第53話 彼の舞台挨拶
「なんだ? おかしな奴だな」
フルヴラはくすぐったそうに笑う。ジャロックはそれを無視すると、更にぎゅっと兄を抱きしめて——不意に突き飛ばした。
「ジャロック⁈」
突き飛ばされたフルヴラはモリーのそばに尻餅をついた。その為に少し遅れた。
ジャロックは魔界の穴のそばに立ち、こちらを向いた。皆を安心させる為に微笑むと、
かぶっていた帽子をとり胸元に当て、空いた片手は大きく広げ——まるで舞台挨拶だ。
それも終幕の。
「……それでは皆様、ご機嫌よう」
「ジャロック!!」
フルヴラが叫びと共に手を伸ばすより早く、ジャロックはそのまま
「ジャロックーッ!!」
「おじいちゃん!!」
「これは……」
モリーが驚いていると、膝をついて俯いたままのフルヴラがぼそりと呟く。
「ジャロックが向こうから送って来ている、あの
「これが……! ほら双子ちゃん達、集めて集めて!」
モリーと双子達はふわふわと漂う光球をひと所に集める為に追いかけて行く。
やがてアナベルの魂を吐き出したその穴は白い風と共にふっと消滅した。完全に穴は閉じたのだ。
——ジャロックの馬鹿野郎。
少年は背を震わせてその場にうずくまった。
そこへアナベルの身体を横抱きにしたフリギットが近づいて来る。彼もまた、ジャロックの挨拶を見て血の気の引いた顔でフルヴラの背中を見ていた。そしてその小さな背中に問いかける。
「……あの……、あの爺さんはどうなるんだ? 初めはお前さんが行くと言っていただろう? 戻る魔法はあるんだろ?」
「……戻る魔法なんか無い。入れ替えの魔法なんて出まかせだ」
『入れ替える魔法』とはフルヴラの口から出た、適当な言い訳だ。本当は単身魔界の穴に飛び込んで、アナベルの漂う魂をこちら側へ送り返すつもりだったのだ。
あとは——魔界の大地に降り立ち、持てる魔法と道具で魔族を退けながら人の世に通じる抜け穴からでも帰る——それも運が良ければ生き延びる事が出来るだけの話だ。人が魔界に落ちるというのは、死と同義語であるのだ。
「お前、そんな事しようとしてたのか⁈」
「うるさい。俺ならどうにかなると思った。一度若返ったこの身体はその為にあるとさえ思った」
思ったのに——ジャロックの方がそれを察して魔界へ落ちて行ってしまった。魔法なんて使えないあの年老いた弟が。
「……きっとお前をこちらに残そうと、そう決めたんだよ」
「うるさい、わかってる!!」
フリギットは怒鳴られても、めげずに続ける。ジャロックの気持ちを伝えなければと口を開いた。
「お前が犠牲になろうとしているのに気が付いたんだ。あの爺さんはお前の事が大事だから、代わりに自分が——」
精一杯のフリギットの慰めも、フルヴラには届かない。少年は自分への怒りで床をドンと叩いた。
「それでも、あいつは俺の弟なんだ。俺が守ってやるべきだったのに——」
「やるべき事はまだあるでしょう!!」
モリーの怒声にフルヴラは吹っ飛んだ。
「うわぁ!」
驚いてフルヴラは顔を上げ、モリーの眉を釣り上げた顔を見る。
「何のためにおじいちゃんが穴に落ちたのよ⁈ あんた、おじいちゃんのした事を無駄にする気?」
桃色の『シナゴクの杖』を振り回しながら、モリーはフルヴラに飛びかからんばかりに怒った。
「……」
フルヴラは一瞬怒鳴り返そうとして思い止まる。モリーと双子が集めたアナベルの魂の光球を見たからだ。
——そうだ。何の為にジャロックは犠牲になったんだ。
フルヴラもまた『杖』を構えると、立ち上がった。
「よし、彼女の魂を元の身体へ戻すぞ!」
つづく
◆魂の行方
アナベルの様に抜き取られたのちに解放された魂は、ふわふわと天を目指す。魔法を含む物質で捕らえることは可能だが、永遠に残る物ではないので、いつかは霧散する。
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