第48話 足りぬものこそ


 フルヴラは答えを聞きたくなかったが、エルは今までになく勝ちほこったように口元を曲げた。


「魔法陣も完璧、杖も其方そなたらに代々伝わる本物——。だが、血脈が足りぬ」


「う……!」


 フルヴラには心当たりがあった。本来ならドミタナス家、ホータス家、ポータス家の三つの血族が揃わねばならない所を、行方ゆくえの途切れたポータス家の代わりに弟のジャロックを置いたのだ。


 ——同じ一族ならばと思ったが……。


 ここまで来て術が破綻はたんするとは、とフルヴラは歯噛みする。打つ手がない。細かな魔法で魔王の体力や魔力を削ったところで、果たして倒せるだろうか。


「この氷が溶ければ、我は最強の魔力炉を手に入れる。其方そなたらはそこで見ているが良い!」


 高らかに笑う魔王エルを前に、フルヴラは額に手を当てた。これこそが我がドミタナス家の生み出す『魔王』であったのではないか。絶望と後悔にさいなまれながら、フルヴラは無意識に呟いていた。



「ポータス家の者さえいれば——」



 その言葉に屍と化したアナベルを抱きしめていたフリギットが顔を上げた。


「ポータス……だと……?」


 その声に、その場にいた者は皆一様にギョッとした。あの陽気なお日様のような青年の口から漏れるには低い押し殺した声であったからだ。


 いや、怒りと悲しみとで、さすがのフリギットの明るさも影をひそめたのだ。


 それでいて、その怒りの中に戸惑いが滲んでいる。


 フリギットはアナベルの身体をそっと床に下ろすと、フルヴラに再び問うた。


「いま、ポータス家と、言った、な?」


 青年の瞳に、陽光の如き煌めきが垣間見えた。フルヴラもまた彼の様子に戸惑いながら、その瞳を見つめたままうなずく。


「ポータス家の者がいれば、あの野郎を倒せるのか?」


「……少なくとも封印は出来る。百年か二百年くらいは——」


 フリギットは腰に下げていた古びた短剣を手にして、そのつかをフルヴラの目の前に突き出した。


 そこには消えかかったPから始まる文字列——。


「俺のうちに代々伝わる短剣だ。落ちぶれても、盗賊になっても、これだけは手放すなと——祖父に言われて来た」


 フルヴラは青年の言葉を聞きながら、震える指で短剣の柄に残る文字をなぞる。


 ——P……or……t……as。


今生こんじょう、名乗ることなど無いと思っていた名だ」


 ああ、此処ここに。


 如何いかなるえにしつむがれたのか、三つの血族が。


そろった……」





 つづく




◆魔法の言葉

古来より伝わるまじないの文言に『ホータス、ポータス、ドミタナス』と言うものがある。これはフルヴラ達の偉業を讃え後世に伝わったものであろうか。

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