第12話 服飾とイケメンエリート②
俺の営業スタイルはシンプルで『聞くのが上手い』それに集約している。
『聞くのが上手い』この技術でトップ営業にのし上がった。
どんな業界の営業でも基本はこの三つ。
挨拶する
聞く
提案する
営業はこの三つが長い会話の中で常に入り交じって完成するものだ。同僚に話しても、もっと魔法のような売れる言葉を教えてくれ、と言われるが、はっきり言ってそんなものはない。話を聞いて、何が欲しいのか聞き出し、相手に見合った自社の商品やサービスを提案していく。話に具体性があるとさらに理解してもらいやすい。
九割方の営業マンは聞くのが上手くない。下手ではないんだが、相手との距離感だったり、会話のテンポを考えていない。考えなさすぎる、といってもいい。何が欲しいのか分からないうちに商品の提案をしたって、響かないのは当然だろう。一方的に押しつけられるようで、まったく納得できない。
あとは質問攻めになるパターンもよく見る。論外だ。
今回は単純に多く相づちして、大きなリアクションを取り、話しやすいように自分の悲しい話を間に挟んであげた。話しすぎないように短めに伝えるのがコツだ。こっちの話を聞きたがったら少し話せばいい。俺がいじめで肩身が狭い、でも頑張ってるよ、という話題で随分警戒心を解いてくれたようだ。主導権はこちらにあるので至極簡単だな。
親身になって話を聞いてくれる人に、誰でも自分のことを話したくなるものだ。
俺は嘘をつかないようにしている。嘘くさい相づちや合いの手もしない。常に真剣に、誠実に相手の話を聞こうとしている。できていなくても、やろうとする。これを心に決めて実行しはじめてからめきめき営業成績が伸びて、給料が気づいたら三倍ぐらいになっていた。それに加えて商品知識や業界の流れ、業界で起きた昔の出来事、話題にことかかないよう勉強をしていた。
何だか遠い過去に感じる。
……あのプレゼン、どうなったかな。
「経営挽回のアイデアが、先日のお嬢様の言葉に隠されているのではないかと思ったのです!」
語り尽くしたのか、クラリスに続いて店主ミサまで泣き出した。現状が相当きついんだろう。
藁にもすがる思いだな。
「最初の話に戻るけど、ミサさんはどうしてこの店をはじめたの?」
「え? ですからこの店がなくならないように…」
「違うわよ。夢だったんでしょ、服屋を開業することが」
「あっ…」
ミサは顔を上げて、驚いたような顔をした。
「それは忘れちゃいけないんじゃない?」
俺は彼女が何を欲しいのか『聞き出す』ことに成功した。欲しい物が分かれば、こちらの持っているカードを上手く見せていくだけだ。
彼女は目を伏せて黙り込み、やがてくすくすと笑い出した。
「私、そんなことも忘れちゃってたみたいですね」
「いいじゃない。いま思い出したんだから」
「そうですね!」
「エリィが立派になってる……わたし感動した…」
「お嬢様! 素晴らしきお考えでございます!」
「おどうだば! おどうだば!」
いつの間にか部屋に来ていたバリーが号泣している。
入ってきたの全然気づかなかったよおっさん!
「それでさっきの話なんだけど、オーダーメイドで私の服と、エイミー姉様の服を作ってくれないかしら。仕上がりを見れば、良いかか悪いか、流行るかそうでないか、分かるでしょう」
「はい! ありがとうございます!」
よしよしうまくいったぞ。これを最初からオーダーメイドで新作を作ってくれ、と言っても作成はしてくれなかっただろう。デザイナーは個人で独特のこだわりがあるし、素人のデザインなんかを受け付けてくれるとは思えない。
最後のダメ押しといこう。
「この店が流行の発信地になったら……すごいと思わない?」
俺は目を輝かせて身を乗り出した。
店主ミサは電撃に打たれたようにハッとした表情になり、やる気に満ちあふれた目をこちらに向けた。
「それは、すごいですね…。そんなこと考えたこともなかった。いえ、昔はもっと考えていたのよ! そうだったじゃない。色んな服を作りたいって考えていた!」
まあミサに才能があるかは賭けだな。
それから俺たちは作業場へ行き、細かいデザインの指示を出した。できるできないは関係なく、とにかくアイデアを出していく。あとの采配はミサに任せればいい。正直、デザインの細かい所まではわからない。だが日本のファッション雑誌を読み漁り、最先端の服を着る人間に囲まれてきたのだ、自分のセンスには絶対の自信がある。このダサい国をまともにするのは急務だ。見ていてげんなりする。まあ見た目がデブの少女にどこまでできるかはわからないが、面白いし、やりたい放題やってやろう。
ミニスカートがばんばん見れるようにするぞ!
ホットパンツがどんどん流行るようにするぞ!
えいえいおーッ!
「エリィ、えいえいおーってどういう意味?」
いかん口に出てた。興奮しすぎた。
「よしやるぞ、っていう意味」
「えいえいおー?」
「違います姉様。えいっ、えいっ、おーッ!」
俺は拳を空中に突き出した。
エイミーも真似して拳を上げる。
「エリィは面白いね」
にこにこしている伝説級美女のエイミーにもいい服を着せたい。今の服じゃ彼女の良さを一割も引き出していない。俺の横ですごいすごいと連呼している優しい美女を、お洒落ガールにしてやろう。ふふふ…。
俺の指示に従って紙にラフ画を描いていくジョーは、目を白黒させていた。
この世界で見たことのないデザインを見て、狐につままれたような気分なのだろう。
「あんた……何者?」
「こらジョー!」
「あいたっ」
「あんたじゃないでしょうエリィお嬢様でしょう」
「ぐっ……エリィ、お嬢様…」
「エリィでいいわよ。ジョー」
先ほどの失態は気にしてないと前面に出して俺は笑った。
相当ビンタが利いているのか、やけに従順だ。
「エリィ、これはどこで考えたんだ?」
ジョーはオーガンジースカートのラフ画を指さした。
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