第44話 エルの策謀


「——魔王様が」

「魂の宝玉に——」


 双子は一際大きく泣きわめくと、エルにくってかかった。聞いていた話と違う、そう言っているのが、呆然ぼうぜんとするジャロックの耳に届いてきた。


「そうか、『ヨハネスの小鍋こなべ』……何処どこかで聞いた事があると思ったはずだ……」


 兄のフルヴラが行商に出た後に、ふらりと店を訪れた怪しげな男がジャロックに売りつけようとした品だ。今にして思えば、あの男も魔族であったのかも知れない。確かにその男は『人の魂を取り出す道具だ』と言っていた。


 あいにくジャロックは価値がわからなかったので買取価格を低く見積もった為に、商談は成立しなかったのだったが——。


「まさか人の魂を加工する道具だったなんて……」






「ご褒美をくれると」

「言ったじゃないか!」


 双子の訴えに、エルはさも物分ものわかり良さげに微笑んだ。


「うむ、確かにな。だからがご褒美だ」


 お前達の大好きな女魔王が、お前達の大好きな飴玉になったんだ。これ以上の褒美は無かろう。


 笑みを絶やさないまま、エルは双子の顔を覗き込む。まんまとエルの策略に乗せられた事を知った二人は、小さな牙を剥くとエルに飛びかかった。


小賢こざしい」


 人差し指一本の一振りで、双子は跳ね飛ばされた。ごろごろと転がって、壁際で止まるが、ぐったりとして動かなくなる。


 モリーが双子を助けようと、慌てて走って行くのを見て、フルヴラはエルを睨んだ。


「……俺をダシにしたな」


 人の世の魔法でも人間に戻れないと知ったアナベルは、心が折れた。そこにつけ込んで、エルは己の魔術を受け入れる様に持っていったのだ。


 魔法をかけられる方が受け入れる心づもりならば簡単にかかってしまうから、アナベルはエルの魔法に絡め取られた。


「魔力炉と魂を切り離すなどと言って、たばかったな。あの女性ひとの魂は——」


「我は確かに言ったはずだ。切り離す方法があるとな。そしてその通りにしただけぞ」


 エルは片手に琥珀色に輝く『ウイスキー・フラワー』を持ったまま、薄く笑った。


「それを騙したと言っているのだ! お前がした事は彼女の命を奪ったのだぞ!」


「それが彼女の望みだっただろう? 彼女の望みも我の望みも叶った。これ以上のことはあるまい」


 琥珀色の球体から生える白い花に愛おしげに唇を寄せるエルの前に、フルヴラは立ちはだかる。ちらと背後に目をやると、フリギットが今はもう動かないアナベルの身体をかき抱いていた。


 ——若人わこうどを傷つけおって!


 そのフリギットの悲嘆にくれる姿を見て、フルヴラはいきどおり我知らず髪の毛を逆立てた。


「許さぬぞ、エル・ケーニッヒ!」





 つづく




◆魂の宝玉


 人の魂を魔術で取り出し、加工するのは魔族の密かな楽しみでもある。飴玉以外にも酒に加工することもある。清らかな処女や高位の王族、祭司らの魂の味は格別なのだそうだ。

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