短編集2

cokoly

ツノが生えてくるかどうか問題

 あれは、なんだったかなあ。

 なんか特に意味はないけど集まったときの飲み会で、隣にいた彼が酔ってんだかどうかわからないノリで話し始めたんだ。

 そんぐらい私の記憶も適当な感じなんだけど、それがいきなり始まった話題だったのは覚えてる。その前にどんな会話をしていたのか全く思い出せないから、話の流れ的なものはきっと無かったはずなんだ。

 もともとアルコールに強い奴じゃないから、その日は珍しく酔ってんなあぐらいには思ってた。

 あ、二人とも学生で、ゼミの人+αみたいなメンツだったかなあ。


 木山圭一のグラスにビールを注いだときに一瞬目があって、別に変な感じもやな感じもしなかったんだけど、彼に取ってはそれがスイッチだったんだろう。

「俺の祖先、鬼だったんだよ」

 圭一はいきなり話し出した。

「……ん?」

「鬼」

「祖先が鬼?」

「そう」

 私はビールの瓶をテーブルに戻しながら反応した。

「それはー、お爺ちゃんとかお婆ちゃんとかがってこと?」

「さすがにそれはない」

 祖先が鬼だという現象についてありとかなしの基準はどこにあるのか皆目わからないけれども、ひとまず私は話の流れに乗ってみることにした。

「じゃあけっこう遡ったらってこと?」

「んー、何百年って感じらしいんだけど」

「家系図とかあるの」

「家系図はあるけどそこまで遡れてない感じ」

「じゃ何でそう思ったの」

「伝説があるんだよ」

「伝説」

「そう。鬼伝説。それが俺の祖先」

「ちょっと何言ってんのかよくわからないんだけど」

「やっぱそうだよね」

 彼はそう言ってひゃははと笑うと、手元のビールをちょびっと飲んだ。

 そして黙った。

「ちょっと待って、話おわり?」

「え? 聞きたい?」

 圭一は意外そうな顔をした。

 ほんとは酔ってないんじゃないかと、私はそのとき疑った。

 その疑いが私の口を滑らせたのだ。きっと。

「そこまで話したんだから、全部言いなさいよ」

「聞いてくれるの」

「聞く聞く」


 話を要約するとこういうことだった。

 圭一の生まれ育った村(超過疎地)には鬼にまつわる伝説があった。

 鬼はよく悪さをしたが、いたずら程度でちょっと寂しがり屋だった。

 あるとき村で火事が起き、それがけっこうな勢いで燃え広がったとき、鬼が駆けつけて燃え盛る家から村人を助け出し、火を消すのにも大活躍。

 それを見ていた土地の神主さんが聖なる力で鬼のツノを取った。

 その後鬼は人間として村人たちと一緒に暮らすようになった。


 実は話の途中でいったん飲み会はお開きになったんだけど、私は圭一を誘ってふたりで二次会をやり、話を最後まで聞いたのだった。この行動がのちに周りからの一方的なカップル認定を導いてしまうのだが、これは余談。

 話をしている間の圭一はまあ生き生きとしていて、普段おとなしい奴だと思ってたから、(こいつにこんな一面あったんだ)て感じで面白かったんだよね。けっきょく最後まで聞いちゃった。


「そんでね。そのとき神主さんがつけた名前が木山なの」

「ほう。そうきたか」

「山の鬼でね、鬼山だと鬼が残るから字を変えたんだって」

「あー、なんかそれ系の伝説っぽい話だね」

「でしょ。木山家はその流れなんだよ」

 圭一はそこでやっと言い切った感じになって、ふう、と一息ついた。

 私はすっかり話の流れに乗っかって

「てことはさあ、誰かが嫁に入ったんだね」

 と言った。

「そうなんだよ。すごいよね。鬼に嫁入りとか。知られてないけどウチの田舎、女の人が角隠ししないんだよ。村の英雄に失礼だからなんだって。ツノ取っていて何だよって話だよね」

「へー珍しいね。確かに聞いたことない」

「小さな村の風習だからね」

「じゃあ、木山は鬼の血を引いてるんだね」

 私がそういうと圭一はちょっと肩と声を落として

「そこなんだよ」

 と言った。

 何だか急に元気がない。急すぎる。

「どしたの」

「もしかしたらある日とつぜんツノが生えたりするのかもしれないんだ」

 どこまで本気なんだろう。

 私は測りそこねているが冷静ではあった。

 何だか本気で悩んでいるようにも見えるけど、だとしたらそれはそれで荒唐無稽な悩みでもある。木山くん、変なことで悩むな。

「私の目から見て、君はどこからどう見ても普通の人間なんだけど」

「俺もそう思う」

「じゃ大丈夫でしょ」

「でも俺にツノ生えたら嫌でしょ」

 私はちょっと考えた。そして

「なんか面白そう」

 と頭に浮かんだそのままを言った。

 すると圭一は急に笑顔になった。

 照れてるみたいだった。

 若干気持ち悪いと思ったくらいだ。

 まあ酔ってたんだろうな。こいつも、私も。

「じゃあさあ、鬼塚、俺と付き合って、来月あたりに俺の実家に来てよ」


 申し遅れましたが私の旧姓は鬼塚といいます。

 あれは今考えてもヘンな夜でした。

 めちゃくちゃ言い出した木山に女子の扱い方についてひとしきり説教してるうちに、何だか意味不明な好奇心が私の中に芽生えていたのでした。

 こいつと付き合ったら退屈しないんじゃないかっていう……

 まあ、魔が刺したんですきっと。

 とりあえず付き合うことにはなりました。

 だが実家は待てと釘を刺し。

 それから半年後になってようやく私は木山の実家を訪れまして。

 名前のせいか村民総出でめっちゃ歓迎された。


 それから月日が過ぎました。

 今日、彼のこどもが私のお腹にいることがわかりまして、まあいろいろ思い出したわけですよ。記念カキコみたいなノリです。

「生まれてきた子供の頭にツノが生えてたら、どうしよう」

 なんてことを冗談半分にお義母さんと話しながら、それはそれで面白そうだな、とやっぱり思う自分が嫌いじゃない。

 以上、鬼塚さんが鬼に嫁入りして鬼の子孫を産もうとしている話でした。

 めでたし、めでたし。

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