第35話 女魔王・アナベル


「お待ちしてましたわよ」


 吟遊詩人の奏でる竪琴のように、妖しげな残響を含んだ『彼女』の声が三人を迎えた。


 あの時と同じ大窓の外に満月を背負い、影の中に銀色の微笑みを浮かべながら、女魔王が歓迎するように立っていた。


 ——やはり、おとなうのがわかっていたか。


 フルヴラがサッと視線を走らせると、例の双子が寝椅子に腰掛け、足をぶらぶらとさせて愉しそうにくすくすと笑っている。


 そして、見た事のない男が二人。


 一人は背が高く闇よりも濃い漆黒の長い髪を床まで流し、燐光を放つ宵闇色の瞳。そして明らかに人外を知らせるねじれた白金色の角を持っていた。豪奢な黒い長衣を纏う姿は王侯貴族を思わせる。


 今一人は動きやすそうな軽装に年代物の短剣を腰に差した、どこかこの場にそぐわない陽気な笑顔の青年。癖のある巻き髪が南方の熱っぽい華やかさを際立たせていた。暗い部屋の中でも薄い陽光を放っている気がした。


 二人の男は魔王を挟んで対極にいる。


 フルヴラは流石さすがつのがある男は魔族に違いないと判断したが、もう一人の男が闇に覆われた魔城の中で、太陽の輝きを待つのが不思議でならなかった。


 視線を魔王に戻すと、彼女は残像を残すほど優雅に窓辺から離れてフルヴラに向き直った所である。


「……ご無事で何より。これでも心配しましたのよ」


 しげしげとフルヴラを眺めると、アナベルはそう言った。彼女程の者になると、見た目が変わったフルヴラをも同一人物と認識出来るらしい。


 その甘やかな声音に惑わされる事なく、フルヴラは無言のまま彼女の視線を跳ね除けた。


 いや、視線を外したのはアナベルの方が先かもしれない。彼女はすでにフルヴラの背後にいる二人に目を向けていたからだ。


「……貴方あなたに似たお方と、可愛らしいお嬢さん。初めまして、ようこそグランシエラの魔王城へ」


 艶然えんぜんと微笑まれて、ジャロックとモリーは、ぽうっとなる。これが女魔王の魅力か——。


「しっかりしろ、惑わされるな」


 フルヴラに叱咤しったされて、二人はハッと気がついたように体を震わせた。


「いや、兄貴……綺麗な女性だねえ」


「馬鹿、呑気なことを言ってる場合じゃない」


 不意打ちで封印をするつもりだったのだが、すでにその機をいっしている。双子の魔族はそばに居るかとは予想したが、魔族の男がそばに控えるのは予想外である。


 すでに魔界との繋がりが確立したというのだろうか——。


 フルヴラは計画が頓挫とんざした事を悟って唇を噛んだ。





つづく




◆謁見の間


 王城の大広間。玉座の間とも呼ばれるが、今はすでに玉座は片付けられ、アナベルお気に入りの寝椅子が置かれている。


 ここの大窓から刻々と変わる空を眺めるのが、アナベルの日々の楽しみでもある。

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