第10話 学校とイケメンエリート③


 無視して出て行こうとすると肩をつかまれた。


 振り返るとボブ・リッキーがにやついた表情でこちらを見下ろしていた。後ろには取り巻きが三人いる。そばかす、デブ、真四角メガネの粋がった男子生徒だ。わざと制服をだらしなく着ている姿は、ガキだな、と笑いが漏れそうになる。


「聞いてんのかよ」


 思わず「ハァ?」とメンチを切りそうになるが、黙ってボブを見た。


「明日からお前学校に来んなよ。ブスデブが同じ空間にいると気分が悪くなるんだよ」


 とりまきの三人組が「ぎゃははは」と笑う。おいデブ! てめえもデブだろうが!


「あなたが来なければいいでしょう」

「ハァッ!? デブの分際で何言ってんだ?」

「だから、あなたが来なければいいじゃない」

「んん? きこえねえなぁ。人語で話してくれよ」


 また三人組が「ぎゃはははは」と笑う。


 これは相手にしてらねえ、と思いさっさと教室を出て行こうとする。

 ボブと三人組は無視されたのが気にくわなかったのか、さらに何か言おうと詰め寄ってきた。そこで気の抜けた可愛らしい声が俺を呼んだ。


「エリィ~いる~?」


 ひょこっと教室に顔を出したのは愛するエイミー姉様だった。


「あ、姉様!」


 すぐに重たい体でエイミーに駆け寄る。


 ちらっとボブ達を見ると、惚けて、顔を赤くしながらバツが悪そうに目を背けた。ボブだけはすぐに目線を戻し、エイミーを食い入るように見つめはじめた。


 はっはあん。エイミーのこと好きらしいな。

 だが残念。お前には高嶺の花だよ。


「あらお友達?」


 何も知らずにエイミーは首をかしげる。細い金髪がさらりと肩から落ちる。つい俺も見惚れてしまう。


「ただのクラスメイト」

「そうなの? これから用事はない? ないなら一緒に帰りましょ」


 エイミーは軽く会釈をする。ボブ達もあわてて首を下げる。


「行きましょ、姉様」


 一瞥もせずにエイミーの手を取ってさっさと教室を後にした。


 いじめを察してかどうなのかは分からないが、エイミーが歩きながら心配そうにこちらを覗き込んでくる。とぼけて「どうしたの」と聞いてみる。すると彼女は「ううん。なんでもないの」と、はにかんだ。くそ、可愛いな!


 校門には馬車で帰る生徒もいるようで、グレイフナー魔法学校の入り口周辺は帰宅ラッシュでごったがえしている。


 そんな光景を見て、一つ重大な疑問を持った。

 まさかとは思うが、ファンタジーな世界のくせして、魔法が使える異世界のくせして、アレ、が存在しない、なんてことないよな。本当に、まさか、とは思う。俺はおずおずとエイミーに尋ねた。


「あのーエイミー姉様。ひとつ質問があるんだけど…」

「なあに?」

「みんな歩いて帰る、んだよね?」

「そうねえ。全員が馬車だと大通りの邪魔になるからね」

「じゃあ、どうしてみんな空を飛んで帰らないの? ほら……箒にまたがったりして」

「え??」

「あ、あれ?」

「箒に?」

「そうそう。箒にまたがって、ふわーっと飛んでいったりしないのかなって…」

「エリィ、大丈夫?」


 エイミーは俺のおでこに手をあてた。


「熱は……ないみたいね」


 その反応に俺はショックを隠しきれなかった。

 空が飛べない! 箒もない! なんてことだ! ジィィザスッ!


「どうしたの急に両手を空に広げて…」

「姉様、魔法で空は飛べないの?」

「私には無理だよ~」


 笑いながら顔の前で右手をちょいちょいっと横に振って否定するエイミー可愛いッ。って言ってる場合じゃねえ。


「飛べる人はいるみたいだけどすんごい難しいんだよねあの魔法」

「どのくらい難しいの?」

「ええっとね、浮遊レビテーションっていう魔法で「風」の上位「空」魔法よ。ふわふわ浮くの」

「じゃあびゅーんって飛んだりは…?」

「できないよ」


 エイミーはあっさりと否定した。


「がーん」

「……エリィ。がーんって何?」

「ショックだったときの音」

「ぷっ」


 あははっ、と可愛らしくエイミーは笑う。


「それ面白い! 確かにショックだったとき、がーん、って感じになっちゃうかも!」

「そうでしょ」

「エリィやっぱり変わったね。前よりずっと明るくなったよ」

「前はそんなに暗かった?」


 両手で自分の顔を挟み込んだ。


「がーん」

「ぷっ」


 またエイミーが黄色い声を上げて笑う。自然な笑顔が実に健康的で可愛らしい。


 俺たちがきゃいきゃいしていると校門に軽い人だかりができており、「エイミー様が笑っている」「お姉さまが微笑んでいる」「カワイイッッ」「癒される~」と口ぐちに言いながら食い入るようにこっちを見ている。なんか追っかけアイドルの出待ちみたいだな。


「あら皆さん。さようならー」


 にこやかに手を振るエイミーに、全員顔面を赤くし、溶けかけたゼリーのように頬を緩ませて手を振り返す。


あれは、重症だ…。


「姉様すごい人気だね」

「みんな私のことからかってるだけ」


 エイミーはぷくっと頬を膨らませる。見た目が美女とのギャップがたまらん。


「違うと思うよ?」

「そんなに私ってからかいがいがあるかなぁ。エリィひどいんだよ、サツキちゃんも私のことからかうの。今日だって新しい魔法の呪文が“我、好きな食べ物、アップルパイ”って言うから私何度も詠唱しちゃったんだよ。クラスのみんながくすくす笑っておかしいな、何か変かなーって思ってたら、その呪文まちがってるよって。もー恥ずかしかったんだから」


 とりあえずエイミーが相当な天然だということは分かった。ぷりぷり怒っている様は可愛さを波動のようにまき散らすだけで、友人のサツキちゃんとやらはエイミーのこれが見たいだけなんだろう、ということが手に取るようにわかった。サツキちゃんとはいい友達になれそうだ。


「エリィ、あれクラリスじゃない?」


 砂埃を上げて猛ダッシュしてくるオバハンメイドは間違いなくクラリスだった。世界陸上顔負けの見事な走りっぷり。彼女は俺とエイミーの前で急停止すると、恭しく一礼して、もう我慢できないとばかりに聞いてきた。


「エリィお嬢様! 適正テストはどうでございましたか?」

「…クラリス、まさかそれだけのために走ってきたの?」

「お嬢様! どうだったのでございますか?!」

「話聞いてる?」

「聞いていますとも! で、で、どうでした?」

「………光、だけど」

「おおおおお!」


 ありがたや、と言わんばかりの勢いでクラリスは胸の前で手を組み、祈りを捧げる。


「やはりお嬢様は天才でございますね! あの大冒険者ユキムラ・セキノと同じ適正!」

「一年生から光でしょうに」

「いえいえ専属メイドとしては初テスト! これが興奮せずにはいられますかッ」


 あっ、とエイミーが声にならない声を上げて、俺の顔を急にぺたぺたと触りだした。


「姉様、なに?」

「エリィの魔法陣大爆発したんでしょ?!」

「ああ……それなら何ともないよ」

「お嬢様! いまなんとおっしゃいました!?」

「顔が近いわクラリス」


 マッハで飛ぶ戦闘機が急旋回するようにクラリスが顔を近づける。

 クラリスを静かにどかして、エイミーは俺から離れた。


「エリィの適正テストで魔法陣が大爆発したのよ。すごかったんだからー。眩しいぐらい光ったあと爆発して風が吹いて水が飛び出て暗くなって地面がもりもりもりーってせり上がったのよ!」


 エイミーが息継ぎなして言いきると、クラリスが全身を震えさせて膝をついた。


「大冒険者……逸話と同じでございます…」

「ああっ! そういえば…」

「そうですエイミーお嬢様。大冒険者の適正テストもすべての魔法が放出されたと、とある伝記に記されております……。ああっ! やはりお嬢様は、天才!!」

「すごいすごい! エリィすごい!」


 あれは単なる事故だったんだよね、と手を取り合って飛び跳ねる二人には申し訳なくて真実を言えない。これは黙ってイエスともノーとも言わないでおこう。しばらく夢を見せてあげるってのも男の役割というもんだ。


 ひとしきり二人は盛り上がると、ゴールデン家の馬車がこっちに向かってくるのが見えた。


 御者をしているのはクラリスの旦那バリーであった。

 道が混んでいるのが余程イラつくのか、トロい馬車に「てめえの持ってるのは鞭だろうがぁ? 鞭は何のためにある? ああん?」とひたすらメンチを切っている。


 怖いからやめてあげて。

 ヤのつく怖い職業の人に見えるから。

 ほらお隣さんの乗客がバリーの頬の傷と狂犬のような表情を見て、顔を引き攣らせてるから。


 彼はこちらに気づくと、馬の手綱を放り投げて猛ダッシュしてきた。


「で、で、お嬢様、適正テストの結果は?!」

「近い。近いわバリー」

「申し訳ございませんつい。それで結果は?」

「……闇よ」

「………………………………へっ?」

「だから闇よ」


 バリーは、あと五分でこの世の終わりです、と言われたかのような苦渋に歪む顔で地面に片膝をついて慟哭した。


「ま、まさか……我らのエリィお嬢様が闇!?」


 ずん、と地面に拳をめり込ませる。


「清廉潔白で才色兼備なエリィお嬢様が やみぃッ!?!?」


 バリーは両手でうおおおお、と叫びながら地面を叩きまくった。


「偽り神ワシャシールめぇ! お嬢様の光を返せええええ!!」


 地面が徐々に陥没していく。


「お嬢様! 再試験を! 再試験を具申致しますッ!!」


 今にもグレイフナー魔法学校へ突撃しそうだったので、バリーの肩に手を置いた。そろそろ止めないと周りの目が痛い。へこんだ地面も痛い。


「……嘘よ」

「ふぁっ!?」

「冗談よ」

「…………お嬢様!?」

「あんたバカね。我らがエリィお嬢様が闇魔法適正のはずないでしょ!」


 クラリスはバリーの肩をばしんと叩いた。


「うおおおお、お嬢様。よかった、よかった、光でよかった…」


 なぜか男泣きするバリーに「もう二度と中途半端な冗談は言わないわ」と謝罪する。


 驚いて、わたわたしているエイミーに癒されながら、クラリス、バリーと馬車へ戻る。

 クラリスが迎えに来たのは他にも用事があるようだ。


「お嬢様、ミラーズの店主が本日どうしても会いたいとのことですのでお迎えに上がりました。ご予定はよろしいですか?」

「ええ、かまわないわ。姉様も一緒にいく?」

「どこにいくの?」

「服屋よ」

「いくっ!」


 ようやく穏やかな顔に戻ったバリーの運転する馬車は、グレイフナー大通りへと向かった。


 かぽかぽ、と蹄を鳴らして馬車は進む。


 何の用があるのか大体の見当をつけ、ゆっくり流れる窓外の景色をエイミーと二人で眺める。美人で天然の姉が近くにいる、という現実も捉えようによっては悪くないなと思った。


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