第47話 エルの言うところの勇者


 魔王を封じ込めるための魔力の収束が最大になり、光と風は球のようにまとまっていく。かすみがかったその球の中で、黒い影が動いたかに見えた。


 その瞬間、影の動きに合わせたように封印の光と風は四方へ飛び散り霧散した。その勢いに正三角形を形作っていた三人は後方へ吹き飛ばされる。


「うわぁ!」


 叫んだのは誰であったか。定かではないまま、フルヴラだけはパッと身を起こした。


 そして見た。


 魔法陣の中央で魔界からの炎に照らされて傲然と顔を上げる魔王エルの姿を。


「なぜだ……⁈」


 驚愕に目を見開きながら、フルヴラはうなる。


 途中までは確かに魔王を封じていた筈だ。魔法陣も杖も呪文も間違ってはいない。なのになぜ封じられない——?


 驚いているフルヴラを愉しげに見下ろして、魔王エルは馬鹿にしたように薄く笑った。


「よくぞ此処までしたものぞ。褒めて遣わすぞ、『勇者』よ」




 エルの口から紡がれる言葉に、その場にいた皆は驚いてフルヴラを見る。


「『勇者』だと……?」


「そういや、巫女のマーサ婆さんがそんなこと言っていたなぁ。あれは兄貴のことか」


「俺は『勇者』じゃない!」


 否定するフルヴラを眺めながら、エルは続けた。


「我にはよく分かる。其方そなたの中にある勇気は間違いなく『勇者』に値する。それに古から伝えられるではないか。勇ましき者こそ『勇者』である、と」


 ——そして付け加えるならば他者のためにその勇気をふるえる者。


 フルヴラはアナベルとフリギットの為に怒りを持って魔王に向かい合った。故に勇者である、とエルは結論付けたのだ。


「俺は『勇者』じゃない! 『探索者』だ!」


 それはフルヴラの矜持きょうじである。あらゆる街や国をおとない、時には道なき道を進んで遺跡を調査して魔法道具を探して来る『探索者』。


 十の時から始めた仕事で、今や六十年経つ。見た目は少年に戻ってしまったが、その経験と記憶はフルヴラの中に蓄積されている。


 しかし——。


 その知識も、ドミタナス家の秘術も、魔王エルに効かなかった。額に脂汗を浮かべながら、フルヴラは必死に考える。


 途中までは上手くいっていたのだ、いったい何が違うのだ?


 そんなフルヴラを悠然と見下ろしながら、魔王エルは『ウイスキー・フラワー』を握りしめていた右手を少しずつ動かし始めた。手の動きに合わせて、琥珀色の球体が彼の胸にめり込んでいく。


「ふ、ふふふ……これで我は最強の魔力を得る……!」


「くっ! そうはさせるか!」


 フルヴラはベルトに付けていたポーチからペンデュラム型に磨き整えた水晶を三本取り出し、右手の指に挟んで魔王に向けた。


 軽く拳を握り、指の間に一本ずつ挟んで立てた様子は、虎がその爪を光らせて獲物を狩る姿に似る。


 その猛々しさに、魔王は嬉しそうに笑った。


「ますます気に入ったぞ。少年よ我が配下に降れ」


「ぬかせ!」


 水晶に魔力を込めると、フルヴラは短く呪文を唱える。


「太極の氷よ 今暫し その時を 止めよ!」


 蒼氷色の光を宿した三つの水晶が、フルヴラの手から放たれる。それらはエルの右手の周りをぐるりと巡ったかと思うと白い閃光と共に弾けた。


 強烈な冷気がエルを襲う。


「ぬううっ!?」


 右手が凍りついた——?


「私の時を止める為に極地の氷を生成したな」


 凍らせたと言っても、エルの右手と『ウイスキー・フラワー』、そしてエルの胸に半ば埋まった琥珀色の球体だけだ。その全てに真っ白に霜を落とし、所々に大きな氷塊がまとわりついてエルの動きを封じている。


 しかし動きを止められてなお、エルは不敵に笑う。


「——笑止。この様な氷なぞ、一時のもの。魔界の炎にあぶられていずれは溶ける」


「その前にお前を封じてやる!」


 鼻息荒く叫ぶフルヴラに、エルはこらえきれずに笑い出した。


「無駄だ! 少年よ、其方は先程我になんと言った? 我を封じるには、魔法陣と杖と——血脈の中の特殊な因子と言わなんだか?」


 ——言った。


「……言ったがどうした?」


 ざわり、と背中が粟立つ。


 俺は何か間違えたのか?




つづく




◆蒼氷色の水晶

フルヴラの魔力により、極地の厚い氷を割った時の蒼い色を宿した水晶。魔王が相手で無ければ、敵の全身を氷に閉じ込める程の威力を持つ。

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