第50話 モリーの魔法
エルが封印の光に押されるままに魔界の穴に落ちて行く。そこから発せられる熱量のせいか、凍ったエルの半身が溶け始めた。
——せめて
エルがニヤリと笑いながら顔を上げたその時——。
杖を構えたままのモリーがほっそりとしたその手を伸ばしてエルの胸に埋まりかけた『ウイスキー・フラワー』を掴んだ。
「これは貰うわよ」
「なっ?」
「女神ダグザの名において あまねく緑の精霊よ 我が手に宿れ」
モリーは『賢き女性』の一族だ。薬草や植物全般に通じる魔法を扱える。モリーの手が若草色の光を放つと、『ウイスキー・フラワー』はその手に従ってするりと抜けて行く。
「あっ! そんな——」
情けないエルの声を無視してモリーは引き抜いた『ウイスキー・フラワー』を
「さよなら魔王さん」
「馬鹿なーッ!」
エルの身体がついに魔界の穴に飲み込まれ、その後に白い光がどっとなだれこむ。魔王を押し込めた光は床の上に溢れた。
…………。
今、魔王エルはゆっくりと空から落ちて行きながら、天に空いた穴を見ていた。彼を呑み込んだ人の世と繋がる穴は刻々と縮んで行く。
彼を拒絶した白い光が少しだけ
宙に浮いたまま、エルは無表情で閉じて行く穴を見つめる。
——してやられた。
かろうじて『魔王』に戻れたものの、伝説の魔道具は手に入れ損ねた。そしてなんなら彼女も——。
ふとアナベルの面影を思い浮かべるエルの瞳に、小さな輝きが映った。
桃色の宝石のような煌めきに彼は見覚えがある。彼に向かって落ちてくるその粒を、そっと手のひらに受け止める。
それはアナベルの魂を固めた宝玉、アゲハ蝶の閉じ込められた球体だった。
「我を追って来たか? ふふ、そんなわけはないか——」
たまたま落ちて来たのだろう。
エルは少しだけ柔らかな目でそれを眺めると、手のひらに炎を呼んだ。赤い炎に包まれて、アゲハ蝶を閉じ込めていた宝珠が溶けていく。それは淡い光の珠になって辺りに漂い、解放されたアゲハ蝶はふわりと羽ばたいた。
「帰るか? あの世界に」
エルのその呟きが届いたのか、蝶は魔界と人の世とを繋ぐ穴に向かって飛んでいく。その羽ばたきとは逆に魔王エルはゆっくりと魔界の大地に向かって降りて行った。
その宵闇色の瞳でアゲハ蝶の姿を見送りながら——。
つづく
◆女神ダグザ
この世界の植物を司る女神。モリー達『賢き女』達の信仰の対象にしてその守護を与える神である。『ウイスキー・フラワー』はかりそめでも花と根を持つ物質なので、モリーの魔法に従って彼女の手に残った。
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