第49話 本物の封印術


 誰ともなく驚きの声がこぼれた。


 一瞬の静寂。


 しかしフルヴラにはそれで充分であった。瞬き一つの間に、直ぐに体勢を整えるたは経験の差か。


「ジャロック、下がれ! 『シナゴグの杖』を彼に!」


 年老いた弟もまた、ぱっと魔法陣から退くと、「ほれ」と杖をフリギットに渡す。


 燃えるような瞳のフリギットは口元をぎゅっと引き締めると、小さな杖を手にゆっくりと魔法陣に乗る。


 ジャロックがいた位置に彼が立つと、彼の身体から淡い黄金色の光が陽炎の如く揺らめき立つ。


「馬鹿な!? 我は信じぬぞ! 何故なぜ今此処に血族が揃う!?」


 エルの宵闇色の瞳に動揺が走り、彼は『ウイスキー・フラワー』を己が胸に押し込もうと躍起になった。しかしフルヴラの魔法によりその腕は凍結されている。


「くっ、馬鹿な馬鹿な馬鹿な……!」



 謁見の間の床に広がる魔法陣が、再び清らかな青い光を放ち始める。


 今度はフルヴラからエメラルドがかった青い光、モリーからは春の花を思わせる桃色の光が、そしてフリギットからは陽の光に似た黄金色の光が、それぞれ立ち昇って中心のエルの頭上で一つに結ばれる。


 フルヴラは先程と同じように魔力を込めるが、感覚が全く違うことに驚いた。


 一度目は額に血管が浮かぶほど力を込めて二人に魔力を送ったが、今度は力を込めずとも堰を切ったように大量の魔力が流れていく。おおらかな大河の流れのように魔力は流れ、フルヴラは持てる力を惜しみなくフリギットとモリーに分け与えた。


 ——これが本物の封印術か。


 一つに合わさった三つの光は床の魔法陣にゆっくりと彗星のように落ちて力を流し込む。外縁の魔法陣の模様が動き始めた。



「……朔夜、朔日、朔月の——


 心もて古き言霊よ。


 腐れたる虎を竹籠に!」


 フルヴラは再び呪文を唱えた。


 轟々と吹く風と白い光が収束して行く。


「……馬鹿……な……」


 エルの瞳孔が細くなり、驚愕の色を浮かべる。それでもぎりっと歯をくいしばると、光の攻勢に耐えるように身体を強張らせた。


 ——二百年か? 封じられたとしても我等われらにはさほど長い時間では無い。最強の魔力を手に再びこの地上に降り立つのも悪くは無い。


 このまま魔界に封じられたとしても、『魔力炉』を手に入れた事を思えば、エルにとっては幸運であるのだ。


 ——忌々しいがこのまま魔界に戻るとするか。




 つづく



◆魔王封印術

 ドミタナス家に伝わるものは魔王を魔界に封じ込めるものである。およそ百年から二百年ほど魔王は地上、すなわち人の世に出てくることは叶わなくなる。

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