第23話 魔物とイケメンエリート②
これ以上は眼球がつぶれそうになるので直視するのはやめよう。スルメとたんそくが忌々しいという顔つきで今にも殴りかかろうとしている。いいんだぞ、思い切り殴ってやれ。“
「エリィ、わたし頭が痛い…」
「あのおバカ達のせいね?」
「うん…」
「よしよし」
ぴこぴこ動いているアリアナの狐耳を触ってから頭に手を乗せ、やさしく“
「なんかすっきりした…」
「また言ってね」
「ありがとう…」
「おう、俺も頼むわ、おデブなお嬢――サボハァッ!」
強烈なビンタをスルメにかました。
スルメは二回転ほど錐揉みして地面に倒れる。
レディをデブ呼ばわりとは最低な男だ。
「それで目標の魔物ってどんな奴かしら?」
「リトルリザードだな」
そういえばまだちゃんと話したことのないドワーフのたんそくが、残念そうな眼差しでスルメを見てこちらにやってきた。
「あなたは私のことをブスとかデブとか言わないのね」
「なんだあ? そんなこと言うわけねえだろうが」
「中型の魔物…」
「強いのかしら」
「ランクはEだ。大したことねえな」
たんそくは肩に担いだアイアンハンマーを担ぎ直した。
「群れで行動することが多い。ベロに触れるとマヒで動けなくなるから、ベロ攻撃に注意だ」
「それは厄介ね」
マヒ毒や状態効果、いわゆるバッドステータスってやつを解除する魔法は上位の木魔法だ。光や白魔法でもある程度の緩和する魔法は存在するが、瞬時に効果は出ない。上位の木魔法が使えるメンバーはこの中にいないから、マヒ毒を全員が食らうとまずい事になる。ちなみに三年生で上位魔法を使える奴はこの学校にいない。
「大丈夫だ。なんかあったら俺が守ってやるよ」
たんそくはぶっきらぼうにそう言った。
「たんそ……ガルガイン。ちょっと見直したわ」
「おめえ今たんそくって言おうとしなかったか!?」
「――レディがそんなこと言うわけないでしょ」
「おめえ……まあいいか」
たんそくには男気があったので、心の中でしっかりと名前で呼ぶことにした。
ちなみに俺はあだ名を付けるマジシャン、と会社で言われていた。犬のようによく舌を出す安藤という上司はポメラニアンドウ、略して「ポメアン」。ななめを向いたまま話す受付嬢は「クリステル」。絶対に書類不備を出さない後輩は「仕事人」。廊下の真ん中をわざと歩いて、右手を何度も振ってどけどけ言うむかつく人事のおっさんは「しゃぶしゃぶ」。
懐かしき日本を思い出しつつ前方への警戒はリーダーの亜麻クソに任せ、俺とガルガイン、アリアナで話をしながら歩いて行く。
ガルガインはグレイフナー王国南部の出身で、家族で一番魔法才能があったので入学試験を受けたそうだ。親類一族はもれなく全員鍛冶屋で、冒険者同盟が近くにあるため結構裕福な生活をしており、こうしてガルガイン一人を入学させることができているらしい。学校を卒業したら冒険者になって未開の地へ挑戦するのが夢、とツバを吐きながら言う。
一方のアリアナは特待生で入学した優秀な生徒だった。過去のことはあまり話したがらない。強くなって魔闘会で勝ちたい、と言っていた。どうも過去にいろいろあったみたいだな。これ以上聞くのは無粋だからやめておこう。
ちなみにスルメはデブだブスだと俺に突っかかってくるので、その度にビンタをお見舞いしている。いや、ビンタしたせいで突っかかってくるもんだから、無限ループになっていた。
ビンタする、このデブ、ビンタする、なにしやがるブス、ビンタする、いい加減にしろよデブス、ビンタする、こ…このおデブ女、ビンタする、あの……ちょっと体力が、ビンタする、“
後半、勝手に手が動いていた気がしたけど気にしない。
そうこうしているうちに目的地に到着した。大草原の真ん中に、ぽつんとある大岩は遠くから見てもよく目立った。人間が三十人ぐらいは乗れる大きさで、高さは三メートルほどある。学校から配られている実習の手引きには、この大岩の上に目的地へたどり着いた証があるそうだ。証ってどんなんだろ。
亜麻クソが格好をつけて“ウインド”を使いながら岩を登る。
途中、ずり落ちそうになって、俺とガルガインとスルメは「ぷーッ」っと笑いを噛み殺した。
「諸君! 証があったぞ」
亜麻クソは声を張り上げた。
「何があるんだよ!」
スルメが大岩にいる亜麻クソを見上げながら叫ぶ。
「短剣のようなものが突き刺さっている!」
「わかった! さっさと抜いてくれ!」
「抜けないんだ! 何か魔法がかかっているらしい」
その言葉で全員、大岩をよじ登る。いやデブには辛いよ。三メートルのロッククライミングはね、ひじょうに辛い。体重九十キロ近いからね。
先に上がったスカーレットが“ウインド”で邪魔してきやがるから余計に時間がかかった。どんだけ性格が悪いんだあいつ。
大岩の中央には亜麻クソの言うとおり短剣が突き刺さっていた。無骨なデザインの柄が地面から見え、どのくらい深く刺さっているのかはわからない。亜麻クソが短剣、と言ったのは持ち手が短剣っぽいデザインだったからだろう。
「俺がやる」
ガルガインがアイアンハンマーを放り投げ、ペッ、と両手をツバで濡らしてしっかりと短剣を掴むと、一気に引き抜こうとした。だが短剣はぴくりとも動かない。ガルガインの顔と腕がどんどん真っ赤に染まっていく。
「うおおおおおお……」
そんな気合いのかけ声もむなしく短剣は大岩に刺さったままだ。ついに力尽きてガルガインは尻餅をついた。
「はぁはぁ…かてえ…」
短剣をよく観察してみる。
持ち手には皮布が包帯のように適当に巻かれているだけで、なんの変哲もない。ひょっとしたらと思って、巻かれている皮布をほどいていった。皮布の裏には、びっしりと文字が書かれ、うっすらと光を放っていた。すべてほどいて、全員に見えるように、地面に広げた。
「魔道具の一種かしら」
スカーレットが偉そうに腕を組んで言った。
「さすがは美の女神スカーレット! 間違いない!」
「たぶん封印の魔法が付与されている…」
「封印?」
「うん…」
アリアナが痩せこけた顔で不吉なことを言う。。
「さすがグレイフナー魔法学校ね! きっとこれも課題のひとつなのよ!」
「素晴らしい推理だよ美の化身スカーレット!」
「待ちたまえ。今回の実習ではそのような課題はない」
ずっと黙っていたハゲ神ことハルシューゲ先生が鋭い眼光で周囲を見回した。
「おい、こんなんが落ちてたぞ」
ガルガインが木でできた学園のレリーフを持ってきた。
「それが目的地到達の証だ!」
ハルシューゲ先生が思わず叫ぶ。
「ということは…」
「あの短剣って…」
俺とアリアナが、皮布に書かれた封印の文字を見て、顔を見合わせた。
「うおおおおおお! 抜けたぜッッ!!!!」
振り向いたときには遅かった。
スルメがドヤ顔で突き刺さった短剣を引き抜いて、意気揚々と振り回している。
すげえ嫌な予感がする……。
「ん、どうした? 俺の凄さにみんな声もでねえか?」
スルメは事態を把握していないのかアホ面で俺たちの顔を覗き込む。
ゴゴゴゴゴ、という地響きがし、大岩が揺れ始めた。俺たちは全員膝をついて、揺れがおさまるのを待つ。
さらに大きく揺れたかと思うと、短剣が刺さっていた部分に亀裂が走り、大岩が真っ二つに割れた。俺たちは地面に放り出された。
「うおっ!」
「きゃあ!」
「イテッ」
地面に倒れた俺は、すぐさま飛び起きた。
前を見ると信じられない光景がそこにはあった。
割れた大岩から、禍々しい雰囲気をまとった骨だけの動物が這い出してくる。落ちくぼんだ頭蓋骨の眼球部分には黒い光のようなものが渦巻き、確実にこちらを見据えていた。恐竜? 博物館で見た恐竜じゃねえか! 五メートルぐらいはあるぞ!
やばくねえ? これやばくねえか?
「あ、あ、あなた何てことしてくれたんですのッ?!」
スカーレットがスルメに向かって指を差した。
多分、あの短剣には『何か』が封印されていたんだ。
「え? あ? なんだ、こいつ……」
「これは……」
スルメとハルシューゲ先生が絶句する。
「ボーンリザード…」
アリアナが杖を握りしめてそう呟いた。
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