第37話 元魔王エルの観察


 静まり返った謁見えっけんの間に響き渡ったのは、元魔王エルの冷笑であった。


「ふははははっ! そんな人間の子どもに何が出来る? 其奴そやつに出来るなら、われがとっくの昔に人間に戻している」


「うるさいわね! 黙っててよ、エル!」


 アナベルに怒られてエルは首をすくめた。だが彼にすれば馬鹿馬鹿しい程の茶番だ。これが人の世の習いなら、回りくどい事この上ない。


 ——しかし万が一、この者がアナベルを解放するすべを知っていたとしたら。


 エルは珍しく口元に微かな笑みを残したまま、少年を眺めた。豪胆にも元魔王の眼を正面から受け止めた彼は、はっとしたように眼を見開く。


「エル……そして魔族……まさか『エル・ケーニッヒ』ではあるまいな⁈」


「ほう、我が名を知るか? 少年よ」


 意外そうにエルはフルヴラを見た。フルヴラの後ろではジャロックとモリーが「誰のこと」かとひそひそとささやき合っている。


「魔界の王の名だ。古代から連綿れんめんと伝えられる名前——」


「げげっ! なんでそんな大物がここに⁈」


「……アナベル殿が『魔王』として顕現けんげんしたからだ」


 フルヴラの答えに、エルは感心した。人間の割にはなかなか魔界にも魔法にも詳しい少年ではないか。いや、中身は老練たる人物であったな。


 元魔王は一人頷きながら、窓辺の寝椅子から双子を追い払うと、そこに陣取った。頬杖をつきながらフルヴラの出方を伺っているかに見えて、少年姿のフルヴラは我知らず身構える。


「ごめんなさいね。私も私なりにいろいろ試したんだけど、元に戻れなくて」


 アナベルはそれまでに試した事をフルヴラに教えた。試した事がわかれば、それ以外の方法で人間に戻れるかもしれない、そう思ってのことであった。


 フルヴラは眼を丸くして驚いたように一つ一つ頷き返す。


「なるほど、『盗っ人の円月輪』なら目的の物を手にできるが——壊れてしまっては……そうか、貴女の才覚と魔力が——しかし『ウイスキー・フラワー』を使っていては魔力が減らないから……え?それで元魔王が?ふむ、それも駄目か——」


 フルヴラは頭の中で話をまとめた。


 アナベルの開花した才能と、手にした魔力が釣り合った為に魔王になってしまった。そして彼女の魂には魔力炉が出来てしまい、魔力を減らす事は叶わない。


「…………」


「どうかしら? 何か方法は——」


 すがる目で見つめられて、フルヴラは心が騒ぐ。しかし彼にももはや方法はわからなかった。


 魔界の歯車を使えば時を巻き戻せるだろうが、彼女よりも魔力の強い存在でなければ出来まい。


 フルヴラは申し訳なさそうに首を振った。


「残念ながら元に戻す方法は——無いでしょう」




 つづく



◆魔力炉


 無限に魔力を生み出す魔法の永久機関。アナベルの魂と強く結びつき、切り離せない。現在、彼女の心臓は琥珀色に光り輝き、一輪の白い花がそこに咲いている。

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