第6話 何をこの男は、かきまぜたのだろう?

 サンライズのメンバーは大抵が独身である。ヒュ・ホイのように妻子が居るという例は滅多にない。


「だいたいマーティさんに浮いた話一つないってのが不思議なんですよね」


と言うのが、その当のホイの意見だったが。


「や、俺だって、ここに入る前には恋人ぐらい居たんだぜ?」

「でもサンライズ入ったからフラれたんだろ? それじゃあ駄目駄目」


 ひらひら、とストンウェルはコーヒーを呑みながら手を振る。どういうつもりで言ってるのだか、とマーティもまたコーヒーに口をつける。

 何せこの同僚ときたら、昔はDDが居たからコモドドラゴンズに入ったのだと言うし、今は今で、マーティが入ったからサンライズからの打診に即座にOKを出したのだと言う。

 主体性が無い、という訳ではない。そういう性格ではない。ただもう単純に、かつてはDDという投手に。

 そして現在は―――

 そのあたりをあまり深く考えると何やら怖い考えになってしまいそうなので、マーティはあえて避けていた。

 別にそういう感情であったとしても、驚くことは無い、と彼は思っていた。「冬の惑星」ではごくごくありふれたことであった。一過性の者も居たが、そのまま当時の相方とずっと続いている者も居る。

 まあそれはそれでいい、と彼は思う。その時それが必要な者は確かに居たし、その後までそれが必要な者も居るのだから。

 では自分は、と言えば。

 マーティは自分自身の傾向はヘテロだと思っている。とりあえず同性に欲望を感じることは無い。

 だがもし誰かから明け透けに感情をぶつけられたら? 果たして自分がそれに対して、強く断ることができるだろうか、と思うと、それはやや怪しいものだった。

 確かかつての自分は、この同僚を「エッグ・ビーダー」……泡立て器、と呼んだのである。

 何をこの男は、かきまぜたのだろう? 

 ぼんやりとした記憶しかそのあたりには無い。困ったことに。当時の自分が逃げ出したかった「何か」と関わってはいるのかもしれないが、……推測の域を出るものではない。


「一卵性なのか?」

「や、二卵性。髪の毛とか色違うじゃないか。そりゃあまあ、パーツは似てるけどさ。同じ親だし」

「ああ、だからストンウェルさんの方が背……」


 無論その言葉を言いきる前に、ダイスの頭ははたかれるのだった。


「そう言えばさ」


 ストンウェルはホテルの前の道路に立てられた停車装置に手を触れた。

 他の惑星だったらパーキング・メーターと間違われそうな形をしたそれは、道路に30m間隔くらいで立っている。

 す、と一番近くにやって来ていたエレカが彼等の前に止まる。小さな、黄色い車は無人だった。


「噂には聞いてたけどさ……」


 へえ、とストンウェルは座席の他に何も無いその車内に驚く。


「何かおもちゃの様だな」


 用事が済んだらすぐに球場入りできるように、ということで着ているユニフォームとスタジアム・ジャンパーが青だけに、そのおもちゃ度は倍増していたとも言える。


「何でもさ、ここの公共交通機関ってのは、結局『道』なんだとさ」

「道?」

「そ。道が勝手に車を動かしてくれる訳よ」

「はあん、それでさっきのパーキングメイターのような奴で、お前、呼んでた訳か」


 止まったままの車は、行き先を彼等に要求していた。ストンウェルは兄の泊まっているというホテルの名を告げる。車は音も無く、滑り出した。


「そう言えばストンウェル、お前の兄さんって、何やってる人なんだ?」

「兄貴? 営業マン。って言うか、まあ、鉱山会社の方らしいからさ、営業って言っても、ずいぶんと現場に出てることの方が多かったらしいけど」

「鉱山」

「ミリオン星系に行ってた、って言ったけどな」

「へえ」


 鉱物か、とマーティは目を細める。かつてはさんざん相手にしたものだった。


「だから昨日なんか、あーんなスーツ着込んでたけどさ、まあだいたい向こうとかでは、作業着とかジャンパーとか、そんなものばかりだったろうなあ……だいたい兄貴の場合、スーツなんかは、肩幅とかありすぎで、特注だとか言ってたからなあ」

「確かに、作業服の方が似合いそうだ」


 全くだ、とストンウェルは笑った。


「でもスポーツとかはやってないのか? いい筋肉してそうだったが」

「昔はね。俺と一緒に、ジュニア・ハイやらシニア・ハイやらではベースボール・クラブに入ってた。俺がピッチャーで、奴は四番バッターって奴」

「打つ側か」

「昔っからあいつは力あったからなー」


 だろうな、とマーティは黙ってうなづく。


「俺等の惑星は、レーゲンボーゲンと違って、割と帝国の統一後はずーっと平和だったからさ、大会もコンスタントにあったりして、強弱ピラミッドなんかもあったりした訳よ」

「ほー」


 それは自分の故郷(らしい)ところとは違う(らしい)な、とマーティは思う。


「だからウチの惑星の、シニア・ハイの大会なんかでいいとこ行くと、もうASLの各チームのスカウトが乗り込んできたりしてる訳よ。で、俺や兄貴もスカウトされて、まあ結局、入ったのは俺だけだったけど」

「その上の兄さんってのは?」

「何であんた知ってんの?」


 え、とマーティは一瞬顔が引きつるのを覚える。そう言えば、昨日聞いたのは、ミュリエルが仕掛けた盗聴器ごしの会話だったのだ。


「……や、お前、前に言ってなかったっけ。上にもう一人兄貴が居るって」

「……言ったかなあ」

「きっと言ったのさ」

「……ま、いいか。うん、もう一人上に居るんだけどさ、……あーのーひーとーはなー……」


 うううう、とストンウェルは詰まる。


「何、言いたくないような人なのか?」

「や…… 凄すぎて言いたくないって言うか」

「凄すぎて?」


 そう言えば、昨日の会話でも、何やらこの兄弟が頭が上がらないようなことを言っていた気がする。


「タイドって名前なんだけどよ、俺と兄貴の場合、俺が投げてジャスティスが打つ、って感じだったんだけどさ、あんひとはどっちもできたんだよなあ……」

「でもそれは良くあることだろ」

「や、だけどなあ…… それであんひとは、一度コモドにスカウトされてんだよ。あんたが入団したのと同じ年、だったかな?」

「それは……」

「ま、あんたが覚えてる覚えてないはいいよ」


 それは判っているから、とストンウェルは言外に含める。


「ただタイドは、その時スカウトは断ったんだ。プロで充分やってく実力はあったんだけど、堅実な方がいい、とかで企業に入って、ベースボールはそれっきりだったかなあ……」

「へえ……」


 タイド・ストンウェルという名は確かに、昔スカウトされた選手の中にあった。

 いきなり何なの今はこっちは真夜中だよ、という向こう側の懐かしい声に謝りつつ、データを頼んだら、確かにその中に。


「企業ではやらないんだ?」

「……いや、その企業ってのが……」


 ストンウェルは口ごもった。そしてポケットから昨日買った「インビンシブル・アルマダ」を出すと、窓を開け、火をつけた。


「ここの煙草ってなあ…… 何っか軽いんだよなあ」

「まあ仕方ないさ。禁煙惑星でないだけ、お前ましだろ」


 ちぇ、とストンウェルは舌打ちをする。

 何やらはぐらかされた様な気はするが、まあいい、とマーティは思った。仲間に頼んだデータは、もう少ししなくては続きが来ないのだ。


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