第5話 翌朝は良い天気だった。

「おおーっ。試合日和だぜ」

「……何だよマーティ…… 今日は俺、登板は無いんだぜ……」


 ストンウェルはもぞもぞと毛布の中からつぶやく。開けた窓の光が目に入り、目を覚まされてしまった。


「確かにな」


 そう言いつつも、しゃっ、と窓際のベッドに陣取っていた彼はカーテンを一杯に開ける。

 大きな窓からは朝の日差しが強烈に降り注いだ。


「やっぱりなあ、いい天気でいい具合の気温の朝ってのは、気持ちいいもんだぜ」

「……へいへい」


 低血圧なのか、寝起きが悪い男は、のそのそとベッドから這い出す。う~、と頭を振ると、のっそりとシャワーを浴びに行った。

 今回この惑星「エディット」でも、選手は二人一組で部屋を割り振られている。事情によっては個室のこともあるが、遠征はそのパターンだった。

 そして大抵、この寝起きの悪い男を起こすのは、マーティの役割の様になっていた。

 マーティ自身は、寝起きも良ければ寝付きも良い。深酒もしないし喫煙もしない。健康に気を使うこと、選手のお手本の様だが、本人はそれをさほど苦ともせずにやっている。

 身に付いた習慣って怖いよな、と彼は時々思う。

 朝夜明けとともに起きる。すぐに身体を覚まさせる。食べ物の好き嫌いなんて言っていられない。栄養は摂れる時に摂れ。寝ても構わない時間になったらとっとと寝る。体力温存のために。

 自分のずっと昔、がどんな生活パターンを送っていたかは判らない。現在のそれは、結局、「冬の惑星」に居た頃の名残だった。

 それがいいかどうかは判らない。そしてどっちでもいい。既にそれは自分の中に染みついてしまったものであり、確かにその通り過ごしている限りは、自分はこの年齢にしてはまだまだ体力のある方なのだから。


「おいストンウェル、寝てるなよー! お前今日確か、兄貴を送ってくんじゃなかったのか?」


 張り上げる声に、浴室からぴしゃ、と音がした。

 どうやら本当に寝ていたらしい。はあ、とマーティはため息をついた。

 それにしても。彼は昨日の彼等の会話を思い返す。

 どうやら、あのストンウェルの双子の兄は、かつての自分=DDに会ったことがあるらしい。無論マーティには覚えが無いのだが。

 だいたい自分が入った年の、他にスカウトされて来た奴の、更にその身内なんて、……記憶処理されていなくても、そうそう覚えていないものではないだろうか。かなり昔である。

 しかしそれは、その時の自分が多くのファンを相手にしているような立場だったからで、逆に立てば、それは貴重な体験だったのかもしれない。


「あ、そーいえば、あんた今日、出る予定ある?」


 ひょい、と頭にシャボンをつけたまま、ストンウェルは扉から顔を出した。黒い短い髪からぽとぽとと水滴がカーペットに落ちる。


「そりゃあ俺はお呼びがあれば、だろ。お前だって一応ベンチには登録されてなかったか?」

「登録はされてるさ。ただちょっと、今日宙港まで兄貴を送って行こうと思うからさ、あんたも来てくれないかな、と思って」

「俺が?」


 やや白々しくも思うが、マーティは問い返す。


「そ。何かあんたに興味あるらしいよ」


 くくく、とストンウェルは笑い、再びバスルームへ戻った。


 興味、ね。


 マーティはふと思い立って、携帯端末を取り出し、覚えのあるナンバーを押した。


「……あ、俺。久しぶり……」



「あーっほら、あそこあそこ!」


 ダイスの声が食堂に響いた。何だよ、とテディベァルとトマソンが一斉に振り向く。指さす方向には、大きなTVスクリーンがあった。


「……何だよ、朝っぱらからお前元気だよな」


 トマソンがのっそりとつぶやく。画面には、女性の下着のCFが流れていた。


「違うんですって、例の風船ガム!」

「まだ言ってるのお前~」


 頬杖をつきながら、テディベァルは目の前の太いソーセージをぷしゅ、と突いた。


「だって本当だったんですよ」

「おいおいダイちゃん、何また言ってるの」


 隣のテーブルに付きながら、マーティはダイスの肩をぽん、と叩いた。

 このルーキーが自分を結構敬愛しているのは知っているので、こういった朝のちょっとしたスキンシップはかかさないことにしていた。

 案の定、ダイスはいきなり顔一杯に笑顔を浮かべる。


「だから昨日俺言ってたCFが今流れたんですよ~」

「はいはい。何ってメーカーの奴なんだよ」

「何か、ここでは有名らしいですよ、スカーレット社の新製品だって」

「肝心の名前覚えてねーんだもんよー、こいつ」


 テディベァルは向かいに座るダイスのおでこをぴん、と弾く。


「痛いじゃないですか~」

「悔しかったらやってみろ」


 けけけ、とテディベァルは笑った。


「名前はいいから、何か箱とか特徴なかったか?」

「箱…… ああ、赤いんですよ。で、細身で」

「スカーレット社の、赤の細身の、新製品、な。ふんふん」

「ってあんた、何やってるんだよ」


 ぐい、とマーティの対面に座るストンウェルは驚いてのぞき込んだ。手の甲に彼はサインペンで書き込んでいたのだ。


「や、どーせ俺達今日はちょっと練習前に宙港まで行くんだろ? だったらついでにどっかで見つけたら買ってきてやろうかと思ってさ」

「あんたほんっとうにこのガキに甘いんだから……」

「そうガキガキ言わないで下さいよ」


 ダイスが反論する。


「二十歳前なんだろ? まだガキガキ」


 全くもう、とダイスは食事を再開する。


「あへ、りゃあんららち、今日練習は遅れへふるほ?」


 口の中をソーセージで一杯にさせながらテディベァルがもそもそと問いかける。


「まあちゃんと時間には戻る様にするさ」

「守って下さいよ! いくらあなた達が出番無かったとしても、登録してるメンバーがベンチに時間までに居ないと、没収試合なんですからね!」


 ホイは決して大きくはないが、鋭い声で言った。はいはい、とさすがにマーティもストンウェルも、この「女房役」には頭が上がらなかった。チームの常識、良識、良心と呼ばれているのが、彼なのだ。


「……やっぱり家庭持ちの意見は鋭いのよねえ」


 浮いた話に無縁な男達は、ため息半分、やっかみ半分でつぶやくものだった。

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