第39話 アナベルの決意


「なんだよ! そんな方法があるなら、もっと早く言えっての!」


 フリギットは憤慨してエルに詰め寄りながら文句を言う。それからアナベルを抱き寄せて「良かったな」と微笑んだ。


 ぎゅう、と抱きしめられてアナベルは息が詰まる。でも苦しく無い。どこか安堵と喜びがない混ぜになって、彼女の頬を赤く染めた。


「……だが、それは奥の手ではないのか?」


 少年フルヴラが難しげな表情かおで腕組みしながら首を傾げる。今まで言い出さなかった方法であるならば、おそらく危険な魔法なのだ。


 その言葉にエルは半身を月影に落とし込みながら口元を歪めた。


「やはり其方そなたにはわかるか。そうとも、少しばかり危険が伴うが——魂を損なうことなく、魔力炉と分離することだけは間違いない」


 その点は保証するとばかりに元魔王は重々しく頷いた。


 そして「どうするか?」とばかりにアナベルの瞳を覗き込んだ。覗き込んだ緑柱石色の瞳にはエルが映っている。闇を具現化した様な姿にねじれた白金色の角。


 そして見ることは叶わないが、自分の宵闇色の瞳には月明かりに照らされたアナベルの姿が映っているのだろう。


 心を動かされるのを恐れて、エルは瞳を閉じた。


 恐れる? 魔界の王たる我が? 


 エルは自分の中に逡巡する想いがあることに少しだけ驚いた。


 今更いまさら迷うなど——。


 その耳朶じだを打つアナベルの声——。


「やるわ。魔力さえ無くなれば、少なくとも『魔王』ではなくなるんだから」


 エルはその言葉に、迷いを払って眼を開けた。



つづく




◆エルの逡巡しゅんじゅん


 エルはアナベルの瞳を覗き込んだ瞬間、迷いました。アナベルにこの魔法を施しても良いものか、迷ったのです——『語り継がれる魔法のお話』モリー・ホータス著。

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