第11話 服飾とイケメンエリート①


 ミラーズの店主ミサは爽やかな営業スマイルで出迎えてくれた。茶色のボブカットがふわりと動いて、腹の前で合わせている両手がなんとも美しい。ただ、どことなくスマイルには陰があるように見えた。そう、営業職にしかわからない、悪い売上げが頭にこびりついて離れない、という焦燥が垣間見える。


「店内で長話も何ですから、奥の応接室へどうぞ」

「お嬢様よろしいですか?」

「いいわよ。バリーには少し遅くなると伝えてちょうだい」

「かしこまりました」


 クラリスは御者をしているバリーの元へ行くと、すぐに戻ってきた。


「エリィ、これなんてどう?」


 店内をうろうろしていたエイミーが、心底嬉しそうに洋服を広げた。

 新作、と値札に書かれている。


 言われてみれば、茶色のやぼったい皮のドレスが細身に合うシルエットで作られていて、大きい丸襟になっている。首もとや背中をすべて覆うような従来の防御力重視のデザインではない。これはデザイナーのセンスが光るな。


「姉様はなんでも似合うと思う」

「もうちゃんと考えてよエリィ」


 ちょっぴりふてくされて眉を寄せるエイミーが可愛い。


「後ほどご試着されてはいかがですか?」


 店主のミサが笑顔でエイミーから皮のドレスを受け取り微笑んだ。


「ええ、そうします!」

「ではこちらへどうぞ」


 俺とエイミーとクラリスは店の奥へと通された。中は採寸途中の洋服や、デザイン用の厚紙、定規やはさみなどが作業台に散乱している。さらに奥には応接室があり、簡単な話し合いや取引に使用するであろうソファと机があった。机は入り口と同じ白亜の木製であった。


「あの服のデザイナーはミサさん?」

「いえ、あれは私の弟が作った物です。まだまだ半人前ですが才能はあると思います」


 座ると、エリィと同い年ぐらいの青年が、紅茶を持ってきた。


 なかなかの美青年だ。頭の部分が大きいハンチング帽をかぶって、紺色のシャツとグレーのズボンを履いている。形はいまいちだがオシャレに見えないこともない。ちらっと目が合い会釈をする。


「弟のジョーです」


 ジョーはハンチングを大ざっぱな手つきで取って無愛想に挨拶をした。栗毛が帽子から飛び出して彼の額を隠す。好奇心が強いのか俺たちをよく観察していた。


「愛想がなくて申し訳ありません」

「ええ、それは構いません。それよりあの新作はどういった意図でデザインをしたの?」

「ほらジョー、黙ってないで答えなさい」


 めんどくさそうにハンチングをかぶり直し、ジョーは両手を広げた。


「最近の服は全部でかい。だから細いラインの服がいいと思ったんだ。それだけだよ」

「人気が出るかしらね?」

「いいって感じる人がいると思う」

「どの年齢層に向けて作ったの?」

「若い女性向けだよ」


 このジョーという青年は今の流行がどこかおかしい、と勘で気づいている。


 どう考えたってバリエーションが少なすぎる。チェック柄もストライプ柄もドット柄もないなんて、普通に売れる服を考えていたら必ず出てくるデザインだろうよ。地球の百年前のファッションでも存在するよ? おかしいよまじで?


 異世界のファッションにかなり期待してたんだよな。

 なんかこう、ぶっとんだデザインとか、胸だけを隠すきわどい鎧とか、色々と妄想してた。


「で、話は終わり? 仕事があるからもういいかな」

「ジョー! 世間知らずで誠に申し訳ありませんお嬢様」

「ううん、かまわないわ。仕事中に呼び止めてしまってごめんなさいね」


 ジョーは俺をちらっとみると、不愉快そうに眉をひそめて首だけで会釈して部屋を出て行こうとした。

 分かるよ。仕事中に余計な話されるとほんと迷惑だよな。それも集中してる仕事ならなおさらだ。うん、しょうがないしょうがない。


 だが去り際に聞こえてきた言葉に、俺は思考が一瞬停止した。


 小声で「すげえデブ」と言ったのが聞こえたのだ。


 ジョーはドアの前で一礼して出て行こうとする。

 

 おいこらくそガキ。

 調子に乗ってんじゃねえぞ。

 初対面でデブなどふざけているにもほどあがる。しかもこちらは客。ちょっといいデザインができるのか何だかしらねえが営業がまるでなってない。


 俺は無言で立ち上がった。

 皆が何事かと俺を見上げてくる。


「待ちなさいあなた」


 俺の声にびくっとしたジョーはこちらを向いた。


「客に向かってデブとはよく言ったものね」

「い……いや、俺はそんなこと…」

「聞こえていたわよ」

「ええっと……」

「正直に言ったらどうなの」

「いや………」


 やっちまった、という顔をしている。


「本当のことを言うなら許す機会をあげるわ」

「……」

「男らしく言ったらどうなのよ!!?」

「あの、ごめん!」


 おぼんを下げて青年は謝った。


「ジョー! あなた何てことしてくれるのッ!!」


 ミサは顔を真っ赤にして飛び掛からん勢いで怒鳴りつけた。


「だ、だってさ、あまりにも…」

「もう向こうに行ってなさい!」

「いいんですよミサさん」


 俺は立ち上がって、うなだれる彼に向き合った。


「ジョー。こっちを見なさい」


 顔を上げた瞬間に、俺は彼の頬をかなり強く張った。


 ばちん、という音が響く。

 

全員言葉を失った。

 一見すると虫も殺せないような少女が怒って強烈なビンタをしたのだ。無理もない。


「年頃の女にそういうこと言うのは冗談でもやめて。すごく傷つくから」

「……悪かったよ」

「デブって本人に伝えてどうするの?」

「どうするって言われても」

「言って誰かが得するの?」

「いや……しないよ…」

「身体のことは本人が一番気にしてることなんだから言うべきじゃないわよ。例えどんなに気になったとしてもね。あなたはそれを思ってしまったとしても、胸にしまっておくべきなの。わかる? そんなことすらできないの?」

「で、できるよ!」

「じゃあこれからはそうして」


 俺は言いたいことを言ってさっさと椅子に座った。

 クラリスは神妙にうなずき、店主ミサは何度も頭を下げる。

 エイミーは驚いて口をあんぐり開けている。

 ジョーは俯いたまま部屋を出て行った。


 やりすぎたか、と思ったがあれぐらいやっとかないと気がすまない。エリィはデブでブスでニキビ面ではあるが心優しきレディだ。エリィをデブと言っていいのは俺とエリィだけだ。


 それに、相手の失策から優位に立つのは営業方法として悪くない。

 優位性が霧散しないうちに、俺は切り出した。


「お話というのは?」


 店主ミサはどうやら気を取り直すためか、ボブカットを二、三度かき上げた。


「エリィお嬢様が先日お話ししていたスカートのフリルの件です」

「別にあなたの店の物が悪いと言っているわけじゃないわよ」

「それはわかっています。ただ、どの辺がおかしいのか教えてください」

「ええっと、どの辺というと?」


 俺はわざと分からないふりをした。


「お嬢様がもっとスカートの生地を薄くした方がいいと。それはなぜです?」

「だってやぼったいじゃない」

「ですがあの形が現在の流行ですよ」

「流行、流行ねえ……」


 逡巡し、言葉を選んでいく。


「ミサさんはどうしてこの店をやろうと思ったの? 若いのにこんな素敵なお店の店主さんになるのは大変だったでしょう」


 話を逸らし、俺はにっこり笑った。ミサは弟の失敗があり、あくまでも教えを乞う側なので俺の世間話にもすんなり付き合ってくれた。


「昔からの夢だったのです」

「そういえば……ここは以前肉屋でした、お嬢様」


 クラリスが静かに合いの手を入れる。


「そうです、父が代々肉屋をやっていました。十年前メインストリートに大きな肉屋とステーキ屋が併設してできたことで徐々に客足が遠のいていき、売り上げと経営維持のストレスで父が病気になりました」


 それから家族総出で店の立て直しを計ったが、結局、素人同然の母やミサだけではうまくいかず、借金をする前に肉屋を閉めることにしたらしい。

 その跡地をどうするかと言う話になったところで、有名貴族の侍女をしていたミサが貯めていたお金を使って、個人服飾店を作ったそうだ。母親にはかなり反対されたが、絵師を目指していた弟のジョーの説得もあり、押し切って開業、なんとか一年間店を潰さずにやってここまできた。

 

 だが、経営は苦しい。経営で貯金を崩すほどではないにしろ、ぎりぎり黒字というありさまで、結局は生活費で貯金がなくなっていくという状況だ。新しい服を開発しようにも資金がない。

 借りるにしても、この店と土地を担保にする必要があるそうで、失うことを考えると怖くてできない。ジョーが出稼ぎに行って貯めた金でちょこちょこ新作を出す程度。八方塞がりってやつだ。まあ、俺からすれば全然塞がってないけどな。


 涙もろいクラリスはハンカチで涙を拭いている。


 ここまでの話を聞くため、実は様々な営業技術を使っていた。

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