第22話 魔物とイケメンエリート①


 グレイフナー王国北部に位置する「ヤランガ大草原」は奥地に行くほど湿地帯へと変化し、死を覚悟してさらに進むと沼地になる。沼地は未知の生物や魔物、底なし沼が点在し、入り込んだ者を容赦なく食らい尽くす、前人未踏の秘境であった。


 王国では「ヤランガ大草原」の五分の一までを王国領土と定め、その先を進入禁止区域とし、進む場合には冒険者協会を通して許可を必要とさせた。あまりにも危険なので、おいそれと国民に近寄らせないようにしているのだ。


 そんな規則を作らなくても誰も近寄らないほど「ヤランガ大草原」は危険だ。進入禁止区域を越えると凶悪な魔物が激増し、生半可な冒険者ではすぐ自然の掟の餌食になってしまう。さらにはC級クラス亜竜ワイバーンの魔窟があるとされていた。大草原は奥へ進むほど弱肉強食の世界が広がり、人間などはちっぽけな存在に成り下がる。


 それでも冒険者達は沼地の最終地点がどうなっているのか知りたがっていた。冒険魂が俺たちを冒険に駆り立てるッ、というむさ苦しいセリフを残して帰って来なかったパーティーがここ百年で九組。


 命からがら戻ってきたパーティーが三組。

 その十二組の中で沼地に到達できたのはわずか二組。


 逃げてきたパーティーが沼地入り口で、前の冒険者パーティーの遺品を見つけたのだ。他のパーティーも沼地までたどり着いたのかもしれないが、確かめる術はなかった。


 今回の実習では「ヤランガ大草原」の入り口から「進入禁止区域」へ二十分の一まで進んだところで実習を行っている。大草原の入り口から近いので、強力な魔物はほとんど現れない。グレイフナー魔法学校三年生の通過儀礼であり、この実習で実力を示すと実力者として認められる。いい勤め先に入れるし、王国へのコネもできる。


 スルメの暑苦しいしゃくれ顔を見ながら、暑苦しい解説を聞いていた。


 周囲には朝日が満ち、草原に生命の彩りを加えていた。


「だから俺はこの実習で失敗したくねえんだよ。わかったかエリィ・ゴールデン」

「エリィでいいわよ、スルメ」

「だから誰がスルメだよ誰がッ!!」

「あなたよ」

「変なあだ名つけるんじゃねえよ!」

「いいじゃない。憶えやすいし」

「あ、そうか憶えやすいか」

「そうよ」


 草が服に当たる柔らかい音が響く。

 歩き続けてこの、サワサワサワ、という音にも慣れた。


 前方を歩く、ハゲ神、アリアナ、たんそく、亜麻クソ、スカーレットがちらりとこちらを見る。スルメのでかい声に呆れているようだった。


「ってやっぱりスルメかよ!」

「おそっ! 気づくのが遅いわよスルメ」

「だから誰がスルメだよ誰がッ!!」

「あなたよ」

「変なあだ名つけるんじゃねえよ!」

「いいじゃない。憶えやすいし」

「あ、そうか……ってその手は食わねえよッ!」

「ちょっと、あまり大きい声を出さないでちょうだい」

「誰のせいだよ誰のッ!!」

「あなたよ」

「あ、そうか。俺のせいか」


 スルメはやはり原付バイク並に扱いやすい男だった。


 ただ、戦闘に関してはなかなかに優秀だ。ほぼ詠唱なしでファイヤーボールを連射でき、狙いが正確、両手剣のバスターソードの使い方も様になっていた。ウルフキャットぐらいならこいつ一人で全滅させられるだろう。


 先頭を歩いていた狐人のアリアナが、頬のこけた顔を右へ向け、立ち止まった。


「くる…」


 それだけ言って、杖を抜いた。


「敵は何匹いる?」

「三……四匹。中型…」

「では僕に任せてもらおう」


 亜麻クソが気障ったらしく、おもむろに杖を腰から抜き放ち、天高くかかげ、魔物のいるであろう方向へ構えた。


 もし効果音を付けるなら、シュバ、ピュキュイイン、ババッ、ズビシィ! といった具合だろう。非常にうざい。まとわりつくうざさだ。間違えて手に木工ボンドつけちゃった時ぐらいうざったい。


「ペッ。てめえ、また手柄を独り占めしようってんだな」

「今度はこのワンズ・ワイルドがやろうではないか」


 ドワーフのガルガイン、通称たんそくが息巻いている。

 スルメの名字は「ワイルド」だ。ぴったり過ぎて笑える。


「でこぼこコンビの君たちには荷が重い。後ろで隠れていたまえ」

「ペッ。ご託はいい。キザ野郎」

「誰がでこぼこコンビだ誰がッ!!」


 そうこうしているうちに魔物が俺たちに突進してくる。


 グリーンバッファローというイノシシぐらいの緑色をした魔物が四匹、結構な勢いで突撃してきた。大型バイクが突っ込んでくるような迫力がある。俺はいつでもよけられるように身構えた。デブでも横に転がるぐらいはできる。デブでもなッ。


「ウォーターウォール!」


 亜麻クソが杖を掲げると、グリーンバッファローの手前で強力な水の壁が地面から現れる。グリーンバッファローはかまわず突っ込んできて、下から吹き上げる水の圧力でウォーターウォールに弾き飛ばされてひっくり返った。


 撃ち漏らした一匹がたんそくとスルメに突進する。


 まずスルメは得意の火魔法“ファイヤーボール”をグリーンバッファローの顔面にぶち当て、怯んだ隙に距離をつめる。

 先に飛び出していたドワーフのたんそくがアイアンハンマーをグリーンバッファローのがら空きになった横っ腹へ豪快にフルスイングした。


 ブモ、という吐息を漏らしてグリーンバッファローは五メートルぐらい吹き飛び、血を吐いて動かなくなった。


 スルメは獲物を獲られたことが気に入らないのか舌打ちして“ファイヤーボール”を亜麻クソの“ウォーターウォール”で地面に倒れているグリーンバッファローへ放った。先ほどより大きなバスケットボール大の火の玉が飛んでいき、着弾すると、一匹が丸焦げになった。


「集え水の精霊よ。穿て青き刃よ。鮫背シャークテイル!」


 亜麻クソの振った杖の先から飛び出した、鮫の背に似ている水の刃が、地面を走って寝転がっているグリーンバッファローへ向かっていく。草原の地中を鮫が泳いでいるようだ。


 “鮫背シャークテイル”はグリーンバッファローを真っ二つにし、水泡になって地面に吸い込まれた。


「さすがでございますわドビュッシー様ッ!」


 感激ですぅ、といった表情でおすましバカのスカーレットが亜麻クソに駆け寄る。だから働けよお前は。って俺もか。


「僕にかかればどうってことはないさ」


 髪を、ふわさぁ、とかき上げる亜麻クソは、そりゃもうバンバンに冷や汗をかいていた。

 ビビったのか魔力を使いすぎたのかはわからないがやせ我慢もいいところだ。大丈夫か?


 ちなみに魔物はいろいろな素材になるらしい。薬、食べ物、武器、防具、その他諸々。

使えそうな素材で邪魔にならない物だけ集め、俺たちは集まった。


「さあ進もうか諸君!」

「あっち…」


 アリアナは頭についている狐の耳を動かし、地図を見ながら指を差す。亜麻クソの魔法に大した感動はないらしい。結構すごいと思うけどな。


 あれはおそらく魔力の込め方からして上級の水魔法じゃないだろうか。


 つーか亜麻クソは惜しげもなく魔力ポーションを飲んでいる。あれ確か一瓶で十万ロンだよな。日本円で十万円だ。たっけえ。俺もクラリスから貰って一回飲んだけど、ちょびっと魔力が戻ったかな、というレベルの回復量だ。


 アリアナの音頭で、班は探索を再開した。


「あとどれくらいなの?」


 アリアナに聞いてみた。


「三時間…」

「まだそんなにあるのね」

「遅い…」


 うつろな表情で不満げにアリアナは亜麻クソを見ている。


「他の班はもう目的地に着いていそうよね」

「だと思う…」

「もうリーダーはアリアナでいいんじゃない?」

「めんどい…」

「確かにあなた似合わないわね、リーダー」


 ちょっとおかしくなって微笑んだ。


「わかってるなら言わない…」

「ごめんね。私思ったことは言うタイプなのよ」

「嘘。言葉を選んでる…」

「あら、バレちゃった?」

「あなたは人の気持ちを考えて話してる…」

「そうかしら」


 営業で人の話を聞く技術は一級品まで磨かれてるからな。


「そう…」

「それよりもう少し効率よくできないのかしらね」

「みんな自分勝手…」


 戦闘はこれで六回目であったが、男三人が好き放題やってアリアナが睡眠霧スリープで後始末をする、という構図ができあがっていた。昨日、ウルフキャットに夜襲を受けたせいで碌に寝ていないし、本来なら魔力と体力を使わないように戦うべきだろう。リーダーがまとめるべきなんだが……


「ハハハ、スカーレット! 先ほどの魔法のやり方だって!? 水の愛を感じるんだよ!」

「愛なのですねドビュッシー様ッ」

「水の精霊を感じることから始めればいいのさ。我がアシル家では寝室、居間、食堂、すべてに水の精霊の石像が置いてあってね、彼女らの力をいつでも身近に感じられるようにしてあるのだよ」

「素晴らしいお考えですね!」

「ああスカーレット。この素晴らしさが理解できる君こそが水の女神だよ。なんと美しい黄金の髪だろう!!」

「おやめになってドビュッシー様。恥ずかしいですわ。ぽ」


 何が「ぽ」だよッ!

 思わず鋭いツッコミを入れるところだったわ! まじで!!

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