第46話 三


 三という数字はこの世界では聖なる数だ。三位さんみ一体で一つの完成したものを表したり、全ての始まりが三つの物質が混じり合ったものとされたり——或いは運命の三女神、或いは東方の三博士、或いは天地人——。


 ドミタナス家の始祖は、その血に宿る因子を三つの家系に分けた。


 ドミタナス家、ホータス家、ポータス家の三つだ。


 その血族が揃うことによって、強大な魔法を発動させる魔術を生み出した。その一つが魔王封印の魔術だ。


 それぞれの血脈が三本の杖にその力を宿して展開する魔術。ドミタナス家の生み出す魔力の色は青色系——フルヴラはエメラルドががった青色、ジャロックは紫色——。ホータス家は赤色系——モリーは桃色——。


 そして今行方の知れないポータス家の魔力の色は黄色系——向日葵ひまわり色や橙色、或いは黄金こがね色——。





 魔王エルは自分を封じるための結界が三つの色ではないことに気がついた。確かに動きは制約されるが、大したことはない。


「我を封じるには足りぬな」


 心の中でそう含み笑いをすると、その事には触れぬよう沈黙を保つ。


 結界が破綻はたんした時の此奴こやつらの顔はさぞ見物であろうな。


 エルはその時を楽しみに正三角形の結界の中に彫像の如く佇んでいた。





 魔王の呻き声が止み、フルヴラは封印の完成が近いと思い込んでしまった。


 なんと呆気あっけないことか。やはり自分の多すぎる魔力は弟とモリーの不足分を補う為のものであるようだ。


 迷うことは無い。このまま魔王を封印して仕舞しまえば良い。


「時は美麗にして不可逆

 轟々たる流れは渦巻いて

 さかしき小人を押しとどめん」


 フルヴラは構えた杖に力を込める。息をするより楽に魔力が流れ込み、先端の魔晶石が光を放ちながら、メキメキと音を立てて結晶を大きくする。根元で生まれた小さな結晶は力に耐えきれず、パキッと音を立てて折れて床に散らばった。


 フルヴラの魔力を受けて、他の二人の杖が震える。


「兄貴——杖が壊れそうだよ!」


「わわわ、私のも——」


 揺れる杖を支える魔力が弱いのか、ジャロックとモリーの杖が安定しない。足元の魔法陣から噴き上げる魔力風まりょくふうに二人の長い髪や髭が逆巻き、上着がはためいた。


「あと少しこらえてくれ! 今、封印が完成する!」


 フルヴラは最後の呪文を唱えた。


「朔夜、朔日、朔月の——

 心もて古き言霊よ。

 腐れたる虎を竹籠に!」



 轟々と。


 風と光が渦を巻き、魔法陣の中央に留め置かれた魔王エルに向かって収束していく。


「むうううっ!」


 エルが低く唸った。


 ずず、と魔界への穴に引き寄せられる。


 ——なかなかに、良い術師であるが。


 エルは暴風の中ニヤリと笑った。『人』というものはやはり何処どこかに隙がある。彼女アナベルは魔族である我を信じすぎた事。この少年は己の魔力を過信している事。


 いわば慢心。


 さて、その過信を打ち砕いてやろう——。




つづく




◆正三角形の魔法陣


魔法円の中に位置するフルヴラ達が作る聖なる三角形の結界。『三』という数の持つ不思議はこの世界では様々な魔力を持つ。


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