第4話 「人生は一度で、しかも長くはない」
「お前がDDに最初に会ったのもその時じゃないか」
「そうだったかなあ」
ノブルはひょい、と兄の言葉をかわす。
基本的にこの双子の兄に嘘は通用しないことは知っているから、言葉的には曖昧にしておく。
「兄貴がコモドにスカウトされた年、やっぱり入ったのが、まだずいぶん若かったDDでよ。タイド兄は断ったけれど、コモドのそん時の上役はずいぶんいい人でよ、俺達にも何回か試合を見に行けるって回数券をくれたじゃないか」
「ああ、それは覚えてるよ」
そしてその時に、ひどく楽しそうに練習場に走っていった青年の姿も。
「結局ノブル、お前俺の倍、通いやがってよ」
「お前がじゃんけんに弱いのが悪いだろ、兄貴」
るせえ、とジャスティスはテーブルを叩いた。その弾みでコーヒーカップが倒れた。すいません~とノブルはウェイターを呼び、お代わりを頼んだ。
「それであれからずっとお前は彼のファンだったよな。だからあのチームにも入った」
「まあね」
それは正しい。ノブル・ストンウェルにとって、プロに入るということは、そういうことだった。
この双子の兄は、シニア・ハイの時に、自分と一緒にハイスクール・カップでいい線まで行ったのに、スカウトを断って、タイド兄と同じく、堅実な企業の方へと走った。
だが自分は―――
「だが、彼が失踪した時に、即座に辞めるかと思ったらそうでもない」
それも、そうだった。
DDは、彼が一緒のチームでプレイするようになって、まもなくと言っていいくらいの時に、いきなり失踪した。
少なくとも、当時のノブルにとっては、そう見えたのだ。誰が、遠征先で政治犯と間違われた、なんて考えるだろう?
だから彼はしばらく、信じられなかった。失踪。
でかでかと報じるマスコミに、思わず暴行を働いたこともある。いい加減にしろ、と顔に青筋を立てて。
「待ってたのか?」
「まあそれもあるけど。でも俺だってベースボールそのものが好きだったからさ。ねえ」
*
嘘だ。
と、その時ふとマーティは思った。
*
「その割には、コモドがあーなっちまった時には、さっさとお前、捨てたな」
かつてナンバー1リーグにまで上がったチームは、ヒーローの消滅を機に、どんどん人気と成績が落ちて行った。
やがてそれは、興行成績にも響き、経営不振―――身売りへとつながっていったのは、ベースボール好きには有名な話だった。
「ま、そもそもその頃にゃー、向こうも俺を切りたがってたからな。ビリシガージャ監督も交代させられたし。あのおっさんは俺結構好きだったけどよ、後がまがなー」
「そこだ」
ぴ、とジャスティスは太い指を突き付けた。
「何でそのタイミングなんだ? お前」
「何でって」
「そんな時期に出たところで、何の得がお前にあった?」
「別に。得も損も。俺はただ、その時は何かもう居るのは何だしなあ、と思っただけだよ」
さらり、とノブルは答えた。
「本当か?」
「本当だよ。嘘に感じるか?」
ジャスティスはくわえた葉巻を噛みつぶす勢いでじっと弟を見た。
「嘘はついてないようだな」
「当然だろ」
嘘ではない。確かに。
ノブルは思う。
内容はともかく、嘘をついているかとどうか、はこの兄には隠せないのだ。それは自分も同様だったが。兄は自分に嘘はつけない。隠せない。
それまで長い期間居た所を辞めることを決意するのは、結構すこん、とした一瞬である。ある一瞬を越えてしまうと、考えはもう「続けるためにどうすればいいのか」ではなく「次はどうしよう」に向かうのだ。
「それでお前、その後どうしてたんだよ」
「何も。適当に仕事見つけて、食える程度にはやってたさ」
「本当か?」
「だからこーやって生きてるんだろ。お前程じゃあないが、兄貴、俺だって食ってくためになら、着たくもねえ服だって着たし、肉体労働もしたし、営業で飛び回ったりもしたさ」
「ふん」
ふっ、と勢い良くジャスティスは煙を吐き出した。
*
「営業ですか…… 似合いませんねえ」
「何なに、ストンウェルさん、営業やってたことあるんですか?」
ミュリエルのつぶやきに、ダイスが聞きつけて飛びつく。
「みたいだね」
「あーでも、あのひとなら結構イケるかもなあ」
テディベァルは相変わらず手放しでちゅ、とジュースを吸いながら天井を向く。
「俺は無理だなあ」
「マーティさんが無理? そんなことないでしょ」
「や、マーティは駄目ですね」
「何だよ、先生、その根拠は?」
「いや、勘ですよ」
ははは、とミュリエルは静かに笑った。
勘ねえ。
マーティはその大きな肩をすくめた。確かに自分にはできそうにない、と思う。それはそれでいい。結局野球馬鹿だった訳で。それだからこそ、こうやってグラウンドに戻ってこれた訳で。
「そう、結局あのひとの場合、その期間が謎なんだよなあ……」
テディベァルは指を鳴らす。
「その期間?」
「だからよダイス、あん人がコモド辞めて、その後にウチに来るまでって、ちょっとあるじゃんかよ。その間営業とかやってた、って言ったってさあ」
「まあストンウェルがひと所そういう職で長続きするとは…… 私も思えないですねえ」
「俺もそれには同感だよ」
マーティはうなづく。
「ヒノデ夫人に聞けばまあ、それなりに判るかもしれないですがね」
ひらひら、とマーティは手を振る。
「やめとけ。あのひとのことだから、そういうのは仲良くなってご自分でお聞きなさい、とやんわり言われてしまうがオチだぜ」
それもそうだ、と皆でうなづく。
そもそも、自分を呼び寄せた経路にしたところで、結構謎はまだ残っているのだ。
アルクでのクーデターの成功で、協力者として彼はマーティ・ラビイとして籍を再取得した。
その後、彼はしばらく、協力していた反政府組織の一つ「赤」の代表の元で「仕事」をしていた。
相棒がその「赤」の代表ウトホフトの表に持っている店のウェイターをしていた、という関係もあったが、彼自身の仕事は相変わらず「裏」であったことには間違いない。
ヒノデ夫人は、一体「表」と「裏」と、どちらの代表ウトホフト氏と話をつけて、自分を手に入れようとしたのだろう。
まあ無論、どちらであっても、おかしくはないのだ。
ヒノデ夫人率いる「サンライズ」はアルク指折りの大手食品産業である。「表」でも「裏」でもそれなりに「顔」であることは間違いないだろう。
ただ「DD」はともかく、「マーティ・ラビイ」は「裏」でなければ探せなかったのではなかろうか。
同じことがノブル・ストンウェルに関しても、全く言えなくはない。
*
「まあいい」
ジャスティスはぐい、とまた葉巻を押しつける。
「ただ納得できねえことをするな」
「判ってるさ。人生は一度で、しかも長くはない」
「そうだ」
にや、とジャスティスは笑った。
「しばらく、この惑星に居るのか? それともレーゲンボーゲンへ戻るのか?」
「や、今ロード中だから、明々後日ここを出発するんだ。明日でここのゲームは終わりだから」
「そうか」
「お前はどうなんだよ、兄貴」
「俺か? 俺は明日発つ。こっちの仕事は今日片づいた」
「へえ。首尾はどうだい」
「聞くか?」
ノブルは黙って首を横に振った。
「成功、だろ?」
「間違いだ。大成功、だぜ」
はははは、と二人は声を立てて笑った。
「俺今日先発だったから、明日は出る予定はねえんだ。何時だ? 宙港まで送ってくぜ」
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