第181話 特別編⑤ 『仮装と乙女心』(中編【リリィ案】)

 この四人の中では唯一の彼氏持ちの、リリィが口を開く。

 しかも彼女は、パメラやイルリアよりも自分の心情を汲んでくれるので、メルエーナは期待して待った。


「メル。パメラさんのアイディアも悪くないと思うのだけれど、ハロウィンの仮装は去年と同じでいいと私も思うの。あっ、もちろん下着なんかも地味なものでいいと思うわ」

「そっ、そうですよね! なにかトラブルが起こったら、大変なことになりますし!」

 やはりリリィさんは癒やしだとメルエーナは思う。


 だが……。


「ええ。そんなことになったら、ジェノさんにだけ見せるという特別性が失われてしまうわ。だから、夜の仮装とは分けて考えましょう!」

「えっ? ……夜の仮装……ですか?」

 なんだか話が想像していた方向とは違い、明後日の方向に伸びようとしている気がして、メルエーナは尋ね返す。


「ええ。そうよ! やっぱり自分にだけ見せてくれるという特別性が大事だと私は思うの! というわけで、ここは、バニーガール衣装で行きましょう!」

「……ええと、バニーガール衣装ってなんですか?」

 リリィが熱弁する、バニーガール衣装というものが、メルエーナにはわからない。


「おっ! それもいいねぇ! お姉さんも、メルのバニーガール姿を見てみたい気がするよ!」

 パメラがリリィの案に同意するが、さっぱりどんな衣装なのかわからない。


 バニー――つまりは、うさぎのことだろうか? けれど、まさか着ぐるみというわけではないだろうから、全然想像がつかない。


「ああ、こんな感じのアホな衣装よ。あの馬鹿が特殊な趣味を持っているのなら、喜ぶんじゃあないの?」

 どうでもいいといった感じだが、イルリアは持ち歩いているペンで、テーブルに置かれていた紙ナプキンに、分かりやすいイラストを描いてくれた。


 そして、それを見て、メルエーナはそんな衣装を着た自分を想像し、顔を真っ赤にする。


「なっ、なんなのですか、この露出の多い衣装は。そして、頭になんでこんな長い耳のようなものがどうしてついているんですか?」

 メルエーナは頭から湯気が出そうになりながら、リリィに尋ねる。


「いや、そこはバニーガールだもの。ウサギ耳は必須よ!」

「訳がわかりません!」

「だって可愛いじゃあない、耳があった方が。そして、私は格安で売っている店を知っているの。あっ、生地はしっかりしているから、安心して。

 普段、メルにはお世話になっているから、言ってくれればすぐに用意するわ」

「えっ? ……えっ?」

 メルエーナは、リリィのとんでもない発言に、耳を疑う。


「どうして、そんな衣装を売っているお店を御存知なんですか?」

 思わぬ発言に、メルエーナは頭がついていかない。


「その、あのね……。お友達伝いに知ったんだけれど、トムスったら、女の子の足が好きみたいだから、その、ハロウウィンの仮装のついでに、私の足で良ければ、見せてあげようかなぁって」

 リリィは恥ずかしそうに頬を赤らめながらも、どこか嬉しそうに微笑む。


 ちなみに、トムスというのは、雑貨店の男の子の名前で、彼がリリィのお付き合いしている人物である。


「おっ! おっ! なんだい、リリィ。メルの相談に乗る振りをして、惚気に来たのかなぁ~。ちくしょう、お姉さん羨ましいぞぉ」

 パメラが神官とは思えない口調で、リリィを誂う。


「りっ、リリィさんが、すっかり大人の女性に……」

 メルエーナはショックだった。

 自分と同じように奥手だと思っていたリリィが、自分よりもずっと進んでいることに、驚くとともに寂しい気持ちになってしまう。


「あははっ。その、私は別に惚気けているわけではないですよ。ただ、バニーガール衣装って、魅力の塊なんですよ。だから、大抵の男の人の嗜好を満たせるのではないかと思いまして」

「ほうほう。言われてみれば確かに。肩から胸の谷間までを露出をし、おしりの形はもちろん、脚線美も見せつけることになるわね。うん、フェチズムの塊だわ、確かに」

「そうです! それに、私もメルと同じで、胸自体は大きくありませんけれど、そこの上部を露出することで、服に隠された胸に興味を惹かせることができると思いまして……」

「なるほど。他が露出している分、そこ以外も見たくなるというわけね!」


 大人の会話を交わすリリィとパメラの話について行けず、メルエーナは顔を真っ赤にして黙って聞いているしかない。

 こんな事を続けているから、耳年増になるのだと自分でも思うのだが、後学のために聞いておいたほうがいい気もしてしまう。


「ねぇ、メルも勇気を出して、私とバニーガール衣装を着てみない? ジェノさん、喜んでくれるかもしれないわよ?」

「いえ、その、私は……」

「大丈夫よ。ハロウィンだもの! お仕事が終わった後に、『こんな仮装も用意していたんですよ』って言って、ジェノさんの部屋に押しかけるの。

 そして、潤んだ目で、『どうです、似合っていますか?』って尋ねれば、いくらジェノさんだって……」


 リリィはそう言って語り始める。

 メルエーナとジェノのハロウィン夜の秘密の逢瀬を。





 ようやく覚悟が決まったメルエーナは、服を脱ぎ、目の前の露出の高い衣装に着替える。

 肩も胸の上部も丸出しで、足も網タイツに覆われているものの、ものすごく薄いので、丸出しとかわらない。


 お尻の上部に、丸く白い膨らみがついているが、これはしっぽなのだろう。

 さらに、頭にピンッと伸びた二つの耳がついたカチューシャを付けて、メルエーナは自分の部屋の大きな姿見で、自分の姿を確認する。


 おかしなところはないだろうかと確認するが、メルエーナの感性では、そもそもこの格好がおかしいので、何が良くて悪いのかまるで分からない。


「ですが、これもジェノさんに私のことを意識してもらうためです!」

 メルエーナは軽く自分の頬を叩き、気合を入れて部屋を後にする。


 向かいのジェノの部屋まではすぐにたどり着くことができた。

 後は……。


 メルエーナは深呼吸をし、覚悟を決めてジェノの部屋をノックする。


「ジェノさん、少しよろしいですか?」

 そう声を掛けて、自らの逃げ道を塞ぐ。そうしないと、今すぐにでも自分の部屋に戻りたい心境だからだ。


 すぐに足音が聞こえ、ドアが静かに開かれた。

 出てきたのは、黒髪の顔貌の整った男性。


 まだ、仮装姿のままだったようで、メルエーナはその怪しげな魅力に頬を赤らめる。


「そっ、その、お疲れのところすみません! ただ、その、ジェノさんにだけ、その……私の用意した、もう一つの仮装を見てもらえたらなんて、思ってしまいまして……」

「…………」

 メルエーナは努めて明るい感じで話しかけたのだが、ジェノは何も言わずに、静かにこちらを見つめてくる。


 けれど、その表情には、困ったような様子も、呆れたようなものも感じられない。

 ただ、熱い視線がメルエーナを捉えて離さない。


「……っているのか?」

 ジェノがボソリと呟いた言葉が聞き取れず、メルエーナは「えっ?」と首をかしげる。だが、彼女は気づかない。その何も分かっていない表情が、一層ジェノの中に眠る気持ちを呼び起こしていることに。


「きゃっ!」

 メルエーナは不意にジェノに細い腰を掴まれ、抱き寄せられた。


「あっ、あの、ジェノさん……」

 メルエーナは不安げにジェノの顔を見上げる。すると、彼は真剣な表情をしていた。少し怖いと思ってしまうほどの顔をしていたのだ。


「分かっているのか? そんな格好で、夜に男の部屋を尋ねてくる意味が……」

 ジェノの言葉の意味をようやく理解し、メルエーナは顔を真っ赤にする。


「あっ、その、わっ、私……」

 メルエーナは驚いて離れようとしたが、すでに腰をがっしり掴まれて、離れることができない。


 魅了の力を持つ吸血鬼に、か弱いうさぎは抵抗するすべなど持たない。

 唯一の自衛手段である、逃走を封じられた今、うさぎはその身を吸血鬼に委ねるしかないのだ。


「メル……」

「はい……」

 うさぎは、吸血鬼の根城に引き込まれて行く。

 それが意味することを理解しながらも、うさぎは負の快感に身を委ねるのだ。

 

 全てを差し出すことの快感に。

 強い存在に、思うがままに蹂躙される事に悦を覚えさせられるしかないのだ。



「……といった感じで、二人は熱い一夜をともに過ごして……」

 リリィの解説に、メルエーナは顔をうつむけて恥ずかしさを堪える。


「うん。いいわね、そのシチュエーション! メル、悪くないんじゃあないかしら?」

「…………」

 パメラが声を掛けてくれたのは分かったが、メルエーナは恥ずかしさのあまり顔を上げることも、返事をすることもできない。


 ほんの少しだが。

 そう、少しだけだが。

 もしかしたらと考えただけだが、そんな展開になったらどうしようと思ってしまった。そうなったら素敵だとも思ってしまった。


 メルエーナは、そんなはしたない自分の欲望をただただ恥じる。


 しかし、そこで思わぬ声が上がる。


「あのねぇ、リリィ。あの朴念仁がそんな気の利いたこと言えるわけ無いでしょうが」

 イルリアが、そう言って嘆息する。


「ええ~っ。メルくらい可愛い娘が迫れば、いくらジェノさんでも」

 リリィが抗議の声を上げるが、イルリアは首を横に振る。


「確かに、そううまく行けば万々歳よ。でもね、この作戦は失敗した時のリスクが高すぎるわ」

「ほうほう。イルリアくん、続けたまえ」

 パメラが変な口調で、イルリアに話の続きを促す。


「いい? 最初のパメラさんの案であれば、ジェノが乗り気にならなくても、『お酒が入っていたから』ということと、『外見上は今までと同じ衣装』という保険がある。でも、リリィの案では、失敗した時にリカバリーが効かないのよ」

 イルリアの言葉に、メルエーナの浮ついた気持ちは吹っ飛ぶ。


「もしも、バニーガールの格好で部屋を訪ねて、あいつが引いたらどうするの? そんな格好をしている以上、言い訳は効かないわよ」

「そっ、それは……」

「リリィ。貴女がトムスに試すのは好きにすればいいわ。でも、メルの場合、次の日の朝からも、ずっとあいつと顔を合わせるのよ。その気まずさといったら、想像を絶すると思うわ」


 イルリアの言う最悪のビジョンがメルエーナの脳裏に浮かんでくる。


 意を決して身につけた恥ずかしい衣装にドン引きされて、自らの部屋に逃げ戻る自分。そして、明日からどんな顔で接すればいいのかわからなくなる。


 そして、せっかく頑張って着た衣装を泣く泣く着替えるのだ。


 ……惨めだ。


 ……哀れだ。


 ……救いようがない……。


 メルエーナは、今度は羞恥とは別の絶望感で、顔を俯ける。



「ううっ、いいアイデアだと思ったのに……」

 リリィが残念そうにシュンとなる。


「そうね。確かに失敗した時のリスクも考えておく必要はあるわよね。それじゃあ、それを踏まえた上で、イルリア、貴女の案を教えて頂戴」

 パメラが今度はイルリアに話を振る。


「私の案ですか? ああ、それなら……」

 イルリアは気乗りしなさそうな声で、話し始めた。


 それは、今までの二つよりも、もっと過激な案だった。

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