第55話 其々の道へ


 アナベルの蘇生に、フリギットをはじめ魔族の双子、モリーとフルヴラが歓声をあげたのはもちろんである。わけのわからないまま、彼女はもみくちゃにされ、フルヴラ以外の者達にぎゅうぎゅうと抱きしめられた。


 それから事の顛末てんまつを聞いたアナベルは、ジャロックの為にこうべを垂れて祈りと感謝を捧げ、フルヴラに丁寧な謝辞を述べた。


「元はと言えば、うちの店が非売品を売ったのが原因だ」


「そういえば、今の私は『魔王』じゃないのよね?」


「そうだな。だがこの城を手に入れる程の王たる資質はあるようだ。どうする?」


「じょ、冗談でしょ! もう、こりごりよ。……とはいえ元の町へは戻れないなぁ」


 すかさずフリギットがアナベルの腰を抱き寄せる。


「俺の所へ来ればいいさ」


「盗賊の仲間になれっていうの?」


「う……いや、俺が魔術師の家系ポータス家の血を引く者として、魔道具を集める『探索者』になる!」


「ほう、商売敵か」


 フルヴラが「いい度胸だ」と言わんばかりにニヤリと笑う。ところがフリギットは嬉しそうに彼に向き直ると人好きのする顔を近づけて来た。


「いーや、お前の弟子にしてもらう」


「おい」


「いいだろ、遠い親戚じゃないか」


 フリギットは背の低いフルヴラの頭をぐりぐりと撫で回して笑った。


「待ってよ、これどうすんのよ」


 モリーがずずいと差し出したのは琥珀色に輝く宝珠を持つ白い花『ウイスキー・フラワー』だ。


「フルヴラ君が使ったら? 最強の魔術師になれるわよ」


 アナベルの悪戯いたずらっぽい言葉にフルヴラは首を振った。


「それこそ、冗談ではない。人や魔族が持つ物ではない」


「だからー、これどうすんの?」


「……この小瓶に入れろ」


 フルヴラは腰のポーチから空の小瓶を取り出すと、『ウイスキー・フラワー』の根に向けた。


「この大きなのが入るわけ——」


 無い、と言う前に大きな花と根と宝珠は小瓶の中に吸い込まれた。モリーが目を丸くして見ている間に、フルヴラはサッと小瓶の蓋を閉めた。手のひらから二つの光の輪が小瓶の蓋にかかっているのを見ると、彼が封印の魔術を使ったようだ。


「すごい……ほんと魔法の花なんだ。それで、あんたが持つの?」


「……世界の果てに、この世をまもる世界樹と、全てのものを浄化する泉があると言う。その世界樹の根元に、これをしてこようと思う」


「それって、どう言う事?」


「大地に永劫の魔力を」


「なるほどなぁ。やっぱり持つべき者が持つとそうなるんだな」


「無欲の者こそ全てを得るってやつね」


 フリギットとアナベルがしきりに感心している。


「わ、私も付いて行く!!」


 モリーが突然宣言した。世界樹への旅に同行すると言うのだ。


「いいねぇ、少年と少女の旅立ちだ」


「ば、馬鹿な事を言うな! 俺は一人で行く」


「いーえ、決めたわ。あらゆる薬草を使う『賢き女』が世界樹を見ないって話はないでしょ」


「けげっ、やめてくれ」


「ついてくもん」


 わあわあと騒いでいる横で微笑ましげにフルヴラとモリーを眺めているアナベルの手に、そっと触れた者がいる。


「なあに?」


 魔族の双子だった。遠慮がちにアナベルの手を握ると、二人は声を揃えて言った。


「僕らを連れてって」


 少し潤んだ瞳で見つめられて、アナベルは嬉しそうにうなずいた。どこへ行けと言うのだろう、この子ども達に。


「もちろんよ。一緒に行きましょ」


 アナベルが身をかがめて二人をぎゅっと抱きしめるのを見て、フリギットが慌てる。


「えっ? 二人きりで暮らすんじゃ——」


 そう、言いかけて口をつぐむ。


 ——ま、いいか。子どもに優しいのもアナベルのいいところだもんな。





 その後は——。






 つづく




◆世界樹と泉

この世の何処かにあると伝えられる魔法の樹と浄化の泉。世界樹の葉はあらゆる病を癒やし、その枝は魔力を蓄えた杖となる。浄化の泉は全てのものを清め、飲めば数年寿命が伸びると伝わる。




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