぶっ放すしかねえ!



「アリアナ! ガルガイン!」

「おう!」

「なに…」


 二人とも魔力切れ寸前、身体にはあちこちすり傷がある。

 それでも生きることを諦めず、呼びかけに答えてくれる。


「一瞬でいいからボーンリザードを後退させて! とっておきをぶちかますわッ!」


 リトルリザードが学習したのか、個々に飛び掛かるのではなく、残り五匹で二人を取り囲んでいた。

 睨みを利かせながら二人が答える。


「よしッ!」

「やるッ…」

「アリアナ、ちいせえほうを頼む」

「わかった…」


 反撃の気配を察知したのか、リトルリザードが五匹一斉に飛び掛かった。

 アリアナは華奢な体でバックステップし、杖を大きく振った。


混乱粉コンフュージョン


 アリアナの杖から大量の鱗粉が発生し、リトルリザードを覆い尽くす。

 飛び退いたガルガインが「うおおおおおお」と叫びながらアイアンハンマーを 両手で持って遠心力を利用し駒のようにぐるぐる回り始めた。


「サンドウォールッ!!!!」


 土の塊がアイアンハンマーの先に吸い付き、どんどん大きくなる。そしてさらに回転が速くなっていく。ガルガインよりも大きくなったアイアンハンマーは強烈な回転音を生み出す。


「うおっしゃあああ!!!」


 光の範囲限界の場所で最高速度に乗った土塊付きアイアンハンマーは顎を閉じたボーンリザードの右頬に直撃した。


 ――バガァァン!


 強烈な破壊音と共に、ボーンリザードが後方へすっ飛んでいく。


「これでいいかよ……」


 ガルガインが魔力切れで倒れた。


「エリィ……」


 アリアナの使う魔法は相当に魔力を消費するようだ。


「やるしかないッ!!!」


 俺はできる。俺ならやれる。

 ビジネス界の怪物と渡り合った俺だ。

 異世界だって関係ねえ!


 光の壁になっている“ライトニング”を解いて、杖に見せかけた邪魔な棒きれを投げ捨てた。

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