【タラッタ☆リラッタ】
僕は魔法使い。
いわゆる主人公。
いわゆるヒーロー。
街の平和は僕が守ってる。
コードネームはザ・ワンド。
杖のひと振りで奇跡を起こす。
それが僕の才能。与えられたギフト。
能力を最大限に発揮して正義を実行する。
今日も性懲りもなく悪党どもが犯罪を起こす。
【タラッタ☆リラッタ】
僕がそう唱えると、風邪は吹くわ、火は燃えさかるわで
悪党どもは右往左往のてんてこまい。
ひとつにまとめて縛り上げ、遅れてきた刑事さんに引き渡し。
握手したところを記者に撮られてピースサイン。
ザ・ワンドの活躍は新聞の一面に乗り週刊誌を賑わすだろう。
『少年ヒーロー《ザ・ワンド》また奇跡を起こす!』
てな感じかな。
僕をサポートしてくれる仲間がいる。
彼は某Fラン大学の助教授という立場で、名前を《カジマさん》という。
彼は僕の魔法を研究するという個人的興味で近づいてきた。
初めて会ったとき僕はまだ小さくて、なんか怪しい人だとは思った。思ったけれどもカジマさんが提供する技術や情報は僕が正義を実行するためには必要なものだったと思えたので、弁護士だった母を仲介して契約違反時の罰則をふんだんに盛り込んだサポート契約を結んだのだった。
使っている杖は別に特別なものじゃない。
僕がまだ小さいころ、芸術家の父がそこら辺の木の枝をいい感じに削り上げて作ってくれたものだ。それまで暴走しがちだった僕の魔力はこの枝、いや杖を手にした時から安定し、自在に操れるようになったのだ。
最初の杖が枯れてボロボロに朽ち果てたころ、父は同じように新しいものを作ってくれた。そのようにして代替わりし、今の杖は五本目になる。
その辺に落ちてる枝でもいいんじゃないかって?
うーん、それはありかもしれないけど、やっぱり父さんが作ってくれたからってのがいい感じがする。
【タラッタ☆リラッタ】
っていう呪文も父さんが考えてくれたもの。
杖を振って【タラッタ☆リラッタ】これがセット。
このポーズが出来上がったのが六歳のときだから、ぼくはもう人生の半分以上をヒーローとして過ごしてるんだ。
ところが最近、カジマさんの様子がおかしい。
僕が事件を解決して帰ってくると、どうにも渋い顔をしているんだ。
機嫌が悪いってわけでもなさそうなんだけど、何か言いにくいことがあるみたいだ。お母さんにそれとなく相談したら、用心深いお母さんが
「本人に聞いてみたら」
というので、そうすることにした。事件解決の翌日、いつもの反省会のときに僕はカジマさんに聞いた。
「何か、隠してることがありますか」
カジマさんは特に慌てる風でもなく、手元のノートパソコンから視線を外した。
「そろそろさ、呪文、変えていかない?」
僕は一瞬、意味がわからなかった。
「呪文ですか」
「うん。あれ。【タラッタ☆リラッタ】てやつ」
「え、何でですか」
「わかりにくいじゃん」
「わかりにくい? どういうことですか」
「だからさ、一般大衆にも理解しやすい言葉にしたほうがいいかもと思って」
「そうかなあ」
「効果によって言うこと変えるとかさ、してもいいと思うんだよね」
「火の呪文とか、そういうやつ?」
「そう! それだよ」
「ファイヤー! とか?」
「それそれそれそれ」
「やだ」
「何で? かっこいいじゃん」
「ファイヤーとかサンダーとか使い分けるってことでしょ。ややこしいよ」
「ややこしいかー。ややこしいかな?」
「一個でいいでしょ。だって【タラッタ☆リラッタ】で全部できるもん」
「うーん。いかにも天才児的発言だな」
「あれでしょ。いつも言ってる宣伝効果ってやつ。カジマさんのいうことも分からなくはないけど、僕、いちいち覚えられないよ。ていうかめんどくさい」
「そこは慣れだって。やっていけば自然と使えるようになるから」
「でも必要ないでしょ。【タラッタ☆リラッタ】で全部できるもん」
僕がそういうと、カジマさんは腕組みをしてちょっと真面目な顔になった。
「しょうがない。はっきり言うぞ。よく考えろって。【タラッタ☆リラッタ】だぞ。それ言って許されるのはせいぜい十五歳までだ」
「どういうこと」
「どうって……ちょっと、恥ずかしいから」
「え?」
「恥ずかしいから」
二回も言われた。
どういうことだ。
「お前、これから先、思春期越えても【タラッタ☆リラッタ】って言い続けるつもり? 今までそれが受け入れられてきたのは、お前が子供だからだよ。ほっぺをプックリさせた少年の面影があるからだよ。可愛らしさで受け入れられてるんだよ。でもこれからは違う。これから先はどんなに正義を行ったって、【タラッタ☆リラッタ】て言うたびに、そろそろキモいよね、とか言われ始めるんだよ。それでもいいの?」
「き、キモい?! 僕が?!」
「そう。キモい。君が女の子だったらまだ数年は大丈夫だろう。だが君は男だ。ちょっとキャラをイケメン路線に変えたほうがいい。ていうかうまいことその路線に切り替えていかないと取り返しがつかなくなる」
僕にはカジマさんの話はいまいち理解しきれないものだったけれど、背中を冷たいものがスーッと流れていくのを感じた。
ヒーローでスターなはずの僕がキモいだって?!
「直接聞いてみたら」と言った母さんの横顔が思い出された。母さんも僕のことをそろそろキモいと思ってるのだろうか。
キモいという言葉には確かな破壊力があった。
耳を塞ぎたい気持ちになってきた。
僕の内心を知ってか知らずか、カジマさんは勢いに乗って話を続ける。
「コードネームとかもさ」
「え?」
「悪くはないけど、この際もう名前出しちゃってもいいんじゃない?」
「それはやだよ。身バレするじゃん」
「いやもうバレてるから。三年前にもうツイッターでやらかしたのもう忘れた? あれ拡散しちゃったし。手遅れだし」
「あれは……まあ、そっか。はい。ごめんなさい」
「あとね、君はヒーローやる以外に社会的立場とか特にないのよ。最初っからずっとヒーローだから。だから今更名前がバレてたって損することないのよ。隠すべきものがそもそも無いから」
「でもそんなことしたら芋づる式にカジマさんのこともバレちゃうよ」
「芋づる式って言葉いつおぼえたんだ……いやいや、俺のことはいいんだよ。ていうかとっくにバレてるんだよ。すでに色々言われてるから」
「え、そうなの」
「そうだよ」
「大丈夫なの」
「大丈夫だよ。Fランだもの。大学からは裏で「もっと目立て」って言われてんのよ。うるさいのは外野の連中よ。そっちは無視でいいから。だから俺は問題なし。要は君よ」
確かに、SNSで名前を出しちゃってる人も、もういっぱいいる。
写真も載せてる人多いし、それ考えたら僕はすでにマスクもせずに新聞や雑誌に顔出してしまっている。
しかしなぜかやだ。
何となく嫌だ。
「でも、ヒーローが改名って変じゃないかな」
思いつきでそう言った。これは意外とカジマさんに届いたみたいだ。
腕を組み直して首を捻っていた。
「まあいいか、名前はいいや。ただ『杖』ってだけの意味だし。うん。名前は据え置きで」
コードネームに関してはカジマさんはあっさり引き下がった。
「とにかく、考えておいてくれ」
困惑する僕を横目に、カジマさんは【タラッタ☆リラッタ】についてそれ以上話を続けはしなかった。
僕はうわの空のまま、反省会を続けた。
その夜は眠れなかった。
カジマさんは反省会が終わった時、「そろそろ大人にならなきゃね」と言い残して帰って行った。
キモいのは嫌だなあ
イケメン路線ってどんなのだろう
大人になるって世知辛いなあ。そういや、世知辛いってどんな意味なんだっけ。よく分からないまま使ってるなあ。明日辞書引いてみよう。
そんなことをぐるぐると考えていつまでも眠れなかったけれど、なんかいい加減腹が立ってきたので
(この問題は次の事件までに解決する)
と気持ちを切り替えた。
僕は魔法使い。
いわゆる主人公。
いわゆるヒーロー。
どんな困難も乗り越える☆
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