雀たちの井戸端会議

 目が覚めたのは雀の泣き声が煩かったからだ。

 アパートの二階の部屋は窓の外が電線と同じ高さで、雀たちが屯する場所になっている。


 ピーピーピー

 ぴゅるぴゅるるる


 集まった雀たちが特にハーモニーを奏でるわけでもなく鳴きまくっているのだ。

 べつに不愉快ではない。

 ただ前の日に遅くまで起きていて惰眠を貪りたい休日の朝には、少し煩わしくもある。まだ起きたくなくて、僕は布団を頭までかぶる。

 鳴き止ませるのは簡単だ。

 窓を開ければ雀たちは散り散りに飛び去っていく。

 だがそうすると何だか悪いことをしてしまった気持ちになる。

 ただ気持ちよくおしゃべりしていただけなのに、びっくりさせてごめんよ、と誰もいなくなった電線をみて寂しくなってしまうのだ。

 だから目が覚めてしまった時はちょっと息を潜めて耳を澄ます。

 彼ら彼女らが寄り集まっている姿を写真に撮ろうと思って、少しだけ窓に隙間を作ろうともしてみたけれど、そういう動きには敏感で、わずかにキィと音がしただけでバババーッと逃げていってしまう。

 そうなるのもやっぱり申し訳なくて、ただ耳を済ませることになってしまう。


 ピーピーピー

 ぴゅるぴゅるるる

 ピーチクピーチク


 残念だが音楽性は全く感じられない。

 どちらかといえばおばちゃんたちの井戸端会議に近い。

 リズムはあってもハーモニーはない。

 誰かの声に別の声が覆いかぶさり、また別の声は周りに関係なく同じ調子でピーピー言い続けている。

 やれやれという感じだ。

 だけど体の力を抜いてしばらくそれを聞いていると不思議と癒されているような気分になってくる。

(音そのものが気持ちいいんだ) 

 熟練の笛吹きがめいめいに集まってそれぞれ勝手に自分の音色を試しているようなことかもしれない。

 頭はすっかり醒めているけれど、目は閉じたままで僕は待つ。

 チューニングを終えた楽団が素晴らしいハーモニーを奏で出す瞬間に期待する。

 だがそれは始まらない。

 おばちゃんたちのお喋りは止むことを知らない。

 枕元のスマホを手繰り寄せ、カメラを起動した。

 何とかうまく録画でもできないだろうかと、また考えていた。

 そろり、そろりと窓を開け、何とか音を立てずに隙間を作れた。

 井戸端会議も止んでいない。

 僕はスマホのカメラアプリで録画ボタンを押した。

 すると録画開始のピコン、という電子音が鳴り、雀たちはその音でやはり逃げ去ってしまった。

 僕はまた彼らを記録することに失敗した。


 僕のアパートは木造で本当に古くてボロボロで傾いていて、風呂もついていなかった。ある年の台風の時、建て付けの悪い雨戸が風の勢いで外れてしまい、雨戸の役割を果たすことができなくなった。

 大家さんに相談して修理の業者に来てもらったが、

「枠がもうずれていていつでも外れる状態だから、窓枠の釘を打ち直す」

 という結論が出た。

 そのとき雨戸の戸袋を調べていた業者が

「あらー、ここ雀の鳴き声とか聞こえますか?」

 と言い出したので、

「そこの電線のとこによく集まってますよ」

 と答えると、業者は戸袋に手を突っ込んで引っ張り出した。

 その手にはわらがいっぱいに掴まれていた。

 僕が(なんだろう?)と思っていると、

「中に巣を作ってますよ」

 と業者が言った。

 どうやら雀たちがどこからかわらを集めてきて、僕の部屋の戸袋にみっしりと詰め込んでいたらしい。

「取っちゃいますね」

 と業者は言って戸袋に腕をつっこんで出せるかぎりのわらを掻き出した。

 しかし戸袋は開閉するようには作られていないので、奥にまで入ってしまったわらは取り出すのが難しいようだった。可能なかぎりのわらが取り出されると、業者は雨戸の収納の仕方について、雀が中に入りにくいような簡単な工夫を教えてくれた。

 僕はその時の指示に従って、戸袋の入り口に隙間ができないように雨戸を閉めるようになったけど、それ以来、雀たちの井戸端会議で朝の惰眠が遮られることはなくなった。


 いま住んでいる部屋には戸袋がない。

 それどころか雨戸がない。

 シャッターもない。

 窓ガラスが強化ガラスなのだ。

 道路が近いだけのごく普通のマンションだ。

 窓の外には電線はなく、お隣の建物とも距離がある。

 朝の井戸端会議はないが、夜になると隣の学習塾の帰りに駐輪場でひと騒ぎする高校生たちの無邪気な話し声がする。

 時々、あの時の朝の惰眠が懐かしくなる。

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