『その出会いに、名をつけるのならば』

第32話 『首飾り』

 どうしてなのかは、今も分かりません。

 けれど、あの時、あの人と出会って、私は懐かしいと思ったのです。

 ずっと会いたいと願っていた人と、ようやく巡り会えたような気持ちでした。


 私を見たあの人も、目を大きく見開いていました。

 普段はあまり感情を表に出さないあの人が……。

 

 ですが、きっとただの偶然に過ぎないのでしょう。

 あの人も、私に似た誰かを思い出しているかのようでした。

 だから私に、よその街に行ったことがないのかを尋ねたのだと思います。


 そうです。きっとただの偶然。

 けれど、この街であの人と再会した時に、私は図々しくも思ってしまったんです。


 この人との出会いは、きっと……。




『その出会いに、名をつけるのならば』




 古着屋といっても、この店で扱う商品の質は非常に高い。場所によっては本当に一度洗濯しているのかさえ怪しい店もあるが、ここの商品は新品と見分けがつかないほどだ。

 古着を見に行きたいのでおすすめの店をと友人のイルリアに相談をすると、ここならば間違いないと太鼓判を押してくれたのだが、その言葉に偽りはなかった。


「う~ん、もう一着となると、予算的にスカートと上着のどちらかしか買えないなぁ」

 少しタレ目な黒髪の少女――リリィが、残念そうに呟き、息をつく。


「なるほど。ですが、足りないと言っても僅かな差ですよね。それならば、私も一着買おうと思っていますので、会計を一緒にして、少し交渉してみましょうか」

「えっ? 交渉って……」

「私にこのお店を紹介してくれた人が言っていました。値札の通りの金額で買うようでは甘いと」

 メルエーナは、心配そうな黒髪の少女にニッコリと微笑み、彼女の買おうとしていた服を預かり、自分のそれを加えて店員の女性に相談をする。


「……はい。ええ。ですので、この服に手直しは必要ありません。ですから、こちらの上下二着の金額から、その分を……」

「はい。構いませんよ。どうか、今後とも、当店をご利用下さいませ」


 メルエーナも阿漕に値引きをしてもらおうとは思っていない。先程試着した服がほとんど手直しのいらないサイズだったので、その分の手間賃を連れの服から値引いて貰っただけだ。


 けれど、これでお店は服が一着売れるわけで、それほど損があるわけではない。これくらいのお願いは許されるだろう。

 もっとも、イルリアには、まだまだ甘いと言われてしまうだろうが。


「あっ、袋は二枚お願いします」

「はい。畏まりました」

 メルエーナはさしておかしな事をお願いしているつもりはない。店員さんもにこやかに応対してくれている。だが、リリィはポカンとした顔でメルエーナを見ていた。

 それを怪訝には思いながらも、メルエーナは支払いを済ませてリリィと一緒に店を後にした。


 その後は、当初打ち合わせていたとおり、近くのオープンカフェで一休みすることにしたのだが……。


「あっ、あの、メル。私、もうあまりお金が……」

「大丈夫ですよ。実は、バルネアさんから少しお金を預かっているんです。リリィさんと何か食べてきなさいと言ってくれて。ですから、心配いりません」

 メルエーナの言葉に、リリィは恐縮する。


「本当に、メルとバルネアさんには迷惑を掛けっぱなしね」

「そんな事はないですよ。それに、今日はリリィさんの新しい門出のお祝いなんですから、気にしないで下さい」


 メルエーナ達がリリィと知り合ったのは、彼女がこれからの進路に迷って一つの事件を起こしてしまったことがきっかけだ。

 彼女は魔法というものを学ぶために専門の学校に入学しようとしていたのだが、二年間頑張ってもそれは叶わなかった。だが、それでも魔法を使えるようになることを諦めきれなかった彼女は、この街の数少ない魔法使いの一人に弟子入りすることに成功したのだ。


 それを聞いたメルエーナ達は我が事のように喜び、新生活のための買い物にこうして付き合っているのだ。


「うん。ありがとう。いつかきっと今までのお礼をするわ。魔法が使えるようになれば、きっと生活も楽になると思うから」

「ですから、気にしないでください。私達がおせっかいでやっているだけですから」

 そう言って微笑むメルエーナに、リリィは微笑みを返す。


 やがて、混んでいたためようやく注文取りに来た店員に、メルエーナたちは飲み物と軽食を頼む。


「ここの店のサンドイッチが絶品だと噂なんですよ。私も初めて食べるので楽しみです」

「う~ん、やっぱりメルはすごいわね」

「えっ?」

 思いもかけない言葉に、メルエーナは驚く。

 

「だって、料理にも詳しいし、作るのもお手の物。それに、さっきのお店での買い物上手なのをみていると、すごいなあって思ってしまうわよ。私は、あんな交渉なんて怖くてできないから……」

 しゅんとするリリィに、メルエーナは苦笑する。


「いえ、私なんて、料理も買い物もまだまだですよ。ただ単に、私にそれらを教えてくれた人たちが凄いだけですよ」

「むぅ。本当に?」

「はい。私程度ならば、すぐにリリィさんは追い抜けると思いますよ」

 メルエーナは微笑み、言葉を続ける。


「先週から、魔法の先生の家に住み込みで働き始めたんですよね? それならば、すぐに覚えますよ」

「うん。そうね。きっとそれは覚えなければいけないこと。苦手だなんて言っていられないわね。何としても私は、魔法を使えるようになるんだから!」

 そう言って胸の前で拳をギュッと握るリリィに、メルエーナは笑みを強める。


「そういえば、メル」

「はい?」

「貴女の、その首飾り何だけれど……」

 

 メルエーナは、リリィの視線が自分の胸元に向かっていることに気づく。

 そこには、チェーンで繋がれた二つに分かれた金の小さなペンダントが。


「いつもそれを身に着けているわよね。いえ、似合っているからいいのだけれど、どんな服でも代えようとしないのを不思議に思っていたの」

「あっ、これですか? はい。意識的にこれをずっと身につけています。その、願掛けみたいなものです」

「願掛け? ……あっ!」

 リリィは何かを悟ったようで、頬を朱に染めて、ニヤニヤとした笑みをこちらに向けてくる。


 その笑みに嫌な予感がしたが、もう遅かった。


「もしかして、ジェノさんからのプレゼントなの? だから、片時も離したくないとかいうわけかしら?」

「いっ、いえ、その、違います」


 メルエーナは否定の言葉を口にしながらも、自分の頬が熱くなるのを抑えられなかった。

 自分では、ジェノの事を想っていることを隠しているつもりなのだが、あまりにも分かりやすいようで、出会う人出会う人に看破されてしまう。

 けれど、肝心のジェノはまったくその事に気づいてくれないのだから、メルエーナとしては何ともやるせない。


「でも、ジェノさんの話をする時には、きまってその首飾りに触るじゃあない。怪しいなぁ~」

「いえ、その、本当に違うんです。これは、お婆ちゃんから貰った、うちの家に代々伝わる物なんですよ」

 まさか、自分の癖まで見抜かれているとは思わずに、メルエーナは慌てる。


「代々伝わる? かなり古いものなの?」

「はい。ですが、あまり価値のあるものではないそうです。金ですが、見てのとおり小さいですから」

 メルエーナはそう説明したが、まだリリィは訝しげな視線を向けてくる。


「でも、それならどうしてジェノさんの事を話す時には、決まってそれに触れるの? それに願掛けって……」

 そこまで言ったところで、リリィは自分がプライベートに踏み込んでいることに気づいたようで、頭を下げてくる。


「ごめんなさい。つい調子に乗ってしまって。私は男の人を好きになったことなんてないから、その、羨ましくて……」

「あっ、いえ。謝るようなことはなにもないですよ。ただ、そうですか。私は、ジェノさんのことを話す時に、そんなにこれに触れていたんですね。少し注意をしないと」

 メルエーナはそう自分を戒めたが、リリィが未だに興味深そうな視線を自分に向けていることに気づく。


「……もう。そんなに知りたいんですか?」

 メルエーナは恨めしげな視線をリリィに向ける。


「その、うん。できれば知りたいわ。後学のためにも……」

 リリィの言葉に、メルエーナは小さく嘆息する。


「その、笑わないって約束してくれますか?」

「えっ? うん、うん。もちろん。笑ったりなんかしない。それに、他言もしないから」

 

 興味津々なリリィに、メルエーナは観念して話すことにした。


 きっと、心の何処かで彼女自身も誰かに打ち明けたかったのだろう。この事柄は、イルリアにもバルネアにさえも話したことがなく、ずっと心のうちで溜め込んできたものだったから。

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