第21話 合宿とイケメンエリート
なぜこうなってしまったのか。
クジ運の悪さに嫌気が刺していた。
班員は6名。
ランダムに選出される。
まずスーパーイケメンエリート小橋川ことエリィ・ゴールデンの俺。
闇のクラスから、狐人の女の子、アリアナ。
がりがりに痩せていて、すんげー暗い。近くに行くと空気がどよーんとする。顔は目鼻立ちがはっきりしていて可愛らしい、のだが、いかんせん痩せすぎで可愛く見えない。狐の耳が頭から出ていて、たまにぴくぴく動いている。
火のクラスから、人族のむさい男、ワンズ。
顎がしゃくれていて、眉毛が濃い。暑苦しい顔だ。日本で言う中東系の顔立ちで、見れば見るほど味が出てくる顔をしているので、俺は「スルメ」というあだ名をつけた。腰には両手剣のバスターソードを帯刀している。魔法と併用して使うのだろう。
水のクラスから、人族のイケメン風、ドビュッシー。
とりあえずカッコつけすぎでうざい。髪の毛が亜麻色で名前がアレだったので「亜麻色の髪のクソ野郎」とあだ名をつけた。
土のクラスから、ドワーフ族の男、ガルガイン。
ことあるごとに地面にツバを吐くから、「たんそく」とあだ名をつけた。痰を吐く、と短足をかけている。身長は百五十センチないぐらいだ。腕がやたら太い。
そして光のクラスから、人族のおすまし女、スカーレット。
言わずもがな、あのスカーレットだ。イケメン風のドビュッシーにちやほやされてご機嫌の様子だ。光のクラスメイトが同じ班になることは滅多にないらしいが、その滅多が運悪く起こってしまった。
引率はハゲ……もとい、ハルシューゲ先生だ。
唯一の救いだ。ハゲ神とお呼びしたい。
「野営地点はまだなんですの?」
「もう少しだよ、麗しきレディスカーレット。僕に着いてくれば何の問題もないさ」
亜麻色の髪のクソ野郎は髪をかきあげて、気障ったらしく一礼する。そんなことしてる暇があるならちゃきちゃき歩けや。リーダーをやるとしゃしゃり出てきたので今のところ黙ってはいる。他のメンバーも、まあとりあえずやらせてみるか、といった具合だ。
「黙って歩けねえのか?」
ドワーフのたんそくが言う。
右肩に担いだアイアンハンマーを軽々と左肩に移動させた。
「あなたツバを吐くのはマナー違反ですわよ。わたくしにかかったらどうしてくれますの?」
「ああん?」
「紳士としての振る舞いができないのですね」
スカーレットが汚い物を見るような視線を送った。
「なんだよ、変な髪型」
たんそくはしかめっ面でスカーレットの髪型を見た。
縦巻きロールがおかしいらしい。
「な、なんですって!?」
「やめたまえガルガイン君。レディを罵倒するなんて紳士のすることじゃないよ」
亜麻色の髪のクソ野郎……もうめんどくさいから亜麻クソでいいや。亜麻クソが右手を広げて、気障ったらしく杖を構えてポーズを取った。
「なんだあ? やるってのか?」
たんそくが重そうなアイアンハンマーを両手に持って構えた。
「ちょっとスルメ。あなた止めなさいよ」
「誰がスルメだ! 誰がッ!!」
「あなたに決まってるでしょ」
「変なあだ名つけるんじゃねえよ!」
濃い顔のしゃくれたスルメが怒鳴った。
「男なら男らしく止めてきなさいよ」
「おうよ!」
どうやら男らしさに美学を感じているらしい。扱いが原付バイク並に簡単だ。
道中が暇なので、スルメをからかって暇つぶしをしている。
「おめえら喧嘩はやめろ!」
「なんだあ? おめえもやるってのかぁ?」
「何ッ!? 売られた喧嘩、このワンズ、買わない男ではないぞ!」
スルメも杖を抜いて構えはじめた。
止めに入って二秒で喧嘩に参加してるじゃねえか!
「皆さん、わたくしの為に争うのはやめて…」
スカーレットがおろおろする演技をして、口元に両手を当てて上目遣いで男達を見ている。
おめえの為に争ってねえよ?!
思わずツッコミそうになるのを我慢するのが大変だ。
止めるのも面倒くさいので傍観していると、狐人のアリアナが「うるさい」とぼそっと呟いて杖を振った。
黒い霧が三人の顔を覆っていく。
全員、身もだえて、地面に転がった。
「闇」の上級魔法“
「アリアナ、悪いわね」
ぼそっと礼を言っておいた。
彼女は小さく首を横に振った。大したことじゃないと言っているようだ。班の中で、この小さい狐人が一番頼りになりそうだ、と思っている。
「なんてことを!」
スカーレットが亜麻クソに駆け寄って
スルメとたんそくのことは無視だ。
たんそくとスルメには、俺が仕方なく
「ここはどこだ」
「なぜ俺は寝転がっているんだ?」
とまあこんなやりとりがこれで三回目だ。
みんな目的を遂行しようっていう気持ちはあるのかと疑問でしょうがない。ビジネスマンだったらこんなもんすぐにクビだぞ。
ハゲ神……もといハルシューゲ先生はこの一連の流れを見てため息を漏らした。さっきから、はぁはぁとため息ばかり漏らしている。あんまりため息をすると毛が抜け落ちますと進言した方がいいだろうか。
○
やっとのことで野営地点に到着した。
通常の二倍は時間がかかってしまっている。
食事は碌に作れず、簡易的なスープとパンをかじってすぐさまテントに入った。やけに疲れている。スカーレットは俺と同じテントが嫌だといって亜麻クソにテントを張らせ、一人で寝ている。男三人は同じテントに入っているようだ。
俺はアリアナと二人だ。
彼女は起きているようだったが何も話さない。死んだ魚のような目をして本を読んでいた。本が読みやすいように光魔法の初歩「ライト」をかけてあげたので、こちらに多少は感謝しているようだった。何かしゃべれよ、と思いつつ、間が持たないので外に出る。
外に出ると、たき火にハルシューゲ先生が両手を広げてあたっていた。
額がたき火の明るさでテカっている。
季節は夏でも、大草原の夜は冷えるな。
「エリィ君か」
「まだおやすみにならないんですか?」
「そろそろ魔物が出てもおかしくない。見張りだよ」
「では私たちも見張りをしたほうがいいですね」
「リーダーのドビュッシー君がその指示を出すべきなんだよ。私は引率兼採点者にすぎないからね」
この合宿は点数制になっている。
○各班に与えられた場所への到達時間。(十点)
○指定した魔物を狩ること。(十点)
○くじ引きで決まったメンバーとの連携。(十点)
○個人の評価(二十点)
最高点は五十点だ。
「愚痴を言っていいかねエリィ君」
「ええ先生」
たき火の近くに腰を下ろした。
空を見上げると地球の三倍ぐらいある三日月が怪しく輝き、草の香りが風に乗って鼻をくすぐる。右を向いても左を向いても見渡す限り草しかない大草原だった。小さいたき火を囲んでいると、無人島に取り残されたような、そんな気分になる。
「こんなにひどい班を引率したのは初めてだよ」
「そうでしょうね」
ハルシューゲ先生が可哀想になってうなずいた。
確かにこれはひどい。
「はあ……君がリーダーをやったほうが遙かにいいだろう」
「そういう訳にもいきませんよ。みんなプライドが高そうですから」
「前々から思っていたけど君は本当に大人だねえ。最近明るくなったし、勉強も頑張っているようだし、素晴らしい」
「ありがとうございます先生」
「それに……少し失礼かもしれないが言わせてもらおう。随分痩せたようだ。以前より綺麗になったね」
「まだまだですよ」
「頑張っているようで何よりだ。頑張っている生徒が先生は好きなんだよ。この班のメンバーも頑張ってはいるんだがね……いかんせん我が強いというか何というか…」
うんうんとうなずいた。
「エリィ…」
テントから狐耳をぴこぴこさせてアリアナが出てきた。
「ライト…」
ライトが切れたので魔法をかけてほしいようだ。適正が闇だと光魔法の習得は難しいらしい。基礎魔法六芒星の逆にある魔法は誰でも苦戦するようだ。光なら闇、水なら火、土なら風、といった具合だ。
「アリアナ、ちょっとお話ししましょう」
ダメもとで誘ってみた。
同じ班の仲間なのだから交流は大事だ。それに、このアリアナが一番冷静で魔法も上手いと踏んでいる。
意外にも彼女は素直に横へ腰を掛けた。
「風が気持ちいいわね」
「そうね…」
「あなたどこに住んでるの?」
「町のはずれ…」
「へえ。通学に時間がかかるでしょ」
「一時間…」
「遠いわね」
「別に…」
「兄弟はいる? うちは四姉妹よ」
「七人兄弟…」
「長女なんでしょ。面倒を見るのが大変そうね」
「別に…」
これは全力でホテルに行くのを拒否する女子と同じパターン!
くっ、間が持たねえ。
いや、恥ずかしがっている可能性だってある!
攻めるんだ、俺ッ。
「それにしてもあなたスリムね。私の肉を分けてあげたいわよ!」
さあ吉とでるか凶とでるか。体型の話題は女子にとっては禁句。
だが渾身の自虐ネタだ。こい、食いついてこい!
「いらない…」
ダメーーーっ!
「そういえばアリアナ君はグランティーノ家だったね。お父様はお元気かい?」
ハゲ神、ここでナイスアシスト。
ここから話題が膨らんでいくはずだ。いいぞ先生!
「父は死にました…」
あかーーーーーーん!
「おお……それは大変申し訳ない」
「別に…」
先生、頭をぺちぺち叩いて困った顔をしている。それはダメだ。困ったときこそ困っていない振りをしないと。堂々としていないといい営業にはなれないぞ先生!
大草原は風を受け、ビロードのように揺らめいている。
たき火の中で木が爆ぜて、パチンという音が鳴った。
「エリィ…ライト…」
「え、ええそうだったわ。ライトね」
助かった、と思った自分が残念だった。
俺の会話術もまだまだだな。
アリアナはテントに戻ろうとして、立ち止まった。耳が右に左に向き、前方で止まると、ぴくぴく痙攣するように震えた。
「くる…」
彼女は腰にさしていた杖を抜いた。
「むっ」
ハルシューゲ先生も杖を抜き、大地に片手を置いて、土の上級魔法・
「魔物だな。おそらくウルフキャットだろう。数は……十、いや十一か」
「そんなに?」
「エリィ君、すぐに班のメンバーを起こしてきなさい」
男性陣のテントに走り、水魔法の初歩「ウォーター」を三人の顔にぶっかけた。
ちなみに俺の持っている杖は、ただの棒きれだ。
無杖だと驚かれるので、クラリスと話し合って適当な棒きれを持つようにしている。
「起きて! 魔物よ!」
いきなり水をかけられて怒ろうとするものの、すぐ事態に気づいて三人とも武器をひっつかみ、テントを飛び出した。
スカーレットはどうせ亜麻クソが起こすだろうと思って声は掛けていない。
全員がハルシューゲ先生のもとに集合する。
「すぐそこまでウルフキャットがきている」
「はん! たかがウルフキャット、僕一人で充分ですよ」
「さすがはドビュッシー様。万が一、お怪我をしたらわたくしが治して差し上げますわ」
「おお麗しのスカーレット! 君が後ろにいるだけでどんなに心強いか」
「喜劇はその辺にしろよ。くるぜ」
たんそくがいいことを言った。
ウルフキャットは十メートル前まで来ているのだ。
見た目は猫が少し大きくなった程度で、あまり怖くはない。
ただ、牙から流れるよだれは、こいつらが魔物であることを物語っている。己の欲望のまま、本能のままに動く存在。魔力が集まり化け物になった動物、らしい。見るのは初めてだった。
十一匹のウルフキャットは俺たちの回りを旋回する。
「ライトニング!」
すぐさま光の上級魔法を唱えた。
光の玉が上空に浮かび、広範囲を明るくする。これで夜目が利く魔物のアドバンテージはなくなった。
「やるじゃねえかエリィ・ゴールデン!」
しゃくれ顔のスルメが一気に飛び出し、“ファイヤーボール”を唱える。
よけきれなかった一匹に当たり、黒こげになる。
続けて杖をしまいバスターソードを抜いて斬りつけた。素早いウルフキャットは空中に跳び上がって、剣撃をかわした。
後方では亜麻クソが髪をかき上げながら、“ウォーターウォール”でウルフキャットを二匹まとめて弾きとばしている。
たんそくはバッティングセンターの要領で、飛び掛かってきたウルフキャットを、アイアンハンマーでぶっ叩いていた。魔法はどうした魔法は!?
スカーレットは怖がる振りをして亜麻クソの後ろに隠れている。
働けッ!!
連携もクソもあったもんじゃねえな。
個々がそれなりに強いから成り立ってるって感じだ。
アリアナは男三人が撃ち漏らした敵に向かって、正確な“
俺は何かあったときいつでも対応できるように様子をうかがっていた。
五分もかからずにウルフキャットは全滅した。
俺は他の魔物に見つからないよう“ライトニング”を消す。
周囲が夜の景色に戻った。
「移動したほうがいい…」
アリアナが珍しく意見を言った。
「血の臭いで他の魔物が来るからな」
ドワーフのたんそくがツバを吐きつつうなずく。
「ではテントを回収し、奥へ進もう!」
「どっかのおデブさんは何にもしなかったわね」
亜麻クソが張り切って仕切り出し、スカーレットがすれ違いざまにそんなことを言う。
いやいやお前もだろうが。
ハルシューゲ先生はやれやれといった表情でため息をついてテントを片付け始めた。
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