第37話 『役立たず』

「村長には悪いが、こいつらを連れてきたのは大間違いだった」

 父の怒気を含んだ声を背中に受けるメルエーナ。しかし、彼女も内心で父と同じことを思っていた。


 森に入ったというのに、遅れてきた件の三人は仲間内でぺちゃくちゃお喋りをし、ただ先頭を歩くジェノの後を着いて歩いているだけなのだ。彼らが行方不明のハンクを探そうとしているとはとても思えない。


「はぁ。しっかし、何が悲しくて野郎の尻を追いかけねぇといけねぇんだろうな。若い娘がいるのによ」

「まったくだ。おい、おっさん、俺が最後尾を代わってやろうか?」

 たしか、ポイという名前だったろうか? 小柄な男が下卑た顔でコーリスに馴れ馴れしく声をかける。


「黙って歩け!」

 コーリスが怒声を上げるが、「おお、怖い、怖い」と戯けた態度をとって仲間たちだけで笑い合う。


「ごめんね。こいつらさえいなければ、もっとスムーズに進めるのに」

「いいえ。謝らないで下さい。イルリアさんとジェノさんがいてくれて、本当に良かったです」

 気を使っての言葉ではなく、メルエーナは心からそう思う。


 メルエーナ達は森を一列になって進んでいる。先頭をジェノが務め、その後ろに三人組。そして、イルリア、メルエーナと続き、殿にコーリスという隊列だ。

 当初の予定では、コーリスを先頭にし、間にメルエーナとイルリア。そしてジェノが殿の予定だったのだが、三人が新たに加わった際に、ジェノがこの隊列を提案してきたと、先程父に聞かされた。


 もしも当初の予定通り、自分があの男たちの前を歩かなければいけなかったらと思うと、身の毛がよだつ。

 たとえ、今はスカートではなく探索用にズボンを身につけているとはいっても、どのような目で見られるかと思うだけで怖くて仕方がない。


「ああ。娘の言うとおりだ。君たちがいなかったら、俺の胃に穴が空いていたところだ。まったく、何だって村長はこんな奴らを……」

 コーリスもメルエーナ達に歩み寄ってきて、小声で愚痴をこぼす。


「本当なら殴り飛ばしてやりたいと思っているんだが、そんな事をしたら捜索がまた遅れちまう」

「……お疲れさまです。でも、私も頑張りますから、お父さんもどうか堪えて下さい」

 父に労いの言葉を掛けて、メルエーナは微笑む。


 やがて、肌寒かった早朝の空気が温かくなる。

 さらに歩き続けていることもあって、それを暑いと感じるようになった頃に、最初の捜索場所にたどり着いた。

 今までは人が一人通るのがやっとの道も多かったが、ここからしばらくは開けているので窮屈な思いはしなくても良いのは幸いだ。


「……疲れたわね」

「はい……」

 イルリアに同意し、メルエーナは肩を落とす。

 女とはいえ、山育ちのメルエーナにはそれほど体力的にきつい距離ではなかったのだが、精神が疲れてしまった。


「ここまで、この茸の群生地を遠いと思ったことはなかったぞ」

 コーリスも疲れたようで、そういって重いため息をつく。


「ああっ、ようやく着いたのかよ。まったく、かったるい」

「全然代わり映えのない景色で、面白くも何ともないしな」

 長身と小柄のクインとポイがまだ文句を言う。


 先程からずっと文句ばかりを口にしながら歩いていたにもかかわらず、まだ文句が言い足りないような二人に、メルエーナの疲労は増していく。


 喋りながら歩くというのは体力を消耗するのだが、残念なことに二人はまだまだ余裕があるようだ。


「コーリスさん」

 今まで先頭を歩いていたジェノがこちらにやって来た。

 メルエーナはそのことに緊張したが、彼はこちらには目もくれずに、横をすり抜けて父の元に行ってしまう。


「ここで『お疲れ様』の一言を掛けられないのが、あいつなの。気にしないで」

 隣のイルリアが、メルエーナにそう言葉を掛けてくれる。


「いっ、いえ。まだ最初の捜索地点にたどり着いただけですし」

 今はハンクさんを見つけ出すのが先決だと自分に言い聞かせ、メルエーナは答える。


「そうね。もう一箇所、廻らなければいけないのよね」

 イルリアはそう言って、自分の水筒から水を一口飲む。

 自分も喉が渇いていたことを思い出し、メルエーナもそれに倣う。


 そして、二人で目を合わせて、メルエーナ達は微笑んだ。


「メルエーナ。まぁ、気楽に頑張りましょう」

「はい。あっ、イルリアさん。よければ私のことはメルと呼んで下さい。その方が呼びなれていますので」

「あらっ、それなら私も呼び捨てでいいわよ」

「あっ、ですが……。その、やっぱりイルリアさんと……」


 父とジェノの打ち合わせを横目で見ながら、メルエーナはイルリアとの会話をはずませる。

 すると、不意にジェノがメルエーナ達の方に顔を向ける。そして、


「コーリスさん。すみませんが、二人の事を見ていてもらえませんか? この場所を中心として、まずは俺たち四人で周りを探索しようと思います」


 突然そう言い出した。


「待て。そういう訳にはいかんだろう。下手をするとお前たちが遭難する可能性だってあるんだぞ。森を甘く見るな」

「いえ、甘く見ているつもりはありません。見習いとはいえ、我々は冒険者です。それ相応の訓練は受けています。それに……」


 ジェノはつまらない話をしているクインとポイ。そして、木に背中を預けながら、メルエーナ達を露骨に見ているローグを一瞥し、小さく息をつく。


「我々は報酬を貰う身です。その分は働きます。そして、働かない人間は無理矢理にでも働かせます。娘さんのこともありますし、どうか許可をして頂けないでしょうか?」

 ジェノはコーリスに頭を下げて懇願する。


「うん、まぁ、そういうことなら……。正直、あの足を引っ張ってばかりの三人にただ報酬をくれてやるのも業腹だな。分かった。ただ、決して遠くには行くなよ。この辺りは段差が大きく、崖になっているところもあるからな」


 コーリスが許可したことで、ジェノは「ありがとうございます」と言うが早いか、踵を返して三人の冒険者見習いたちに歩み寄る。


「聞こえていたかは知らないが、これから俺達四人で辺りを捜索して遭難者を探すことになった。協力してもらうぞ」

 ジェノは有無を言わさぬ低い声で、男たちに告げる。


「お前、何を仕切っているんだよ?」

「本当に生意気だな、こいつ。おい、クイン。少し口の聞き方を教えてやったほうがいいんじゃあねぇか……」

 クインとポイの目に剣呑な光が宿るが、ジェノはやはり動じない。


「忘れたのか? お前たちが俺に、この依頼の総括を任せたんだ。だから、リーダーは俺だ。指示には従ってもらう。それでも腕力に訴えるつもりなら、こちらも容赦しない。その覚悟があるのなら、やってみろ」

 ジェノの脅しに、クインとポイは悔しそうに睨みつけるだけで何もできない。


 だが、そこで不意に今まで黙っていたローグが口を開いた。


「おい、待てよ。確かにジェノの言うとおりだ。俺たちも少しは働かねぇと、後で報酬を減額されちまうかもしれねぇ。ここは素直に従おうぜ。リーダー様の指示にな」

 嫌味たっぷりの声で言い、ローグはクイン達に顎で合図する。

 すると、しぶしぶクインたちもジェノの指示に従う。


「あっ……」

 ジェノを見ていたメルエーナだったが、視線を感じそちらを向くと、ローグと目が合ってしまった。

 その獲物を見るような目に、メルエーナは体を震わせる。


「大丈夫よ。私がついているわ」

 イルリアがそう言って肩を優しく叩いてくれたが、メルエーナはしばらく震えを止めることができなかった。

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