第36話 『遅参者達』

「ああっ、眠みぃ。なんだって、こんな朝早くから起きなければいけねえんだよ」

「仕方ねぇだろう。貴族様のお宝は、正規の冒険者様に遅れをとっちまっているんだから。俺たちは、あぶく銭でも稼がなけりゃあ、餓死しちまう」

「そうそう。雀の涙ほどの報酬でも、貰えるものは貰っておかないとな」


 嫌々といった様子を隠す気もなく、男達が三人、広場にやってきた。

 彼らは村の人間ではなく、全員ジェノ達と同じ様に、森に入るための格好をしている。そのことから、彼らも冒険者なのだろうとメルエーナは察する。


 そして、彼らにさらに遅れて、初老の男性――村長が大慌てで走ってきた。


「村長。見送りにはこなくていいと言ったのに……」

 コーリスは、そう言って苦笑する。

 

 今回の冒険者達の滞在で、村は大忙しなのだ。必然的に村を統括する村長の負担も増えている。だから父は、今回の件は自分がすべて引き受けることにしたと言っていた。

 それなのに、人のいい村長さんは、こんな早くに起きて見送りに来てくれたようだ。


「でも……」


 どうして、村長さんも遅れてやってきたのだろう? あと一歩遅ければ、自分たちは森に入ってしまっていたのに。

 メルエーナは当然その事を不思議に思う。


 村長さんはいつも誰よりも早くに仕事に来て、誰よりも遅くに帰る人なのに。


「はぁ、はぁ。よかった、間に合って」

 のろのろと歩く三人の男たちを追い越して、村長は父コーリスの元にやってきた。


「村長。どうしたんですか? 見送りは必要ないと言ったはずですよ」

「いや、そういう訳にはいかんよ。それに、念の為に冒険者見習いの皆さんに朝の挨拶に行ったら、みんな突然都合が悪くなったと言って、たった二人しか捜索に参加できないと言われてしまったんだ。

 そんな人数では見つけられるものも見つけられない。だから、なんとか交渉して、追加で彼らに来てもらったんだよ」

 村長さんはそう言って、ようやくやってきた三人の冒険者見習い達を見る。

であるコーリスに挨拶の一つもしない。無論、集合時間に遅れた詫びの言葉もない。


「おっ! イルリア。その可愛い娘は、誰だよ?」

「おお、おお。すげぇ。とても田舎の小娘とは思えねぇなぁ」

 それなのに、その男達はメルエーナとイルリアにいやらしい視線を向けて、話しかけてくる。


「まったく、これだから男って……」

 イルリアは文句を口にして、メルエーナの前に手をやり、後ろに下がるように合図する。だが、メルエーナが行動するよりも先に、彼女の母が動いた。


「あらっ、うちの娘に何か御用ですか?」

 今まで黙って夫と娘たちの打ち合わせを見守っていたリアラが、男たちの前に笑顔で歩み寄る。


「へぇ、あなたがこの嬢ちゃんの母親。いやぁ、母娘揃って凄い美人ですねぇ~」

「まぁ、それはありがとうございます。それで、貴方達は、こんな中途半端な時間に何をしに集まったのでしょうか? 他の冒険者の方は、もう今日の打ち合わせを終えて、これから森の中に入るところなんですよ」

 リアラは満面の笑顔で嫌味を言う。


「いやぁ、これは手厳しい。ですがね、俺達の代わりにあの黒髪の坊主が話をまとめる役目なんですよ。俺たちは実働部隊で」

 三十代の前半くらいだろうか? 長身の男が笑みを浮かべてリアラに言い訳を言う。

 さらにその男の視線が母の胸に集中していることに気づき、メルエーナは不安気に父のコーリスを見る。


「今頃何だ、お前らは! 時間を守れないようないい加減な人間が一緒では、捜索がかえって難しくなる。とっとと帰れ!」

 予想通り、父は怒っていた。そして怒気を含んだ大声で遅れてきた男たちを罵倒する。


「まぁ、待ってくれコーリス。彼らには無理を言って来て頂いたんだ。捜索にはやはりある程度の人数が必要だろう。仲良くしてくれないか?」

「……村長がそう言うなら」

 不承不承、コーリスは村長の提案を受け入れる。確かに捜索の人数が増えるにこしたことはないからだ。



「そういう訳だ。よろしくな、おっさん」

 小馬鹿にした笑みを浮かべて、二十代後半くらいの背の低い男の人がコーリスに言う。

 だが、そこで、思わぬ声が響く。


「いいかげんにしろ。仕事に遅れてきた上にその態度は何だ。お前達は謝罪と自己紹介もできないのか」

 そう言ったのは、今まで黙っていたジェノだった。


 ジェノの言うことはもっともだとメルエーナも思う。こちらは仕事を依頼する側だが、それでも最低限の礼節は守って欲しい。


「なんだ、ジェノ。先輩に向かってその口の利き方は?」

「ずいぶんな態度をとるな、おい」

 長身の男と小柄な男は、怒りを顕にしてジェノを睨む。

 だが、ジェノは相変わらず仏頂顔のままだ。


「お前らと口論をしている暇はない」

 ジェノはそう言って、男たちを無視してコーリスに話しかける。


「あの長身の男がクイン。小柄なのがポイ。そして、一番後ろの男が、ローグという名前です。彼らを連れて行くかの判断はおまかせします。ですが、隊列に関して、一つ提案があるのですが……」

 ジェノは何かをコーリスに話すが、声を落としたため少し離れているメルエーナの耳には聞こえない。

 だが、ジェノとなにかを打ち合わせた後、父は頷いた。


「仕方がない。お前たちにも協力してもらう。だが、時間が惜しい。説明は歩きながらだ。それと、俺はお前たちよりこの森のことをよく分かっている。俺の判断には従ってもらうぞ」

 筋肉質で身体の大きなコーリスの迫力のある声に、クインとポイという名前らしい二人は「わっ、分かったよ」と応えた。


「メル……」

 不意に、リアラがメルエーナに耳打ちしてきた。


「お母さん?」

「あの三人の男達に決して気を許しては駄目よ。さっきからずっと貴女とイルリアちゃんを舐め回すように見ているわ」

 母に言われ、メルエーナは気づかれぬように目だけを動かして、男たちを見る。


 確かに、クインとポイという名の男たちがチラチラと自分を見ている。それに、その二人の奥にいる三十代くらいに見える男、ローグは、隠そうともせずに下卑た笑みを浮かべている。遠目でもこちらに厭らしい目つきを向けているのが分かり、メルエーナは怖くなってしまう。


「ここで捜索を抜けようとしても、あいつは間違いなく貴女を狙ってくるわ。だから、お父さんと一緒にいなさい。いいわね」

「はい。分かりました」

 母の言葉に頷き、メルエーナはコーリスの元に駆け寄る。


「それでは、出発する。村長。行ってきます」

「ああ。大丈夫だとは思うが、くれぐれも気をつけてほしい」

 人のいい村長は、そう言って微笑んでくれる。

 

 そして、リアラもメルエーナと父に微笑んで手を振ってくれたので、メルエーナも手を振り返して父の後を付いていく。


 捜索は半日程度で終わる予定だった。

 しかし、メルエーナ達は、結局この日は村に戻ることはできないことをまだ知らなかった。

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