第45話 フルヴラの怒り


「許さぬとな? 面白い、やってみよ!」


 エルは高らかに笑い声をあげると、手にしていた魔道具『ウイスキー・フラワー』を己が胸に押し当てた。白い光が花から零れ落ち、琥珀色の球体は黄金色の光を根の様に伸ばしながらエルの身体に吸収されて行く。


「ああっ!」


 魔王が更なる力を手に入れてしまう。フルヴラは焦って胸にかけていた『小凍こごおりの水晶』を投げつけた。



「我が名を刻む菩提樹よ 生え出るその根を断ち枯らせ!!」



 水晶の中に蓄えられていた魔力そのものが、フルヴラの呪文によって溢れ出る。粉々に飛び散る水晶は白煙をあげてエルを包んだ。


「むうっ?」


『ウイスキー・フラワー』の根が動くのを止めた。しかし長くは持たないだろう。


「ジャロック! モリー! やるぞ!」


 フルヴラは二人を呼ぶと、懐から『シナゴグの杖』を取り出した。同時に左手を床にかざして新たな魔法陣を敷く。


 フルヴラの杖が放つ色と同じ、青色の稲妻に似た光がエルを中心に魔法陣を展開する。


「無駄なことを。このささやかな魔法が解ければ、魔力炉は我のものとなる」


「——魔力が高くても扱い方を知らねば彼女の様に倒れることもある。魔力量だけが強さではない!」


 それ故に幾度も『勇者』は『魔王』を退しりぞけてこられたのだ。我がドミタナス家が魔術師でありながら『魔王』を封印する秘術を伝え続けて来たのも、それに尽きる。


「全ては術式。魔法陣と杖と血脈の中にある特殊な因子。これが我が家の魔法!」


 ジャロックとモリーがフルヴラを基点に正三角形を作る様に魔法陣の上に移動する。すると魔王エルを囲む光の柱が、三人の体から放たれた。


「サンザシ サクラ シロツメクサ 

 ハシバミ オーク ナナカマド 

 その小さき魔法 この儚き血族に 散らせ散らせ 悪しき腐り木を地の底へ——」


 フルヴラの言葉に合わせて彼の足元から眩い光の線がジャロックとモリーの足元に向かって伸びて行く。線が二人と繋がると、今度はジャロックとモリーの間にも光の線が浮かび、正三角形をつくった。


「うぐあぁぁ!!」


 エルの口から苦痛の声が漏れる。見えない手によって押さえつけられているように動けない。押さえつける力は徐々に増して行く。エルはくらい色の瞳を動かして、魔法を打破する手はないかと探った。


 その刹那、何か引っかかるものを感じて、エルはフルヴラとジャロックの間に出来た光の線を見た。


 ——弱い。


 いや、色か。




つづく



◆魔法の宿る木々

 森の賢者やドルイド僧達が利用したとされる薬効のある植物など。その多くは魔を祓い、或いは先んじて封じ、人々の病を癒して来たとされる。野山に咲く花や木に古代の人は優しき精霊を感じたのだろう。

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