第42話 アゲハ蝶


 ゆっくりと舞い上がるアゲハ蝶に双子が眼を見開く。すかさずエルからの指示が飛ぶ。


「その粘体で蝶を捕まえよ! のがすでない!!」


 慌てて双子が手の中の回り続ける何かでその蝶を捕らえる。蝶は見る間に小さくなり、同時に二人の手の中のも固まり始めた。


「あ」

「これは」


 やがて回転が止まり、双子の手の中にころんと小さな宝石のような物が転がる。


 手の中の宝石は、その中に蝶を閉じ込めていた。




「うわあああ!」

「いやあああ!」


 魔族の双子が手の中の物を見て悲鳴をあげた。


 ——これは、これは……!


 驚愕する双子を冷ややかに見下ろして、魔王エルは事もなげに言い放った。


其方そなたらの好きな魂の飴玉だ」




「アナベル!!」


 フリギットが魔法陣の中の異変をかぎ取って、叫びながら手を伸ばす。しかしフルヴラの時と同様にその手は青い結界に阻まれた。


 その結界の中で、双子は手を合わせたまま、膝から崩れ落ちた。


「様子がおかしい。エル・ケーニッヒの姿も少し変わった……?」


 フルヴラも魔法陣の中央を凝視する。


 エルはその美麗にして剛健な姿に更に昏い闇の気配をまとっていた。


「魔王に戻ったか?」


 では、アナベルは?


 フリギットが魔法陣の上に横たわる彼女に目をやると、生気の無いぐったりとした様子の彼女の胸から——。


「花……?」


 彼女の胸からするすると葉の無い茎が伸び、先端が膨らんだかと思えば、ぱっと白い花が咲いた。幾重にも重なる花弁は土耳古トルコ桔梗や薔薇に似て、その根元が琥珀色の光を放っている。


 やがて魔法陣の光が床に吸い込まれる様に消えて、後には魔界への穴と泣き喚く双子、横たわるアナベルと——エル・ケーニッヒがいた。





つづく




◆魂の飴玉


 魔族の双子が以前食していた物の総称。魔界のお菓子。これを作る為の『ヨハネスの小鍋』で作る方が絶対に美味しい。ヨハネスの独逸語読みは『ヘンゼル』。

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