第13話 服飾とイケメンエリート③
膝上で細かいプリーツが入った、透けるぐらい薄いふわっとしたスカートだ。柄はお上品なスミレ柄にしておいた。
「あとこれ。縦線がいっぱい入ってる服。こんなのが似合う人いる? 花瓶とか調度品でした見たことないんだけど」
「ストライプ柄ね」
「スト……?」
「私が名付けたの。ストライプ」
これはエイミー用だ。膝上スカートは恥ずかしいから、膝下まであるロングワンピースで、防御力を完全に無視した綿生地で作る予定だ。染色はミサが知り合いの職人に頼んでどうにかするらしい。色は白地に紺のストライプなので、落ち着いた「お嬢」な雰囲気になるだろう。
「それになぜカーディガンを首で結ぶんだ? 邪魔じゃないか?」
「アクセントになるでしょ。遊び心よ」
日本で流行っている、肩にカーディガンを掛けて胸元で結ぶ、例のアレだ。
薄手の生地で色は薄黄色。エイミーに似合うこと間違いなし。
「ねえエリィ。なんで靴はサンダルなの?」
エイミーがラフ画の足を指さした。
「サンダルは防御力が最低ランクですよ?」
クラリスが大きく首をかしげる。
どんだけ脳筋!?
「ねえ、防御力ってそんなに大事?」
「それはもう! 有事の際には防御力! そして攻撃魔法! 武の国グレイフナー王国の伝統でございます!」
「クラリスが言う有事っていうのは年に何回あるのよ?」
「ええっとですね……最近じゃ平和なので、数十年とんとありませんね」
「でしょう!?」
「ですがお嬢様! わたくしにはこのデザインの服が流行るとはとても思えないのですが…」
「やってみないとわからないわよ」
交渉の結果、服の原価のみでオーダーメイドをやってもらうことになったし、懐はそんなに痛くない。流行らなくても俺とエイミーがいいならそれでいいだろ。文化も思想も違うから確実に流行るとは言えない。でも流行ったらめっちゃ面白い!
まさにローリスクハイリターン。
「エリィは天才だから大丈夫よ! えいえいおーっ!」
エイミーはかけ声の使い方が微妙に違う。
「サンダルだと足下がすっきりして爽やかに見えるでしょ。それに最近暑くなってきたし、過ごしやすいよ」
「言われてみればそうかも…」
「サンダルなんて家でしか履かないと思ってたわ」
ジョーは鉛筆を口にくわえて腕を組み、ミサはラフ画を広げて唸った。
サンダルは足下が木製でかかとを少し底上げし、細い革ベルトを使う。
「ねえエリィの服はこんなシンプルなのでいいの?」
「姉様、私デブだからワンピースしか似合わないよ」
「そんなことないと思うけど」
エイミーは本気で疑問、と思ったのか顔中にはてなマークを浮かべている。
「そんなことあるの! 黒にしておけば引き締まって見えるから多少ましになるわ」
「色にそんな効果が?」
ジョーが身を乗り出して聞いてくる。好奇心が先攻してビンタの件はもはや頭にないようだ。
「黒、紺、深い色は収縮して見える。ピンク、赤、パステルカラーは膨張して見えるの。例えば今私が着ている制服は紺色でしょ? これを脱いで…」
ブレザーを脱いで、近くにあった薄ピンクの布を体に巻き付けた。
「どう?」
「確かに言われてみれば…」
今度は椅子に掛けてあった黒の膝掛けを巻き付ける。
「ほら」
「うん、そうかもしれねえ……」
ジョーは心底驚いたのか、ハンチングを取って頭をがしがし掻いている。
「おやいけませんお嬢様。もうこんな時間でございます」
「バリー、いたのね」
部屋の隅っこにいたバリーが懐中時計を出している。
「いますぞお嬢様! 私はずっとお側におりましたぞ!」
「いけない~! 早く帰りましょ! お母様に叱られる!」
エイミーがあわあわと慌て出したので、急いで帰り支度をした。
夕食が遅いと美容にも悪い。
これ以上ニキビが増えるのは困る。
乙女は大変だー。つれぇー。
「では試作品ができたら伝えてちょうだい」
そう言って俺たちは布やら裁縫道具が散らばる工房から出て、ミラーズのドアを開けた。外にいたガタイのいいドアマンが剣をしょって頭を下げる。彼はエイミーの横顔をちらちらと見ていた。
「エリィ……!」
ジョーが鉛筆を持ったまま走って追いかけてきた。
何事かと全員が注目する。
彼は思い詰めた表情をしたあと、くちびるを噛みしめて、俺の目を睨むように見つめた。
「さっきは本当にごめん!」
猛烈な勢いで頭を下げた。心の底から反省しているようだ。
「他の女の子にはひどいこと言わないようにね」
俺は微笑ましくなってお小言を言った。
「わ、わかってるよ!」
ジョーはバツの悪そうな顔をしてから、何か言いにくそうに頭にかぶったハンチングを取った。
「俺……あんなすげえデザイン初めて見た。エリィはすげえよ!」
「ふふふ、そうでしょう」
中身はスーパーイケメンエリートだからな!
外見はデブだけど!
「次来るとき俺の考えたデザインを見てくれよ!」
「ええ、いいわよ」
馬車が動き出して帰路につく。
ジョーは路地を曲がるまでずっと馬車を見ていた。いい青年じゃないか。
「仲直りしてよかった」
馬車の後部座席からジョーを見ていたエイミーが呟いた。
「ふふ、そうだね」
「エリィがあんな風に怒るところ初めて見たからびっくりしたよ」
「雷に打たれてから、思ったことはちゃんと言うって決めたの」
「それは…どうして?」
「人間言わなきゃ伝わらないことばっかりでしょ。あのとき死んじゃってたら、と思うとね……後悔しない生き方をしないと」
「エリィ…」
エイミーは泣きそうな顔になって俺を抱き寄せ、やさしく頭を撫でてくれた。
分かってもらえた、と思っていても相手には三割ぐらいしか伝わってないもんだ。だからみんな一生懸命、自分の思っていることや気持ちを伝えるんだ。いや、伝える努力をしなくちゃいけない。エリィはもっと自己主張をするべきだっただろう。だから俺が代わりにやってやるんだ。
どんな偶然かはわからないが、日本の記憶を持ったままエリィという人間に俺はなったのだ。彼女のためにも恥じない生き方をしなくちゃいけない。何事にも妥協しちゃいけない。いやー俺ってめっちゃいい奴でやっぱ天才だな。
「新しい服、楽しみだなあ」
「うん」
よし、服が売れたらがっぽり胴元としてデザイン料をもらうぞ。
クラリスに頼んで契約書を作ってもらうつもりだ。この世界にもしっかり契約書は存在するみたいだしな。
「お嬢ざまっ!」
「おどうだば!」
また涙腺が崩壊しているクラリスとバリーはスルーしておいて、エイミーの胸の温かさをしっかりと堪能した。
つーかバリー。泣きながら馬を操るのはほんと危ないからやめてくれよ。
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