第9話 学校とイケメンエリート②


 職員室でハルシューゲ先生にこってりと怒られ、いかにして自分が毛根を守ってきたのかの戦歴を聞かされる。頭皮への水魔法、毛根への光治癒魔法、保温はどうかと暖房魔道具の使用、毛むくじゃらな魔物の生き血を頭にぶっかける、などなど。


 現在、顔の横に残っている毛を維持する消耗戦が繰り広げられている、とのことで、毛根活性剤があればすぐにでも買うそうだ。


 原因不明の爆発事件に、校長までやってきて校長室に連行された。校長は男のエルフだった。細い銀髪にとんがった耳、怜悧な目、均衡の取れた顔をしている。


「エリィ君、もう一度適正テストを行います」


 エルフ校長はそう言うと、重厚なテーブルに置かれた魔法陣と六個の水晶を杖で指した。


「校長!?」


 ハルシューゲ先生がテカテカの額から冷や汗を流す。


「魔法陣の一部が消えて誤作動したのでしょう。さあエリィ君」


 校長とハルシューゲ先生、マダムボリスがじっと見る中、魔法陣に手を置いた。


 今度は手加減して魔力を流す。

 すると水晶玉のひとつが綺麗に光った。


 魔力注入をやめると、ピカッ、と激しく光ってすぐに消えた。

 ハルシューゲ先生の額をチラッと見、すぐ視線を水晶に戻した。

 水晶は元の無色透明に戻っている。


 安堵のため息を漏らすと、エルフ校長が意味深に目を細め、こちらを見てから口を開いた。


「ふむ、よろしい。エリィ君は光魔法クラスだ。いいねハルシューゲ先生」

「校長、先ほどのテストはやはり魔法陣の故障でよろしいのですね?」

「全魔法に適正がある、そんな人間はどこにもいませんよ」


 校長は思慮深く微笑むと杖を取り出して、指揮者がタクトを振るように、優雅に一振りした。


 太い体が黄色く光ると、綺麗に制服と髪型が元通りになった。

 ハルシューゲ先生とマダムボリスも元通りになる。校長の魔法で衣服が修復されている最中、光り輝くハゲ先生の額を全員が見ていたのは気のせいだ、ということにしておいた。



     ○



 ハルシューゲ先生と教室に入ると、クラスメイトが一斉にこちらを見た。好奇の目を気にせず、俺は先生の指定した教卓の真ん前の席へ座る。


 表情を消し、怒りを胸に秘め、座る直前にざっと教室を見回した。


 どいつだ!

 どいつがリッキー家のボブだ!

 うちのエリィ泣かしといてタダですむと思うなよ?!


 教室は半円の段々になって、後の席に行くほど高く、教卓を見下ろす形になる。

 その教室の奥、一番後ろの席に座っていた、くすんだ茶色の髪をモヒカンカットにした男子生徒が、俺をバカにしたような目で見ていた。たぶんあいつだな。


「三年光魔法担当のハルシューゲだ。といっても一人もクラス変更になった生徒はいないようだな。ではせっかくなので新学期ということで一人ずつ挨拶をしていこう」


 簡単なクラスメイトの自己紹介がはじまった。

 これは非常にありがたい。とりあえず顔と名前ぐらいは一致するようにしておこう。


 すでに三年目、同じクラスメイト、ということで随分砕けた挨拶が多かった。途中でお調子者の挨拶で笑いが起こったりする。


 いやぁまさかまた学生になるとはな。青春だな。早く日本に帰りたい気持ちは大きいものの、このファンタジーを堪能してからでもいいんじゃないかと思えてくる。俺は信じてるぜ、守護の魔法があることを、浮遊の魔法があることを、武器無効化の魔法があることを、そして丸めがねで額に稲妻の傷跡がある生徒が箒で飛び回っていることを!


 一番後ろのモヒカン男子生徒が立ち上がった。


「ボブ・リッキーだ。このあいだ「火」を習得してトライアングルになった」


 偉そうにボブはのけぞると、クラスの半分ぐらいが「おお」と歓声を上げた。よく見れば、濃いまゆげにくっきりした目、口元には余裕の笑みをこぼし、クラスに一人はいる悪い系男子生徒そのものだった。まあ悪くない顔だ。女子が何名か、きゃあきゃあ言っている。それに気をよくしたのか、ボブはさらに、にやっと笑った。


「今年は上位魔法を習得することが目標だ。よろしく」


 かっこつけて座ると、女子がまたきゃぴきゃぴやり出した。

 いや、全然かっこよくねえよ?

 

 俺が半ば呆れたように見ていると、ボブは視線に気づいたのか

「見るんじゃねえよデブの分際で」と平然と言った。


 くそ…。

 許さねえよ。


 エリィをデブって言っていいのはな、エリィと俺だけなんだよ。つーか俺だけなんだよ。


 視線を教卓へと戻すと、きゃあきゃあ言っていた女子が俺を見て「ほんとブス」「ボブ様みてんじゃねえよ」「きもい」など呟いてやがる。


 取り巻き女子の中心人物は日記にも出てきた、サークレット家のスカーレットという女子生徒だった。やけに目立つ黄色に近い金色の髪を、耳元で縦巻きにしている。いかにも金持ちでわがままで気位が高そうな、生意気な顔をしていた。


 つんと顎を上げて偉そうに挨拶をする。


「わたくしは皆さんのお役に立てるようがんばりますわ」


 などほざいてやがる。

 今すぐにでも落雷サンダーボルトをぶっ放して縦ロールを横ロールにしてやりたいところだったが、まだどれほどの実害があるのか検証が済んでいない。プラスして、どのくらいエリィをいじめていたかで制裁のレベルを決めてやろう。


 ボブはもうまったなしだな。

 陰湿ないじめを繰り返し、エリィのような弱者を弄んで悦び、孤児院を壊滅させた原因の一端に担っている。あの感じじゃ、どうせ性根も腐っているだろう。


 孤児院の子ども達の行方は気になるところだが、情報もない、金もない、力もない、こんな状態で捜索に行けるとは到底思えない。ひとまずはこの世界のルールやら状況を知って準備が整ってから、行動を開始しようと思っている。


 ボブには苦い経験をさせてやろう。

 精神的に、肉体的に、社会的に、経済的に、徹底的に制裁を加えてやるとするか。


 別に他人を痛めつけることに快楽を求めたりしないし、楽しくもない。ただやられっぱなしは許せない質だ。


 敵意を持ち、尚且つ心底許せない奴はすり潰す。


 やるなら徹底的にやれ、やらないなら意地でもやるな、決めたことは貫き通す。


 一流と言われている財閥系企業に就職し、数々の欲望や失敗を目の当たりにしながら自分の中に芽生えさせた、自分自身の掟のようなもの。


 エリィの涙を思い出し、ボブのふざけた面を見ていると『敵には容赦しない』という思いが胸の内側を貫いて、のどから怒りが湧き上がる。


 とは言っても今は何もできない。気持ちの整理を瞬時にして、俺はそんなことを考えている、なんておくびにも出さずに、すまし顔でハルシューゲ先生の言葉を聞いていた。


 ――リーンリーンリーン


 甲高い鈴の音のような、授業終了のチャイムが鳴り響いた。

 生徒達は鞄を持って帰路へとつこうとしている。どうやら今日は簡単なホームルームだけで終了のようだ。


「おいデブ」


 鞄を取って教室を出ようとすると、剣呑な声色で呼び止められた。

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