第52話 生き返らせるには


 広間の中央に、アナベルを抱き抱えたフリギット、腕組みをしてしかめつらをしたフルヴラ、好々爺然としたジャロックと孫のようなモリー、手のひらにはかなげなアゲハ蝶を乗せた魔族の双子が集まった。


「つまり、この蝶々がアナベルだって言うんだな?」


 フリギットは懐疑的ながらその瞳に小さな希望の光を宿してそう聞き返した。


 だが慎重なフルヴラはそれがアナベルの魂そのものとは言えないと押し黙る。


 魔王エルが抜き取って飴玉にしたのならば、蝶を包んでいた部分が魂——生命の部分ではないのか、と思えるのだ。


「生き返らせて」

「生き返らせて」


「無茶を言うな。俺にだって出来ることと出来ないこととがある」


「だが、この世の魔法に詳しいだろ。何かないのか?」


 双子とフリギットに詰め寄られてフルヴラは頭を抱えた。


 いくらなんでも無茶だ。


 たとえ最強の魔力炉を持っていたとしても、魂を生み出す事は出来ない。生命の力というものは神への供物になるほど別種の力なのである。


 だが——。


 此処ここにはアナベルの身体からだもある。人格たる『アゲハ蝶』もいる。


「魂だけ、なんとかなれば——」


「なら、俺の生命いのちを使え! 彼女の為なら惜しくない!」


 フリギットがそう叫んだが、フルヴラはそれは出来ぬとばかりに首を振る。


「神々や魔族にとっては魂は代替えしても構わぬものだが、我々にとっては唯一無二のもの。彼女の魂でなければ、おそらく身体に馴染なじむまい」


 それを聞いた双子がバッと振り返って、まだ僅かに繋がる魔界の穴へ顔を向けた。


「魔王様の気配が」

「まだ彼処あそこにある」


「なんだと?」


 それはもしやアナベルの魂ではないのか。飴にされた魂は魔界の炎に溶かされて、まだその辺に浮いているのではないか。


 フルヴラは魔界と繋がる穴に駆け寄った。小さな竜巻がゆらゆらと揺れている。きっと後わずかでこの穴は閉じてしまうだろう。


「……俺と彼女の魂の場所を入れ替える」


「ちょっと! そんなことできるの?」


 モリーが驚いて声を上げる。


「場所を入れ替える魔法を使うだけだ。——ジャロック、こちらに戻って来たアナベル殿の魂を蝶々と一緒に彼女の身体からだに戻してやれ」


「——兄貴」


「いいな。お前とモリーなら出来るから」


 少年姿のフルヴラが年老いた弟の肩を抱く。弟の背中をぽんと叩くと、笑いながら身体を離した。


 一瞬——。




 ジャロックの目に幼い頃の風景が蘇る。二人が本当に子どもだった頃、森で迷い、獣に追いかけられた事があった。大きな木のうろに二人は隠れて獣をやり過ごそうとする。その時も兄は弟を抱きしめると背中をぽんと叩いて、


「いいな。此処ここに居れば大丈夫だから」


 と言い含めた直後、自ら囮になって獣の前に飛び出して行ったのだった——。




 あの時と同じように背中を叩かれて、思わずジャロックは目の前の少年姿の兄を見た。


 あの頃と変わらぬ笑顔。


 姿が変わっても、何一つ変わらぬ兄。


 ジャロックはそんなフルヴラを逆に抱きしめた。




つづく





◆兄弟の思い出

フルヴラは子どもの時からしっかり者の兄であったらしい。少なくともジャロックの前では——。

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