第7話 「パンコンガン鉱石、ってご存じですか?」

「や、おはようございます。狭苦しくなってすまんですね」


 ホテルの前に着くと、ジャスティス・ストンウェルは大きなトランクの上に座って足を組んでいた。

 昨日と違い、スーツではなく、ダークグレイの丈夫な素材のジャンパーを身につけている。履いているのも、動きやすい、ゆったりしたズボンに、がっしりとしたブーツだった。

 トランクなのは、その中にスーツが入れてあるせいか。もしこれがリュックや他の不定形なバッグだったら、彼が営業でこの地に来ていたなど、誰も考えつかないだろう。


「荷物はそれだけですか? え…… と」

「名前の方で呼んでくれるとありがたいね」


 葉巻を口にしたまま、ジャスティスは不敵に笑った。


「OK、ジャスティスさん、結構身軽ですね。遠方からはるばるの割りには」

「こいつはいつもそうなんだよ、トランク一個であちこちを飛び回る」

「お前にそれが言えた義理かよ」

「何い?」


 ははは、と後部座席に移ったマーティは乾いた笑いを立てた。血の気の多さは確かに似ていた。


「あ、それにしても、マーティさん、いつも弟が本当、世話になってますわ」

「あ、いやいやそれはこっちも……」


 多少社交儀礼的に言葉を返すと、ジャスティスはぐい、と後ろに身体ごとむけて、指を立てる。


「いやあ、こいつ扱いづらいだろ」

「お前何言ってんだよ」

「扱い…… まあ、確かに」

「あんたまで何だよ~ 兄貴お前、何時の便?」

「あ~共通時で10時半かな。まあそのあたりで出れば、明後日の午後の会議には間に合うだろうしよ」

「……って何処まで行くんだよ」

「コントラスト星系だ。何っか今あそこで、変わった鉱石が発見されたとか何とかでなあ、早いとこ行って、向こうのスタッフ召集して一気に攻め込まねえとな」


 言いながら彼は、指無し手袋をはめた手をぐっ、と握りしめた。


「……まるで戦争のような言い方ですね」


 マーティはははは、と乾いた笑いを立てながら言う。するとジャスティスはふっと笑った。


「戦争さ」

「兄貴」

「これは、俺等の戦争だ。や、俺の、というべきかね。お前もそうだろ、ノブル。グラウンドが、お前等の戦場だろ?」


 それはそうだ、とマーティは思う。特に、スポーツの世界は、「代理戦争」の意味合いも強い。

 ただ、この人の言っているのは、それだけではない、と彼は思った。


「覚悟を決めて、ここで生きてくんだ、と思ったところが、戦場だ。生き抜くための場所がよ。それが俺には、今の仕事だし、お前はお前で、ベースボール・グラウンドなんだろ?」

「ああそうだ」


 ノブルは大きくうなづく。


「俺はそれを選んだ。それに関しては後悔してねえぜ」

「だろ?」


 にやり、とジャスティスは笑った。


「ただなあ、ホント、ノブルお前、一度実家に言っておけ。じゃねえと、お袋はともかく、兄貴のとばっちりがこっちにも来そうで怖えんだ」

「……そんなに、あなた方のお兄さんってのは怖いんですか?」


 マーティは改めて問いかけた。


「……」

「……」


 双子の兄弟は、顔を見合わせて黙った。


「……何って言うか……」

「……なあ……」


 そこまでこの兄弟を怖がらせる「兄」というのがどんな人物なのか、マーティは見たいような気がしてきた。

 自分には「兄弟」は居ない。記憶にも存在しないし、「資料」にも無かった。

 だから、だろうか。ついチームの年下の選手達が弟の様な感じがして、かまってしまうくせがある。

 だが実際の「兄弟」を見ると、それとはやはり違うのだな、と感じさせられることもしばしばある。そんな時、自分はやはり天涯孤独だったのだな、と思わずにはいられない。

 無論それを嘆く訳ではない。あくまで軽い、あっさりとした感情だった。


「……そういえば、ジャスティスさん、その『変わった鉱石』というのは、どういうものなのですか?」

「それは企業秘密だなあ」


 がははは、とジャスティスは笑った。


「いいじゃないか。どーせ俺達はそんな、お前んとこの鉱物には関係無い立場なんだしさ」

「昔、ちょっと採掘現場に居たことがあるんで、興味があるんですよ」


 ほお、という顔でジャスティスはマーティの方を向いた。


「採掘現場、ですかい」

「マーティ?」


 間違いでは、ない。それが強制労働だとしても、作業そのものには変わりはない。


「なるほど、なあ」

「何がなるほど、だよ」


 ふう、とジャスティスは煙を外に吐き出す。


「や、俺は、マーティさん、あんたと良く似てた人を知ってた様な気がするんですがね」

「まあ似た人はあちこちに居ますからねえ」


 さらりとマーティは流す。


「そう、だからまあそうなんだろうさ。あんたの筋肉の付き方は、スポーツ選手よりは、俺が良く見てきたあっちの連中に近いんだよな」

「おい兄貴、失礼だぞ」

「何が失礼だよ。向こうの連中は連中で、その仕事を一生懸命やってるんだ。失礼って言うなら、お前の方がその人達に失礼というものだぜ、ノブル」


 弟はそう言われて言葉を無くした。


「そうですか。やっぱり判るんでしょうかね」

「で、あんたは何の鉱石を採掘してたんですかね、マーティさん」

「パンコンガン鉱石、ってご存じですか?」



 ゲートをくぐるとその先にやや長いエスカレーターが待っている。一度上に上がり、そこで簡単な出星審査を受けてから船に乗り込むのだ、という。


「行っちまったなあ、兄貴」


 ふう、と腰に手を当て、ノブルはため息をつく。


「久しぶりのおにーちゃんが、恋しいかい?」

「や、そういう訳じゃあないんだけどさあ」

「じゃあ何だよ。俺はきょうだいってのが居ないから、良く判らないんだが」

「奴もDDのファンではあったんだよ」

「え?」


 ノブルは固い髪をかき上げた。


「そらまあ、俺ほどじゃあ無いけれどさ、何せ当時のあんたときたら、とんでもなかった」

「……」

「俺達はちょうどジュニア・ハイとかシニア・ハイだ。そういう頃のベースボール好きのガキにとっちゃ、……なあ」

「言ったのか? 言いたくなったのか? 俺がそうだ、って」


 マーティは苦笑する。


「いや」


 ノブルは首を横に振った。


「今のあんたはマーティ・ラビイだ。それ以外の何もんでも無い。兄貴の言った様に、筋肉の付き方もがらっと違ってしまってる。だからこそ、今の使い方も良く合ってる訳だしさ」


 まあな、とマーティはうなづいた。

 確かにそうなのだ。良くも悪くも、あの「冬の惑星」に居た時間は、彼の中身だけでなく、身体もある程度変えてしまっている。

 今の自分は果たして先発完投ができる体質かどうか、それすらも判らない。

 過ぎてしまった時間は、決して戻ることは無いのだ。


「ま、戻るとするか」


 二人は出口に向かって歩き出した。ゲート側から対角線に突っ切るのが一番速い……そうノブルが足を向けようとした時。


「お」


 ふと気付いたように、マーティの足は反対側の売店へと向かっていた。


「何だよあんた、いきなり。早く行かないとここの車の遅さときたら」

「や、何かもしかして」


 彼は売店のカウンターに並ぶガムの箱を一つ一つ確かめる。


「おねーさん、このガムって、スカーレット社の新製品?」


 売り子の女性は、男前の営業スマイルに一瞬顔を赤らめる。そして彼等の着ているスタジアム・ジャンパーに更に目を丸くする。


「え、ええそうですわ…… 新製品です。はい」

「じゃあそれ、二つ…… や、三つね」


 みっつ? とノブルは呆れた様に声を立てる。一つはまあ、後輩へのオミヤゲとしても。


「……何、あんたそんなに買い込んでるんだよ」

「や、そんなに膨らむんだったら、俺も一度試してみたいなーと……」


 呆れた、とノブルはポケットをまさぐって、煙草を取り出す。


「あれ、お前、いつものプリンス・チャーミングじゃないのか?」

「何あんた、今気付いたのかよ」

「無敵艦隊(インビンシブルアルマダ)か。何かまた物騒な名前だな。いつもの王子様(プリンスチャーミング)の名前とは大違いじゃないか。しかも何か、……妙な色だなあ……」

「切らしたんだ。昨日言ってたろ」


 そう言えばそうだった。その時にジャスティスが来たので、その騒ぎに取り紛れて忘れていたが……


「それに何か、この惑星の場合、煙草に使う用紙と色ってのが決まってるらしくてさ、下手に白い紙巻き吸ってると、何かドラッグと間違われるとか……」

「へえ」

「さすがに俺もそういう間違われかたはしたくないぜ。ただでさえ、何っかこの惑星、俺達に敵対心持ってそうでなー……」

「いやさっきの女の子はそうでもなかったようだけど」

「そりゃああんたは色男だから」

「……や、それはいいんだけど」


 マーティの視線は、別の方向にあった。


「白い紙巻き、か……?」

「何?」


 ほら、とマーティはあごをしゃくった。つられるようにノブルもそちらを向いた。ぴったりとした帽子を目深にかぶった男が、白い紙巻き煙草を吸っていた。横には、ゴルフだろうか、ヒットボールだろうか、そんなスポーツの道具を入れるバッグを持った女がついている。


「マーティ、何かおかしいぜ」

「何が」

「ああいう吸い方は、……煙草じゃないぜ」


 彼は弾かれた様に男を見た。すると今度はその男は、女にも白い紙巻きを渡し、自分の火を渡してやっている。端からみれば、何ってことない、喫煙カップルではある。

 火がついた途端、女はその煙を思い切り吸い込んだ。


「……」


 マーティは視力が良い。女のその瞬間の、とろりとした表情も見逃さなかった。


「二人…… だけか?」


 ちら、と彼等は周囲を見渡す。ただの危惧であってほしい、と彼等は思う。何せ時計は十時を既に二十分は回っている。このままだらだらと居続けては、十三時の試合に間に合わない。


「……とっとと行くか」

「……おう」


 顔を見合わせて、この際何があっても見過ごそう―――

 そう、思った時だった。

 

 ばん!


 銃声が響いた。

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