第4話 洋服とイケメンエリート②
「なんでございましょうお嬢様!」
「クラリス顔が近いわ。あと立ち直るのが早いわ。杖なし、と言っていたけど、普通は杖が必要なの?」
「そうでございます。杖があるとないでは十倍ほど威力に差が出ると言われております。一般人は杖なしでは魔法は使えません」
そう説明しながら、クラリスは俺の太い足についた埃をタオルで拭き、新しいズボンを履かせてくれる。
「じゃあ私はなぜ使えるんでしょう?」
「それはお嬢様が天才だからでございましょう!」
「左様でございます! 杖なしで、しかも落雷魔法を……ううっ……」
バリーがまた泣き出しそうだったので、こら、と叱ってから話を戻す。
「詠唱の途中で呪文を唱えることはできるの?」
「できます。慣れれば魔法は無詠唱で使えます。さらに付け加えるなら、威力や範囲など様々な応用が利くのでございます。基礎魔法が行使できれば、派生して応用魔法が使えますが、六芒星の魔法才能と個人の得手不得手によってできるできないがあるので練習には注意が必要でございますね。苦手な種類の魔法を頑張っても効率が悪く、時間と魔力の無駄になります」
先ほどの
バガァン、という破壊音と一緒に軽く地面がえぐれる。
クラリスとバリーがまたしても
どのぐらい威力を調整できるのか確認しながら
これまた絶妙なタイミングでバリーが昼ご飯を台車に乗せて持ってきた。それを見たクラリスが、本が山積みになったテーブルの横に食事用の丸テーブルを運んで、脇にパラソルを立て、あっという間に準備を完了させた。
バリーが満面の笑みで料理を並べていく。
ストップ。
この昼ご飯、ちょっと待った。
「少し……いいかしら?」
「なんでございましょうお嬢様」
「クラリス顔が近いわ。私っていつもこんなに食べるっけ?」
「え? ええ、その通りでございます。お嬢様はよく食べる健康的女性でございますから」
「それにしてもこれは……」
肉の乗った皿が三つ、ポテトサラダのようなものが山盛り、甘ったるそうなお菓子が二皿、パンがバスケットにたくさん入っている。
「あのねバリー。私これ、いつも全部食べてる?」
「はい。お嬢様はいつも美味しそうに食べておいでです」
「あなたにお願いがあるわ」
「お嬢様、なんなりと」
バリーは旋風が巻き起こらんばかりに顔を寄せてくる。夫婦は似てくると言うが、苦労皺の多いオバハンと頬に傷がある強面のおっさんが瞬間的に移動して眼前にどアップになるのは心臓によくない。
「バリー顔が近いわ。あと怖いわ。顔がカタギじゃないわ。私これからダイエットをするから食事を減らしてちょうだい」
「ああ、ダイエットですね。かしこまりました」
「何その信用していない顔は」
「お嬢様これで三百五十八回目のダイエットでございます」
エリィ……お前はどんだけダイエットに失敗してるんだよ。
「今回はうまくいくから」
「そうだと良いのですが」
「あの事故で覚醒したからね」
エリィの行動が変わっておかしく思われないように伏線を張っておく。何かあったら全部あの雷雨のせいにする予定だ。まあこの二人ならそんなことしなくても大丈夫そうではあるが。
「できます。お嬢様は天才ですから」
クラリスがうなずいて紅茶をティーカップに注ぐ。
「筋肉量を増やすからタンパク質を多めにして、炭水化物を少なめにするわ。お肉は鶏肉を中心にしてちょうだい。魚類ならサバか鮭がいいわね。あとはビタミンのバランスもよく考えて、生野菜と果物のサラダをドレッシング少なめで用意してほしいわ。消費カロリーが摂取カロリーをやや下回るように調整して筋肉をつけながら身体を少しずつ絞っていきたいから、毎日の献立の記録が必要ね。クラリスにお願いしてもいいかしら」
二人はぽかんと口を開けている。
あ、そうか。異世界にタンパク質、炭水化物などの概念はないのか。
「鶏肉中心でよろしいのですか? お嬢様はピッグーの肉が何よりお好きですよね?」
バリーはそう言って豚の生姜焼きみたいな皿をこちらに見せる。
ピッグーは豚肉と似ているらしいな。もう呼び方、豚でよくねえか?
「いいのよバリー。痩せたいから」
「魚類は高級品になるのでご用意するのは旦那様の許可が必要でございますね。それにサバとシャケという魚は聞いたことがございません」
「あのね…健康にいいらしいってどこかの本で読んだのよ」
「なるほど。後ほど町の商人に聞いてみましょう」
「え? そこまで無理しなくていいんだけど」
「いえいえお嬢様が真剣なことは今回よくわかりました。私もゴールデン家の専属料理人としてできる限りの協力を致します」
「そう。ありがとう」
一番心配していたダイエット食問題がバリーの出現によって解決したのはよかった。あとゴールデン家が金持ちっぽくて助かる。これが貧乏人に転生していたら健康的なダイエットは難しかっただろう。いい食事は金がかかる。
そんなこんなでバリーには悪かったが四分の三ほど食事を残して再び訓練を開始した。
この
太陽が傾いてきたところで魔法練習は終わりにして、特訓場をランニングする。正確には身体が重すぎて走ることができないから早歩きだ。
しっかり汗をかいて、夕日で特訓場がオレンジに染まったところでトレーニングを終わりにした。
「しかしお嬢様の魔力は底なしでございますねぇ」
シャワーを浴びた後、クラリスが感慨深げに特訓場の更衣室で私服に着替えさせてくれる。
「そうかしら」
「そうでございますよ。なんせ「白魔法」と「空魔法」の混合魔法を何度も放てるんですから」
「クラリスは何か魔法を使える?」
「お嬢様の前であまり使ったことがございませんね。わたくしは風魔法が使えますよ」
そう言ってクラリスはポケットから鉛筆サイズの杖を取り出すと「”ウインド”」と呟いて杖を振った。
そよ風が疲れた体を吹き抜けていく。
「クラリスの適正は”風”なのね」
「そうでございます。洗濯物を乾かすのに便利です」
「へぇー。他には?」
「食器を乾かすのに便利でございます」
「ほぉーあとは?」
「いけすかない貴族のヅラを飛ばすのに便利でございます」
「うんうん。他には何かできるの?」
「そうですねえ……」
「他には魔法使えないの?」
「……」
「ほら何かあるでしょう。竜巻みたいに風を起こしたりとか」
「……」
「あのークラリス?」
クラリスはエプロンを持ち上げてムキーと噛みついた。
「お嬢様! わたくしにも魔法の才能を分けてくださいまし!」
これ以上いじめるとクラリスが泣きそうだ。
「ごめんなさい。で、クラリスは他の六芒星魔法は使えないの?」
「残念ながらわたくしはシングルでございます」
「シングル?」
「魔法を一種類しか使えないことございます」
「あ、そういえば」
たしか日記の中でエリィが、シングルだと散々バカにされて悔しい、と時々書いていたな。待てよ。てことはエリィは適正魔法の「光」しか元々は使えなかったってことじゃねえか?
いやまずいだろ。急に落雷魔法使えるようになったら、どうやってできるようになったのか、どこで習得したのか、なぜシングルだったのに突然落雷魔法を云々、あらぬ嫌疑をかけられる可能性大だな。
「落雷魔法は絶対に秘密よクラリス」
「ええーっ!」
「ええーじゃないわよ!」
「せめて奥様と旦那様には言うべきかと」
「だーめ。言っちゃ駄目だからね」
「かしこまりました……」
着替えが終わったので部屋を出る。
誰かに着替えさせてもらうのがこんなに楽だとは思わなかったなー。
楽ちん楽ちん。
クラリスがドアを開けたので部屋を出ようとする。
ふとそこで、入り口にあった姿鏡を見て絶句した。
――――!!!!!!!!!!?
冷や汗が流れ落ちる。
ありえねえ…これは、絶対にありえねえ。
まじで。
MA・JI・DEありえねえ!!!
「クラリス! この服はなに!?」
「何というのは? いつものお嬢様の私服でございますが…」
なんてことだ。
「これが、あたい……?」
あまりの混乱に一人称がおかしくなる。
この私服を見て混乱しない奴がいるのだろうか。
白地にほんのりとピンク色が混ざった生地が、ワンピースの形に加工してある。まず、デブが膨張色である白とピンクをチョイスしていることが間違っている。それに裾やら腕周りについたフリルはなんだ。なんの冗談なんだ。背中の真っ赤なリボンは何なんだ。これは……いったい……。
「何なんのよぉ!」
怒りのあまりスカートの裾についたフリルを力任せに引きちぎり、背中のリボンをむしり取って、色合い的に意味不明な黄色いヘアバンドを頭から引き抜き、統一感の欠片もないぼてっとした革靴を脱ぎ捨て、全部特訓場に放り投げ、
ピッッッッッシャアアアアアアアアン!!!!!!
ドズグワァァン!!!!!!
ギャーギャーバサバサバサ
ブヒヒーン
ガラガラガラガシャーン
ヒーホーヒーホー
ブシュワーーー
耳をつんざく雷音が轟き、本日一番強力な
――あかん。やりすぎた。
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