第191話 『夢への邁進』

 夕食後に自室にリリィを招いて談笑をしていると、ノックの音が聞こえた。


「メル嬢ちゃん、入っても大丈夫かい?」

 声でエリンシアだと分かったメルエーナは急いでベッドから腰を上げて、部屋のドアを開けに向かう。


「どうぞ、エリンシアさん」

 静かにドアを開けると、笑顔のエリンシアが、「お邪魔するよ」とメルエーナの部屋に足を踏み入れた。


「うんうん、いいねぇ。小物類や家具なんかの選び方といい、いかにも年頃の女の子の部屋って感じだ。まったく、うちのバカ弟子に見習わせたいよ」

 エリンシアはざっとメルエーナの部屋を見回して、にっこり微笑む。


 取り立てて珍しい物のない普通の部屋だと思うのだが、必要最低限のものしか置いていないジェノの部屋に行って来たばかりだから、普通の部屋を見て安心したのかもしれないとメルエーナは察する。


「むぅ~。お師匠様、私の部屋だって十分女の子らしいじゃあないですか!」

 メルエーナのベッドに腰を掛けているリリィが、エリンシアに文句を言う。


「あんたの部屋は品がないんだよ。それに、彼氏に見せるつもりなんだろうけれど、ベッドの上にあんな下品なタイツを……」

「わぁっ! その話は言わないで下さいよ!」

 仲の良い師弟のやり取りに、メルエーナはクスクスと微笑む。


「さて、馬鹿なことをするのはここまでだよ、リリィ。準備は終わっているんだろうね?」

 メルエーナの笑みに相好を崩していたエリンシアだったが、真剣な顔つきに変わる。


「はい。もちろんです!」

 リリィは静かに立ち上がり、手のひらより少し大きい、縦長の紙を何枚か肩掛けカバンから取り出し、エリンシアに渡す。


「うん。呪符の作り方はだいぶ良くなってきたね。もう少し頑張れば、店で販売できそうだ」

「ふふ~ん! それはもう、毎日努力していますから!」

「こらっ、そうやってすぐ調子に乗るんじゃあないよ。呪符は飽くまで初心者用の『魔術』に使う物だ。『魔法』を使いたいのなら、こんなものに頼らなくても火の一つでも具現化できるようになるんだね」

「ううっ、少しくらい褒めてくれてもいいじゃあないですかぁ~」


 二人のやり取りを聞いていても、門外漢のメルエーナには、『魔術』と『魔法』の違いというものがまるで分からない。

 かろうじて、以前ジェノが話してくれた昔話の中に、紙を使って狼を作り出している人が出てきたことを思い出すのがやっとだった。

 けれど、話を思い出して少し怖くなってきてしまう。


「あっ、あの、エリンシアさん! その紙が、狼に変わって噛み付いたりしないですよね?」

 不安にかられて尋ねると、エリンシアとリリィは驚いた顔をする。


「メル。そんな難しい『魔術』の事をどうして知っているの?」

「ああ。リリィの言うとおりだよ。今時、そんな魔術の存在を知っているなんて珍しいよ」

 二人に不思議そうな顔をされて、メルエーナはどうして知っているかを話さざるを得なくなってしまった。


「……へぇ~。ジェノさんの昔話に出てきたんだ」

 簡単に説明すると、リリィは納得してくれた。


「そうかい。ジェノ坊やも色々とあるんだねぇ……」

 エリンシアも納得してくれたが、一瞬物悲しそうな顔をしたのをメルエーナは見逃さなかった。

 でも、どうしてそんな顔をしたのかは分からない。


「まぁ、話を戻すよ」

 そう言い、エリンシアは笑顔で呪符というものを説明してくれた。


 それによると、この呪符というものは、様々な魔術を使うための道具なのらしい。

 

 メルエーナが知っていた使い方である、それ単独で獣に変化させることもできれば、何枚かを利用して、複雑な魔術を使用することもできるのらしい。

 そして、今回は後者の使い方をするのだという。


 エリンシアの指示で、リリィが部屋の壁に五枚の呪符を貼り付けた。

 糊も使っていないのに、何故かリリィが短く何かを呟くと、それはピッタリと張り付き、そして壁紙の色と同化していく。


「凄い……。凄いです、リリィさん!」

 魔法……いや、魔術なのだろうか? よく分からないが、普通の人間では不可能な事を当たり前のように行うことができる友人の姿に、メルエーナは感動する。


「ふふっ。普通は魔術や魔法を使っている所は見せないんだけれどねぇ。何をしたのか分からないというのもぞっとしないからね。今回は特別だよ。ただ、口外はしたら駄目だからね。このことも、そして、さっきのジェノ坊やの話もね」

 やんわりとだが窘められて、メルエーナはもう二度と、魔法や魔術に関することを他人に話さないようにしようと心に誓う。


「よし、これで完成です! どうですか、お師匠様?」

 リリィは得意げに満面の笑みを浮かべる。


「……隠蔽が少し甘いねぇ。ただ、さすがこの私が教えているだけのことはある。おそらく、アカデミーに通っている同い年の連中よりは数段上だよ」

 エリンシアはそう言って静かに瞳を閉じる。

 すると、リリィが貼った呪符は穏やかな緑色の光をまとったかと思うと、また壁紙と同化した。


「今回は妖精が相手だからね。用心を重ねたほうが良い」

「さすがお師匠様……。もう完全に魔術の痕跡が分かりません」

 二人のやり取りの凄さは分からないが、メルエーナは、友人が確かに自分の進みたいと思った邁進していることを理解し嬉しくなる。


 けれど、自分も負けていられないという気持ちになる。


(そうです。リリィさんはもう少しでお店に出せる商品を作り出せるほど成長しているみたいですから、私も負けられません! それに、リリィさんはその上、もう素敵な彼氏さんまで……)

 自分も頑張らないといけない。それは、一人前の料理人になることはもちろん、ジェノに振り向いてもらえるような女性になることも含まれているのだ。


「リリィさん、凄いです。私も負けないように頑張ります!」

「ははっ。メルにそう言ってもらえる日が来るなんて思わなかったなぁ。でも、正直、すごく嬉しい。お互い、これからも頑張ろうね」

「はい!」

 元気よく返事をするメルエーナと、はにかみながらも嬉しそうなリリィ。


「うんうん。若いってのは良いことだよ」

 そんな若い二人を、エリンシアは眩しそうに、そして微笑ましげに見ているのだった。

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