第36話 彼女の願い



「今更ですけど、私はアナベル。こちらは友人のフリギットと——魔族のエル」


 細い身体をゆるやかに曲げて一礼をすると、アナベルは両脇の二人を紹介した。それからフルヴラにもそれを求めるように目で促した。


 今更じたばたしても何にもならぬと、フルヴラはなかばヤケになって、彼女と同じく自己紹介を始めた。


「俺の名前はフルヴラ。こっちは俺の弟・ジャロック。それから遠い親戚のモリー」


「初めまして、可愛いモリー。弟さんもよろしく」


 アナベルの怪しいまでの微笑みに、ジャロックとモリーはぼうっとなる。二人とも『小凍こごおりの水晶』を胸にかけておかなければ、彼女の『魅了チャーム』に取り込まれていただろう。


 しかし悲しい事に、アナベルはそんなつもりもなくただ挨拶しただけである。望まない自らの力に幾度傷ついたのか、対峙たいじするフルヴラはつゆほども知らない。


 アナベルは相手の名前を知ってほっと息をついた。


「これでようやくお話ができますわね、フルヴラさん」


「……」


「この前の事は——申し訳なく思ってます。あの頃、私を倒す為に魔王城に侵入する者がいると密告を受けました」


 フルヴラは黙って魔王の釈明を聞いている。アナベルは言葉を続けた。


「——この『忠誠の雫』で敵か味方かを判別出来るのですが、それだけで私は貴方を脅威と感じて、貴方の時を巻き取ってしまいました」


 その後、残された魔法衣から侵入者がかなりの魔法の使い手であるとわかったアナベルは、もしかしたら彼こそが自分を元に戻してくれる人物ではなかったかと悔やんだという。


「信じられませんでしょうが、私は——望んで『魔王』になったわけではありません」


 それについてはフルヴラもジャロックも心当たりがあった。自分達が集めた『魔法道具』が何故かアナベルの元へ集まって引き起こされた事であるのはわかっていたからだ。


 だからこそ責任を取るべくフルヴラはここにいるのだが——。


 アナベルはの前にひざまづいた。戸惑うフルヴラの目を見つめながら、アナベルは許しを乞うと共に、願い出た。


「私を元に戻してくれませんか?」




つづく




◆小凍りの水晶


 稀少な魔晶石。魔法耐性を付け、呪文と共に防御魔法を発動する事も出来る。


 今回は三人ともペンダント型の水晶を首からかけている。


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