黒猫の契約
俺は黒猫だ。名前は特にない。
ひとことに黒猫と言っても俺の黒さにかなう黒猫はそうそういない。ちょっと薄いやつがほとんどだ。人間の目にはわからないだろうが、黒猫同士ではより黒い方が威厳があるとされる。だから俺たちは黒さにこだわりがある。これは曲げられない。黒さは俺たちの存在意義だ。
だがこの価値観は黒猫だけのもので他の猫たちには理解されない。
これは致し方ない。
存在意義なんてものはあくまでその当人だけのものだからだ。
まあいい。
今日も俺は街を歩く。
誰にも縛られず、誰にも邪魔されない。
思いつくまま気の向くまま、街を闊歩する。
交通ルールは守っているから安心してくれ。
俺もそこそここの世界長いから、ちゃあんとわかってる。
人間たちはルールに縛られるのが好きな奴らだ。自分たちの行手を遮るものを自分たちで増やしている。ご苦労なこった。だがジドウシャなんて危ないものが往来を錯綜する世の中だ。いっぽ間違えばこっちがぺしゃんこになっちまう。仕方ないから合わせてやってるのさ。
そんなこっちの気遣いも知らずに、人間には無礼なやつが多い。
人間どもは俺が前を通っただけで不吉だ、縁起が悪いなどと失礼なことばかり言うが、俺は至って無害な存在だ。いや、優しさにあふれていると言ってもいい。
先日だって家でひとりで泣いてる女を慰めてやったもんだ。
ひどく目を腫らして、かわいそうだったぜ。
ふらっと覗いただけだったんだが、ほっとけなくてな、しばらく横でみゃあみゃあ言ってたら、最後には笑顔になったもんさ。こんなこと言っちゃ何だが、おれは泣きながらも我慢して精一杯笑う時の女の子が大好きなんだよ。
ん?
優しくないって?
別に面白がってるわけじゃないぞ。
まあいいや、こんなことはあんまり言いふらすもんじゃないな。
そんな優しい俺を指して、
「うわ」とか
「あーあ」とか
俺のことを知りもしないで言うなってんだ。
俺たち黒猫が不吉な存在だとされる由来は、そのむかし魔女の使い魔だったからってやつだな。その辺の話が盛んだった土地では、まあ黒猫たちは忌み嫌われていたらしい。魔女扱いされた婆さんたちが大体一人暮らしで猫飼ってたからその場にいる確率が高かったなんて話もある。それで俺たちの仲間はどんどん殺されていった。
ひどい話だろ?
魔女がそんなにたくさんいるわけないだろ。
考えりゃわかるだろうに。
本物の魔女だって別に悪いやつじゃなかったしな。
よく知りもしないで噂だけで悪く言う。
人間ってなあ、そんな奴らがほとんどだ。
ひどい話だ。
だいたいな、この国じゃあホントは昔から縁起のいい福猫だって言われてもいたんだぜ。俺たちが家にいると病気が治るーなんて言われてた時もあったぐらいだ。
いい加減なもんだろ?
土地と時代が変わりゃあ……ってなに?
何歳だって?
俺が?
これだよ。
初対面でいきなり年齢きくかねえ。
デリカシーってもんがあるだろうよ。
魔女?
いたよ。
そりゃあ、黒猫は契約結んでるからな。
おかげで人間の言葉も理解できてる。
でも気にしないでくれ。こっちからはみゃあみゃあとしか言えないから、あんたらが人に聞かれてまずい話をしてたとしても、俺たちは知らんぷりさ。関わりたいとも思わないね。お互い勝手にやればいいのさ。
しかしいかんな。さっきからずっと愚痴っぽい。
困ったことに今日は宿がないんだ。
いつもの部屋に入れなかった。
いきなり引越しちまったみたいなんだ。
その所為さ。
あいにくの雨でちいとばかり気が滅入ってる。
魔女の使い魔も形無しだ。
俺は黒猫の中じゃあ珍しい方で、ほうぼう旅して回ってきた。
職業、旅猫ってなもんさ。
野宿も平気なアウトドア派だ。
だからこんなことは初めてじゃないがね、しばらく厄介になってたから、挨拶ぐらいはしたかった。あの子、何日か前から田舎の家族とよく電話してた。ウイルスがどうとか言ってたけどな。まあ病気には勝てねえよな。
俺は大丈夫だけどね。
黒猫は魔女との契約に守られてるから。
長生きはそのせいでもある。
だからさ、そのへんで雨に濡れてる黒猫を見つけたら、どうか一晩でいいから屋根を貸してやってくれねえかな。猫と人間は歴史を共にしてきた。同じ世界の住人としてちょっぴりの優しさを分けて欲しいんだ。
何なら簡単な契約を結んでもいい。
俺の魔力を分けてやるよ。
そしたらウイルスなんてかからねえから。
な、頼んだぜ。
誰に言ってんのかって?
魔女の使い魔舐めんなよ。
インターネットの電波に乗せて、無差別に発信してんだよ。
いまごろ誰かのブログやらWEB小説が乗っ取られて、こんな俺のSOSが乗ってる頃さ。
くっくっく。
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