第43話 失うは我の想いか、其方の命か


 突然結界が消え、倒れ込む様にフリギットとフルヴラは二人に近づく。


「アナベルッ!」


「近づくなッ! まだ仕上げが終わっておらん」


 魔王エルはフリギットを一喝すると、その手を白い花に伸ばした。めりめりと音を立てて、白い花はアナベルの胸から引き抜かれる。


「……!」


 アナベルの肉を引き裂きながらその花は引き抜かれたが、何故かその根は琥珀色に輝くの球体に絡みついていた。まるで磨き抜かれた宝玉の如く、それは黄金色の光を放ち、更に琥珀色の液体を滴らせている。


「ふ、ふふふ……」


 エルはこらえきれず笑い声を漏らした。


 今まで手に入れることが叶わなかった『魔道具』が、ついに手に入るのだ。強大な魔力を生み出す魔力炉を宿すための——。


「少年よ、見よ! これが『ウイスキー・フラワー』ぞ!」





 フルヴラが見つけた時は小瓶に収まるくらいの小さなものであったが——今目の前でアナベルの胸から引き抜かれたそれは、まことの花の如く大きく咲き誇っていた。


「これは魔力の象徴ゆえ、大きくも小さくもなる。小瓶に収めたるは見つからなくするためかのう?」


 うっとりと花を眺めるエルは更に言葉を継いだ。


「彼女の心が折れなければ、この術は使えなんだ。我を受け入れたからこそ、魔力炉を切り離せたのじゃ」


「アナベルッ! ちくしょう、彼女はどうなったんだ?」


 フリギットは『ウイスキー・フラワー』を引き抜かれ、無造作に床に転がされているアナベルを抱き起した。怖れから彼もまた血の気の引いた顔をしている。


「ふふん、此方こなたのことはその双子に聞くが良い」


『ウイスキー・フラワー』の香りを愛でる様に——或いはアナベルへの執着を失ったかの様に、エルは他には目もくれずそう言った。


 フリギットはがばっと顔を上げて魔族の双子を見た。


 二人は幼い顔をくしゃくしゃにして人目もはばからず泣いている。


「なんだよ、泣くなよ! 教えてくれ、アナベルは——」


 泣きながら双子は手のひらを開く。魔族とはいえ、まだ小さいその手のひらの上に、薄桃色の丸い小さな宝玉がある。フリギットが目を凝らすと、その中に黒と青の翅を持つアゲハ蝶が一匹閉じ込められていた。


「まさか、これは——」





 つづく




◆『ウイスキー・フラワー』


 アナベルが手に入れた時は小瓶の中に琥珀色の液体と共に入れられていた白い花。いにしえの誰かが悪用されぬよう、小瓶に封じていたのかも知れない。根が絡みつく球体は琥珀色に輝く。その滴る液体もまた、魔力を回復する魔法薬として使う事が出来る。

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